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ロベリアの種――悪を育てるものとは――

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: 津島結武
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23話 ロベリアの懺悔

 僕が司祭館に戻ろうと教会の前を通りがけたとき、教会の前で掃除をしているリスター神父を目撃した。
 僕は静かに神父の元へ歩み寄る。

「おや、その顔は……、どうやらあまり良い出会いはなかったみたいだね」と神父が僕に語りかけた。

 僕は小さく頷く。

「どうだい、懺悔室を使う気は起きたかい?」優しく尋ねてくる。

「はい、使いたいです」

 神父は何でも受け入れてしまいそうな微笑みを浮かべた。

「まだ学習館の開始まで時間がある。中に入って」

 教会に入ると、そこは僕が子どものころに過ごした場所とほんの少しも変わらなかった。
 すべての会衆席にはいくつもの擦れがあり、依然として買い換えられていないことがわかる。
 入り口の上部にある窓からは太陽光が差し込み、壇上のオルガンを照らす。
 外からかすかに聞こえる鳥の歌声と、僕と神父の息づかいだけが聞こえる。

 懺悔室は入り口近くに鎮座していた。
 そこまで立派なものではない。ちょっとした装飾が施されており、上部に十字架が添えられているだけの箱という外見だ。

 リスター神父は懺悔室の入り口の前に立ち、僕を促した。
「入りなさい」

 やや恐れながら入ると、強烈な木の香りが鼻を突き刺した。
 誰も使っていないから木の香りが目立つのだろう。
 しかし、きちんと掃除しているためか、ほこりの臭いはほとんどしなかった。

 反対側の部屋に人が入ってくる音が聞こえる。
 すると仕切りの下から優しく重ねられた両手が見えた。

「さて、懺悔なさい。あなたは何をしたのですか」

 まっすぐな聞き方だが、それには包むような印象も感じる。

「僕は……」

 いざとなると言葉にできないものである。
 自分がしでかしたことを、信頼できる人であっても、懺悔室という秘密な場所でも、簡単に話すことはできない。

「ここで話されたことは他言されません。この場以外で追及されることもありません。きちんと告解し、反省されれば、主はお許しになります。しかし、無理に告解することもありません」

 僕は神父の言葉に狼狽した。

「何も告解すればいいというものではないのです。告解するだけして、反省の気持ちがなければ主はお許しにならないでしょう。反対に言えば、反省の心があり、その後の行動の決意さえあれば、告解しなくても主はお許しになります。重要なのは、これからどうするか、なのです」

「しかし、ここで懺悔しなければ、僕は神父に隠し事をしていることになります。そのことを神父は良く思わないでしょう」僕は問いかけた。

「いいえ」神父は毅然として答えた。「たとえあなたが隠し事をしていたとしても、私は隠し事をしているあなたそのものを信じます」

「そんなこと、人間にできるはずがないじゃありませんか……」不思議な気分だった。僕は神父がきれい事を言っているだけだと疑った。しかしその反面、神父を信頼したいとも思っていた。

「確かに私も人間です。無条件に他人を信じるのは非常に難しいことです」神父は言葉を切った。「しかし、難しいからこそ生きる課題なのです。私にとっての課題はあなたを信じることです。できるできないの問題ではないのです。主の下で人々に教えを説く一人として、私は難しい問題にも立ち向かわなければならないのです」

 そう言われて僕は、この人になら話してもいいとようやく確信した。
 人の本質は感情ではなく、決意や勇気だということがわかった。
 神父は、決意や勇気をもって僕に向き合ってくれている。

「僕は――」

 僕は神父に都市ベッグであったことをすべて話した。
 ティノ・カルヴァネルとの出会い、ケリー・ダビルを殺害したこと、そしてどうして殺害したか。
 信頼したとおり、神父はすべての話を咎めることなく聞いてくれた。

「そうでしたか。そのようなことがありつつも、あなたは一人でそれを背負ってきたのですね」

「はい……」なんだか抜け殻になったような感じがした。話したいことを話せて、力が抜けきってしまったようだ。

「これからは、あなたはどうするつもりですか」

「これからは……」

「最善なのは、自首することでしょう」

 自首か……。そのことを考えると目眩がした。逮捕されれば、僕は殺人者だということが知れ渡り、牢の中で過ごすことになる。
 ただ、それでもいいのかもしれない。ただでさえろくでもない人生だったんだ。自由が奪われたくらいで、何を悲しむことがあるのか。
 いいや、僕が最も恐れているのは――。

「ティノが姦淫を犯したことを明らかにするのがつらいです」

 神父は少し考えて言った。「すべてを明かせば恋人の罪も明るみに出てしまうでしょう。しかし、それを隠していれば、その分の苦痛があなたを襲うでしょう。私にはあなたを自首させる強制力はありません。どうするかはあなた次第です」

「……」僕は決めかねていた。このあと僕は都市ベッグへ戻ることになるだろう。それからどうする? 自首をするのか、真実から逃げ続けるのか? ティノとはどうする? 付き合い続けるのか、絶交するのか?

「ただし、私はあなたを信じていますよ。どんな選択をしようとも」
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