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白鶴報恩奇譚

原作: ジョジョの奇妙な冒険 作者: ロコモコ
目次

拾壱羽

「待てっ!」

 その瞬間踏み込んだ脚は空を舞い、胴を捕らえられた若者は後ろに引かれて後退る。少し抵抗を見せた彼も耳元に聞こえた声に暴れるのを止め、密猟者を睨み付けたままその大きな翼を畳んだ。
 彼を捕らえた後ろの人影を見た密猟者は、その男に向かって必死に助けを懇願した。

「たっ助けてくれ! そいつは、そいつは殺人鶴だ!」

 相手が指差す先に目を向ける。自分が持ってきた灯りが照らす暗がりの中、草の上に転がる哀れな三羽の鶴と、倒れたまま動かない人間を見つけて男は舌を打った。
 男は『彼』を抱えたまま倒れた密猟者に近付く。しかしどうやら相手は気を失っているだけのようで、呼吸もしっかり出来ている事に胸を撫で下ろし立ち上がる。

「……驚かせやがって。テメェの仲間は死んじゃいねぇぜ」

 呆れたように告げた男は、同時に宥めるようにその白い背を撫でる。しかし、それでもその鋭い視線は変わらず、目の前の人間を捕らえて離さない。男は溜め息を吐きつつ彼に座っているよう指示し、掴まえていた身体をそっと解放した。
 その様子を見ていた密猟者は、彼が放された事で怯え慄いた様子で声を上げる。

「おい、何離してるんだ! その鶴があいつを殺したんだぞ!」

 言い付けを守り、大人しく草の上へ座り込む彼を指差して怒鳴る相手に男は歩み寄る。先程からか細く聞こえる『声』を探して徐に手を伸ばすと、何やらもぞもぞと動く白い袋を密猟者の背後に見つけた。
 その瞬間、密猟者が戸惑った反応をしたのを男は見逃さなかった。後ろで見ていた彼が身体を持ち上げて構えたが、男が掌を見せて彼を制止、袋を持ち上げて中を覗き込んだ。
 袋の中身を知った男は、目を泳がせ怯える相手に冷めた視線を向けて鼻で嗤う。

「……丹頂の雛か」
「お……俺達だって、生活のためだ」
「という事は、ここが『禁猟区』だって事も知ってるな。お前ら何処から来た?」
「さ、里を渡って此処まで……」
「そうか」

 男は泣き続ける雛を袋から出し、その場に膝を着いて草の上へそっと戻した。よたよたと起き上がった小さな雛は身体を震わせて羽根を整えた後、一目散に倒れている男の方へと走っていく。
 その側で横たわる鶴の一羽に擦り寄り、雛は親を求めて繰り返し鳴き始めた。

「……仕事が欲しいなら、空条の屋敷へ出向いて領主のジジイに相談しろ。何とかしてくれるだろう」

 男は縋るように鳴く雛を見つめたまま、密猟者に向けて言葉を投げた。相手は暫く口篭もっていたが、小さな声で「わかった」と返事を返す。その言葉を聞いて立ち上がった男は密猟者の手を取って立たせると、獲った鶴を置いてこの場から今すぐ去るよう命令する。

「灯りはそれを持って行け。この地へは二度と足を踏み入れるな」

 密猟者の男は倒れた仲間を背負い、男が家から持ってきた灯りを手に街へ向けて葦を掻き分け、林の中へ姿を消した。残されたのは月明かりに照らされた少年と男、鳴き続ける幼い雛と、そして、雛が縋る三羽の亡骸だけだった。
 彼等が去り、ふらふらと立ち上がった若者は着物の袖を揺らして静かに歩き出す。三羽の鶴達と雛に近付き、再び腰を下ろした彼の様子を何も言わずに見ていた男は、雛を撫で、動かない『仲間』を抱き上げたその若者に、もはや疑いを抱く事は無かった。
 雛は若者の膝に擦り寄り、もう鳴き声は発さない。優しく黄色い羽根を撫でる彼に、男はそっと歩み寄った。

「……花京院」
「承太郎、僕は彼等を湖の畔に埋葬してきます」
「………………」
「だから先に帰っていて下さい。……寒くは、ありませんから」
「……手伝おう」

 だから、もう泣くな。
 男の言葉に彼は堰を切ったように涙を流し、肩を震わせてその細い腕で強く抱き締める。しかしとても優しい彼の腕は擦り寄る雛をも抱き上げ、二人で月明かりの中を湖に向けて歩いた。
 三羽の鶴達は湖の沿岸にある松の木元に埋め、木を墓標として、咲き始めた梅の枝を添えた。しゃがみ込んで手を合わせる男の側で、作法を知らないらしい若者は見よう見まねで彼等に向かって手を合わせ、目を閉じ祈りを捧げた。
 湖には鶴の群が集まっている。感じる視線は恐らく鶴達のもので、男は感じた事の無い不思議な空気に少しの胸騒ぎを覚えて腰を上げる。

「……この子の歳では、餌も満足に獲れないでしょうね」

 男の隣で、幼い雛を抱える若者がふわふわの産毛をその手で撫でながら呟いた。

「鶴は毎年、一つの番に一、二羽しか雛を産まない。代わりに育ててくれる成鳥は……今の時期、難しいだろうな」
「……僕が、面倒を看ます」
「あ?」
「もうこれ以上、承太郎に迷惑は掛けられない。この子が自分で生きていけるようになるまで、この畔で育てます」

