ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

白鶴報恩奇譚

原作: ジョジョの奇妙な冒険 作者: ロコモコ
目次

捌羽

 若者は微笑んでいた。いつ襲ってくるかも分からない痛みに怯え、しかし一度決めた覚悟だけは胸に縛り付け、肌を撫でる優しい感覚に身を委ねてその夕暮れ色の瞳を閉じる。
 ただ、男の温もりを愛おしく思った。与えられる言葉に喜びを感じた。これ程までに幸せな最期を迎えられる有り難さを、若者は感情の滴に変えて静かに頬を濡らす。己が彼の一部となり生かす力になれるのなら本望だと、男に述べた言葉を心で唱え直した若者は来るであろう『その瞬間』に備えた。
 少しでも受けた恩が返せたのなら、自分が生きた意味はあったのだと思いたい。自分が隣に居る事で、側に寄り添う事で、この人間は少しでも幸せに思ってくれただろうか?

「……まさか、怖いのか?」

 男が優しい声で問う。若者はただ、首を横に振った。

「いっそ、一思いに」
「……分かった」

 洗髪にも使う布糊が、糸を引いて白い脚を流れていく。若者が湯船の縁に座らされて既に暫くが経ったが、彼の肌が冷える事はなく、寧ろその熱は上がっている様に思う。
 熱い身体を抱き寄せ、男が若者の肌に歯を立てる。いよいよか、と、若者が強く目を瞑った。

「っん、あ……っ!」

 次の瞬間、身体の中へ入ってきた圧迫感と激痛に息を詰まらせる。無意識に筋肉が痙攣し、腸を押し上げて腹まで届く熱に視界が歪んで意識が飛びそうになるが、それは肉を裂くような熱痛でもなく、首を絞められるような苦痛とも違う。しかしどちらにも似ているような言いようの無い圧迫感に若者は天を仰ぎ、息が出来ずに必死で空気を吸おうと喘ぐ。
 彼の苦しげな反応に男は思い切り突き上げたい本能を何とか理性で繋ぎ止め、ゆっくり、慎重に押し進めては、いきり立つ身をその華奢な身体に全て納めた。しかしその間にも、若者は男の肩に顔を埋め、浅い呼吸を切れ切れに繰り返している。
 苦痛と隣り合う妙な感覚の中、まだ己の意識がある事に若者は少しだけ違和感を持った。自分の知る限りでは問答無用で貪り食う様な感じを想像していたが、それどころか己の傷付いた背を優しく撫でるその大きな手に若者は安心を覚え、男の肩に自らの腕を回して目を閉じる。
 心が張り裂けそうだった。全身に感じる動き一つ一つに、若き少年は優しさと愛を感じてしまった。

「……動くぞ、花京院」
「承、太郎……っ」
「どうした」

 若者が名を呼べば、男は心配そうに若者を見つめ返す。髪を撫で、肌を滑る指に、心に決めた筈の覚悟は既に揺らぎ始めてしまっている。
 彼が愛しい。いずれは来る別れが必至なら、今の内、今この時に、この男と『一つ』になれるのなら……身を貫く苦しさが悦楽に変わりつつある目の前の絶望に、若者は死にたくないという恐怖を振り切り心から懇願する。

「早く……早く、楽にしてくれ……っ!」
「……そう急くな。俺はお前に『痛い思い』はさせたくねぇ」

 緩やかに動き始めた身体が、背筋を戦慄かせて粟立たせる。少しずつ激しくなっていく衝撃は若者の脳を揺さ振り、神経を刺激して全身を強張らせた。背をしならせ、涙声で喘ぐ若者の細い腰を抱き寄せると、男はその中を幾度も奥へ奥へと突き上げていく。
 その内、若者は恐怖も、苦しさも、痛みも感じなくなっていた。男の愛撫に自分が発情し、己が今どのような状況にあるのかも理解出来ていないまま、ただ頭を支配するのは感じた事の無い程の強い恍惚と、己を抱く男への愛しさだけだ。
 嗚呼、このまま自分は逝くのか。若者の視界が白く煌めき出した時、ぞくぞくと何かが腰元を這うように神経を駆け抜けた。

