ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

白鶴報恩奇譚

原作: ジョジョの奇妙な冒険 作者: ロコモコ
目次

拾羽

「……承太郎。『あの生地』の事で、ちょいと話があるんじゃが」
「話?」

 そう切り出された祖父の言葉を、帰りの道中もずっと男は信じられないでいた。
 あの生地の材料に、丹頂鶴の羽根が使われている、と男の祖父は話した。縦糸の古い綿に幾重にも織り込まれた純白の羽毛。水の弾き方、艶やその白さから見ても間違い無い、と馴染みの店主は答えたらしい。

「生地に不良がある、という訳では無い。むしろ生地自体は、このワシも見た事が無いほど素晴らしい品物じゃ。ワシが心配しとるのは、お前が『連れ合い』だと言うその少年が、『一体どこから材料を仕入れて』きているかという事じゃよ」

 その若者がもし、湖の鶴に手を掛けていたら?
 疑いたくはないが、と言いつつも、案じている様子を見せた祖父の言葉が頭から離れない。日暮れの暗がりに足を取られながらも自宅へ行き着くと、男の悩みに反して、夕餉時の自宅からは米の炊ける良い匂いが男の元へも届く。

「おかえりなさい」

 男が玄関に近寄るよりも先に、草の踏む音を聞いて気配を感じたらしい若者が木の戸板を引いて男を出迎えた。
 男は思わず視線を逸らし、どこか様子がおかしい相手に若者も咄嗟に反応する。

「……何か、あったんですか?」
「何でもねぇ。飯にするぞ」
「は、はい。もう出来てますよ」

 従順、働き者で、男との約束は必ず護る。こんなによく出来た若者が、湖の鶴を金稼ぎのために殺して羽根を毟り取っている、だと?
 考えるだけで男の感情は黒く歪んでいくようだったが、しかし、こんな細腕の何処にあの大きな鳥を捕らえられる力があるのだろう、という物理的な疑問もあった。ただ動悸があるとすれば恐らくは男の為、たった今着ているあの白い着物の生地を見せられた時も、彼は「生活の足しになれば」と答えたのだから。
 しかし、若者は男に『鶴が好きか』と訊いた。男のために『彼等』を狩っているのなら、肯定した男の答えを聞いてあんな風に笑えるものなのだろうか。
 悶々と男が考え込みながら若者を睨み上げていると、居心地の悪さからか、若者は茶碗と箸を置いて真っ直ぐに男を見つめ返した。まるで訴えかけるような口調で、男に向かって理由を尋ねる。

「あの……僕は、何かしてしまったんでしょうか?」

 少し悲しげな声に、男は苦虫を噛み潰した様な表情を見せる、しかし結局は何も言わずに目を逸らし、黙々と食事を口へと運ぶ主人に若者はがっくりと肩を落として俯いてしまう。今にも泣き出しそうな彼に男は胸が痛んだが、疑いが晴れない以上は油断出来ないと自分に言い聞かせて心を鬼にする。

「……テメェが着てる布は」

 男の声に、眼を潤ませた若者が顔を上げる。男は歯を食い縛った。

「……その反物、材料は確か『ここに残っていた糸』だと言ったな」
「は、はい」
「それは真実か?」
「え……?」
「俺に黙ってる事があるよな、花京院」

 その瞬間、男は若者が息を呑んだのを感じ取ってしまった。
 徐に食器を置いて立ち上がり、若者に歩み寄るとその着物の胸ぐらを掴み上げる。男は若者を目の間近まで引き寄せると、その戸惑う瞳に低く問い質した。