 そう言った若者の声に感情は無い。親の通夜を終わらせた直後のような雰囲気の彼は男を一度も見る事無く、泣き腫らした虚ろな瞳を松の根本に向けている。
 若者は少しずつ、その重い口を開いて言葉を零し始めた。


*


「……僕は、君を騙していました」

 実は初めて肌を合わせた夜に気付かれていたのかと思った、と彼は苦笑した。
 彼は以前、男によって命を救われ脚も治してもらった鶴であった。道に迷ったという言い訳も、山を越えた瀬へ向かうという話も全て嘘で、鶴は受けた恩を返すためだけに人へと姿を変え、郷の湖を捨てて未知の危険な地へと下りて来たのだと語った。
 人嫌いの鶴にとって、人間については掠り程度の知識しか持ち得なかったが、下界を良く知る鳥達に様々な理や作法を叩き込まれる事数ヶ月。男の事だけを想い、男の役に立つ事だけを考えて、完璧な状態であの家の戸を叩いた、と若者は言う。
 彼の話を男は静かに聞いていたが、ふと、小さく笑い声を漏らした若者を怪訝に思う。

「幻滅、しましたか?」
「……何?」
「君が傍に置いていた生物は、人でもなく、もはや鶴でもなくなった化け物です。そんな得体の知れぬ物と寄り添り、あまつさえ契りを結んだなどと、考えるだけで『気味が悪い』と思いませんか?」

 自嘲に笑う彼を見下ろし、男は舌を打った。
 抜けかけた着物の衣紋、その首筋からは引っ掻いた様な傷跡が覗き、赤く腫れた肌には血の滲む箇所もある。背中だけではなく腕や脚にも及んでいる傷を見ている男は彼の『本来の姿』を見た瞬間に、その傷が彼自身の嘴で付けられた痕である事を悟った。
 彼が織り上げる美しい布。使われている材料は鶴の羽根であり、それがまさか、己で引き抜いた彼自身の羽毛だったとは……彼の翼が織り込まれた純白の生地に、成る程美しい訳だと男は場違いな事を思った。
 湖に目を向ければ月明かりが水面を照らし、此方を見つめてくる『彼等』の影を幻想的に映し出している。此方を見張っている、と言うよりは、自分達の行く末を見守ってるかのようにも感じる視線は、男は若者が考える以上に、彼が仲間に愛されている事を気付かせた。
 彼がどうやって、『鶴から人へ』などという不可思議な現象を巻き起こしたのかは全く以て理解出来ない。しかし、それだけの強い想いと仲間の協力があったからこそ、成し得た所業なのではないだろうか。
 男は、深く息を吐いた。

「……悪かった、花京院」

 呟かれた謝罪の言葉に、若者は耳を傾けるように少しだけ顔を上げる。

「……何が、ですか?」
「お前を疑った事だ。彼等を……お前が『仲間』を殺しているなどと、俺はバカな事を」
「何、言って……」
「身を削って尽くしてくれていたお前を侮辱しちまった事、どうか許して欲しい」

 驚いた様子で若者が振り向くと、男は険しい表情で地面を見つめている。見上げてくる夕暮れ色の瞳に視線を合わせる事無く、若者に浴びせた暴言を悔いる男は俯いたまま許しを請う。
 何か言おうとしたのか、思わず立ち上がった若者を男は雛もろとも抱き締める。突然自分を包んだ男の体温に驚くも、若者は「謝らないでくれ」と切実に答えた。

「……家を出ていく、とか言わねぇよな」
「正体が知られたからには、もう人間の世界には居られません。……これ以上、君の迷惑にもなりたくない」
「だが、『そいつ』はどうする?」

 男が示す先には、若者の腕の中で眠る雛の姿がある。育てる、と若者が意気込んで言ったものの、生態に関しては鶴である彼よりも男の方が実は詳しい。

「孵ったばかりの雛は寒さに弱い。身体を温めてやれる親がいなけりゃ、お前が餌を取りに行っている内に凍死しちまうぜ」
「……それは……」
「羽根がある程度成毛に生え替わるまで、俺も一緒に雛の面倒を見てやる。どうせ出ていくってんなら、そいつが飛び立てる頃に一緒に出ていけばいい」

 我ながら卑怯だ、と男は思った。幼い『子供』を引き合いに出すのは少々憚られたが、それでも、男の腕の中には今すぐ手放す事など出来る筈もない存在がある。
 彼は俯き、雛を優しく抱き込んで耐えていたらしい嗚咽を漏らす。「僕は化け物だ」、と涙に濡れた声で呟き、男はそんな彼の赤い髪を撫でる。

「人ではないんです……羽根も無い、鶴にも戻れない、成り損ないなんですよ……?」
「知るか、お前は『花京院』だ。俺にとってはそれが全てで、それ以外は必要も無ぇ」

 腕の中で、黄色い産毛の雛がぴぃと鳴く。若者は幼い声を胸に、男に小さく「ありがとう」と呟いた。





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