「あぁ――――……ッ!」

 声にならない声で叫び、細い身体が大きく跳ねる。止まらない熱は若者を闇へ誘い、次の瞬間には全ての感覚を手放して果てた。


*


「……生きてる……っ?」

 腕に抱いた若者の声で、男は目を覚ました。
 あれから糸が切れたように動かなくなった若者の身体を清め、新しい襦袢を着せ、彼を抱えて母屋に戻り、共に眠りに着いてから幾ばくかも経っていない。男と共に毛皮を被って横になっている現状を把握出来ていないらしく、男の腕の中であたふたと辺りを見回している若者に、男は赤毛の髪を撫でながら一言「落ち着け」と耳元に囁いた。
 彼は素直に大人しくなるが、それでも、若者の口から疑問の言葉は尽きない。

「何故……僕は、どうなって……?」
「……何をそんなに慌ててんだよ。身体ならちゃんと洗い直したぞ」
「どうして、まだ僕は『此処』に居るんですか? だって確か、僕は承太郎に……!」

 食べられた筈なのでは。

「……そう言い回しは、あんまり好かねぇんだが……」

 若者が口走った台詞に男は顔を引き攣らせる。
 しかし若者は慌てた様子で「何故生きているのか」と呟いている。何処か異様さを感じる『独り言』に、男は訝しげに眉を顰めながら若者に応える。

「……まさか、本当に『食われる』と思ってたのか?」

 男の言葉を受け、気まずそうに顔を逸らした若者に男はもう何度目か判らない溜め息を深く吐き出した。

「あのなぁ、さすがに俺もそこまで飢えてねぇし、人の子を殺して食うような外道でもねぇぜ」
「……『人の子』……」
「現にお前は生きてんだろ。何を教わってきたのか知らねぇが、どんな生き物に対しても無益な殺生はしねぇよ」

 呆ける若者を抱えたまま転がって覆い被さり、男は相手の首を捕まえて深く口付ける。舌を絡ませ、存分に味わった所で音を立てて離れても、唖然と目を見開く表情は先程と変わらない。
 やれやれ、と首を振った男は、赤毛から覗く額にそっと唇を落とす。

「まぁ確かに、『余す所無く戴いた』には違いねぇがな」
「え……?」
「言っておくが、最初に『好きだ』と言ったのはお前の方だ。今更逃がさねぇぜ」

 痩せた肩に顔を埋め、耳元で囁く男の耳は真っ赤に染まっている。次の瞬間には、若者は激しい男の鼓動と熱い血の流れを全身で受け、悟ってしまったその心に己の魂すら震えるのを感じた。
 この感情はまさか。そして、先程に交わした『行為』は、まさか。
 賢い彼は瞬く間に赤面し、両手で口を覆って目を見開いた。

「ぼ、ぼっ、僕達は、まさか、『契り』を……っ?」
「……突っ走った事は謝る。だが俺だって、心底気に入った相手でなきゃこんな事絶対にしねぇよ。お前が今まで何をしてきたとしても、俺はそんなお前に惚れちまった」
「まさか……」
「お前が好きだ。……それじゃあ、駄目か?」

 縋る様に男が彼の頬に肌を寄せれば、その細い腕が男の首に回って強く抱き締める。次に聞こえたか細い声は涙を滲ませ、微かに震えているようだ。

「僕は、此処に居ても……?」

 男は若者から身体を浮かせ、髪を撫でながら指をその頬に滑らせる。たった一言、男が若者に「此処に居てくれ」と囁けば、彼は夕暮れ色の瞳を潤ませ、頬を濡らして何度も頷いた。

「その代わり、知らねぇ人間は絶対この家に上げるなよ」
「勿論です」
「あと敬語も出来るだけ控えろ。もう必要無ぇだろ」
「わ……かりました」
「よし」

 もう一度横に寝直し、若者をその腕に包んで男は目を閉じる。温かな彼の肌を感じながら微睡み始めた時、男は静かに囁かれた声を聞いた。

「……ありがとう、承太郎」
「……おう、こちらこそ」

 微かに嗚咽を漏らした彼の首筋に口付け、白い肌に顔を摺り寄せる。互いが精一杯に相手を感じながら、二人は幸せな眠りに落ちていった。




Next Story...

目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。