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終末の16日間と日記と旅

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第4話

「…………。そうだっけ?」
 記憶にない。
 ただ、わざわざ記憶に残るようなトリッキーなまねをした覚えもない。
 つまり。
 おれは、終末が予言される前と同じように動いていたということだ。まあ、バイトにまで行っているほどだしな。今月のバイト代が振りこまれる頃には地球は滅亡してるんだが。
「それを見て思ったんです。この人は頭がおかしいけど、安全な頭のおかしい人だって」
「それ、褒めてるの?」
 おれはさすがにちょっと腹が立ってにらむ。
 だが少女はどこ吹く風で、自分の長いツインテールの片方をいじっている。赤いリボンが目に鮮やか。
「褒めてもいませんけど、けなしてもいません」
 丁寧口調のくせに、やたらはっきりしたものいいをする少女。
 どういう親だと、物腰が柔らかいのに、自分の意見をはっきりというこういう子に育つのだろう。ちょっと親の顔が見てみたい。
「こんなふうに世界の終末が半月後に迫っても、あたりまえに生きられるお兄さんだからこそ信じてみようと思ったんです」
「ふーん」
 もうなんだか、けなされているのかなんなのか、どうでもよくなってきた。
 おれは壁を背もたれに座りこむ。
 少女はきれいにひざをたたんで、スカートのすそを伸ばして座った。おれのように壁にもたれたりしない。小さな丸テーブルをはさんで向かいあう。
「ところで依頼の件だけど」
「はい」
「どういうことなの? 確か守ってほしいとかって」
「そのままの意味です。……わたし、お金は持ってますけど、お兄さんみたいにコンビニで買ったりできません」
「…………ああ」
 ちょっと考えて閃く。
 確かに、コンビニやスーパーなど物のある場所には人が集まりやすい。当然、たくさん人が集まれば乱暴な連中もやってくる。
 こんな少女が買い物をするのは、確かに夜のニューヨークで小学生がひとりでショッピングをするのと同じくらい危険なことなのかもしれない。ニューヨークに行ったことないけど。
「なるほどな。……うん」
 おれはうなずいて、とりあえず少女にカップ麺をごちそうすることにした。少女の話を考えるに、彼女は温かい物はしばらく食べてないはずだ。
「どっちがいい?」
 緑と赤のカップ麺を見せる。
「緑がいいです」
 きっぱり。
 なにごともはっきりと決めれる子だ。おれとは大違い。
 おれはコンロでお湯をわかすことにした。
 コンロは……やっぱりついた。
 水道もガスも電気も、すべて半月前同様に動く。
 みんなどういうつもりかは知らないが、現場レベルだとまだまだがんばっている人が大勢いた。この終末が確定したあと、しばらくはテレビをよく観ていたが、そのとき無責任な識者はインフラが使えることについていったものだ。これは日本人が農耕民族だったことに由来する。与えられた命令をかたくなに実行するだけの機械のような性質だと。おれは、農耕民族だろうが機械だろうが、こうして自分の仕事をがんばっている現場の人々に感謝せずにはいられない。でなければ、おれはカップ麺さえ食えないのだ。
 少女とおれのカップ麺をすする音だけが、しばらく室内に満ちた。
 予想どおり少女はお腹をすかせていた。しっかり者の彼女のことだ。当然ランドセルの中にある食料は非常食として、いざというときまで取っておくつもりなのだろう。まだたくさんあるからと、がつがつ食べていないと推測したが予想どおりだったらしい。
「……ところで。お兄さんの〝目的〟はなんですか?」
「目的?」
 少女は半分ほどカップ麺を食べたところで、きちんを箸を置き、そう聞いてきた。おれのほうは食い終わっている。
「そうです」
 彼女はスマホを取りだし、どこかのサイトにアクセスした。マンガが表示される。
「この方は、マンガ家志望だったそうです」
「ふーん」
 マンガ雑誌を読みなれた自分の目には、それはひどく下手くそに見えた。まあ志望ってことはプロじゃないんだろうな。よくある新人賞を受賞した読み切り作品をさらにツーランクほど下手にしたような、まさに紙のようにペラペラした、陰影にも立体感にもとぼしい絵。
 だが――。
 おれは気づくと、少女のスマホを借りて読みふけっていた。
 最後に「つづく」の文字が見えて、おれはほっと息をついた。
 少女にスマホを返す。
 彼女はおれがスマホでマンガを読んでいるあいだに、ゆったりと食事を終えていた。きちんと「ごちそうさまです」と手をあわせた。「おそまつさまです」と丁寧に返すと、彼女は初めてはにかんだように笑った。
「ごめんなさい。わたし、こういう態度がくせになってて」
「よっぽどお母さんの教育がよかったんだね」
 そう聞くと、彼女は表情を暗くさせた。
「なんか悪いことを聞いちゃったかな?」
「ママはいません。小さい頃に亡くなりました」
 小さな少女は答える。
「そっか。……じつはおれもお袋がいないんだ――まあ、おれの場合はただ単に親父とお袋が離婚したからで、生きてるんだろうけど。姉もいるはずなんだが、お袋についていったっきり会ってない」
 脳裏に姉の姿を思い浮かべようとするが、二十年も経つと完全に記憶が風化していてその輪郭さえあいまいだ。
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