「答えろ、この生地の材料は何処で手に入れた?」
「だ……だから、これは」
「言っとくが嘘は無しだぜ。この着物が丹頂の羽根で出来てるってのは判ってんだからな」

 今度は、はっきりと反応を見せた。驚愕に目を見開き、次の瞬間にはその瞳を泳がせる。
 ついに男は、不満とも言える疑問を溢れさせてしまった。

「毎夜毎夜、機織りする度に部屋の中でテメェは何やってんだろうなぁ? 俺の為だと思えば、その細腕で鶴をも殺せるってか」

 違うのなら否定すれば良い。そんな想いも込めた皮肉だったが、若者は黙り込むどころか顔色を変えて男に食って掛かってきた。

「まさか……まさか君は、僕が『皆』を殺して羽根を毟ってるとでも言いたいのかっ? この、この『僕』がっ!」
「それが本当なら、テメェの背中の傷にもある程度合点がいくからな。最初はどんなクソ野郎を相手に身を削ってんのかと思ったが、更にとんでもねぇのが近くに居たモンだぜ」
「訂正しろ、承太郎! いくら君でも許さない……酷い侮辱だ、まさか僕をそこら辺の人間と同じに見るなんて!」
「だったら教えろ、花京院! この生地に使った羽根は何処から……!」

 その時だった。
 一発の銃声と、一度の『悲鳴』。まさにそれは鶴の一声、二人は互いの襟を掴み合ったまま音のした外へと瞬発的に目を向ける。

「……『気付かなかった』……!」

 男が聞いた若者の声は、悲痛と怒りを込めて呟かれた。

「葦畑の方か……ちっ、こんな時に」
「どいてくれ、『仲間』が危ない!」
「な……っ?」

 若者は目の前の男を突き飛ばし、履き物も忘れて家を飛び出していってしまう。日はとうに沈み、外は月明かりだけが辺りを仄かに照らしている状態だ。

「花京院ッ!」

 叫んでも、既に若者の姿は闇に紛れて何処にも見えない。しかし男は葦の茂る先に揺れる灯りを見つけ、蓑と毛皮を引っ掴んで家を出た。
 一方、裸足で駆け出した若者は音と気配を探して葦を掻き分け、生い茂った野畑をひたすらに突き進む。『聞き覚えのある声』に鼓動は早くなり、悪い予感だけが若者を支配し息を浅くさせていく。
 湖の近くまで走ってきた若者は、ある開けた場所へと出た。そこは以前、鶴達が巣作りと休息のために滞在していた広場であり、数ヶ月前に男が罠に掛かった鶴を助けた場所の近くでもあった。
 若者がそこで立ち止まる。目の前には松明を持った見知らぬ男が二人、三羽の鶴と共に今まさに立ち去ろうとしていた瞬間が光景として映った。
 首に縄を掛けられ、背に担がれた鶴達は既に動かない。右側の道具を持った方の男の腕に抱えられた袋の中で、ぴいと幼い声を聞いた。

「な、何だコイツ……っ」
「おい構うな、早く行くぞ!」

 若者に姿を見られた二人は、慌てた様子を見せつつも林の中へ入ろうとする。しかし男達が逃げるよりも、若者が地を蹴り出す方が早かった。
 翼を広げて高く空へ飛び上がり、鶴を背負った男の首に目掛けて鋭い爪を持つ脚を突き出す。体勢を崩した相手はあっという間に地面へ背中を打ち付け、首根を踏まれ押さえられた事で一瞬の内に白目を剥いた。
 月光に輝く純白の羽根を翻し、影の中で光ったその眼が震える密猟者を捉える。相手の男は情けなくその場に尻餅を突き、疎らに羽毛の抜けた一羽の『鳥』に掌を翳した。

「許してくれ……俺は、俺はそこの奴に誘われただけで……っ」

 ゆらり、と身体を起こして立ち上がり、ゆっくりと草を踏み締めながら彼はその人間へ歩み寄る。所々に地肌の赤を見せる美しい姿は死装束のようにも映り、相手は悲鳴を上げながら松明を振り回して決死の抵抗を見せた。しかし松明は彼によって簡単に蹴り飛ばされ、回転しながら溶け残った雪の中へ落ちて沈下する。
 辺りは闇に包まれ、雲に隠れていた月が顔を出す。仄かな光が若者の身体を照らし、彼がその細い脚を上げた瞬間、死の恐怖に震える密猟者は大きく叫び声を上げた。




NextStory...
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。