相馬憲伸
そうはいっても、しばらく道なりに進んでいくと目的地にはほんの30分くらいで付いてしまった。そこは、廃墟になってしまった水族館だ。岬の先端にできていて、中に入ると、ガラス片が飛び散っている。配線コードがぶら下がっているが、送電されていないので、ひとまずの危険はなさそうだ。
「相馬はいそうか?」
「いるよ。すみちゃんは、ここらへんで待ってて。そろそろ、かくれほの能力もごまかせなくなるから」
そういうなり、六花はハナカマキリの背中に乗った。ハナカマキリはこの種にしては珍しく飛行能力を持つ虫だ。大きさも自在に変えられるのが、六花の虫の特徴なのかもしれない。
「いってくるよ」
短く返答し、六花は上空を旋回した。純はその背を見るたびに、どこかが疼いてしまう。
「あぁ」
それだけしか返せない、自分がどこか悔しいのはなぜだろうか。
「かくれほ、相手はイルカのプールの所だね」
六花はそう告げ、イルカのプールの場所まで進んでいった。もう時間としては遅い方で、夜間ゴーグルをつけていないと視界がはっきりとしない。こういう時、同化型の人間が羨ましく思えるのだ。だが、同化型は数が少ないうえに、変人の巣窟と聞く。そうなったら、まだ分離型の自分はまだましなのだろう。
六花の夢は、実家の酒蔵を有名にしたい、というものだった。実家は明治時代から続く伝統のある酒蔵だが、どこをどう間違っているのか、時代錯誤な考えがあって、「分かるもんには分かる」と殿様商売をしていたのだ。それで、収益がそこそこあるのだが、変化する時代にそんな甘い考えでは許されない。だから、六花は商業高校を出て、大学でもマーケティングを学んだ。SNSやネット通販などを考え、よりよく範囲を広げ、収益も右肩上がりだった。
それなのに、その夢を食われた。食われたからと言って、無くなるわけじゃない。それでも、今まで積み上げてきた物が崩れ落ちてしまった。今では、遠目でしか家業を見守ることしかできない。だからと言って、全てをあきらめる気はなかった。
「かくれほ! 右旋回!」
ハナカマキリが右に折れ曲がっていく。そろそろ相手も気づくころだ。六花は腰に装着していたポーチからリボルバーを取り出す。自動拳銃ではないのが、組織の末端らしい。
「ほら来たよ!」
地中から水柱が上がる。間欠泉のような動きに、ハナカマキリの動きが若干鈍くなる。そこは人間の英知の出番だ。左右にハナカマキリを操りながら、相手の場所を探る。
「この感じ、特殊型ね!」
特殊型の虫には実態がない。ならば、騎馬を討つならば騎手を討て、の法則だ。触媒は水か。高圧水流による切断攻撃か。プールに近づけば近づくほど、水圧はより高く、より鋭くなっていく。頬をかすめる水圧の速さは気を抜いて直撃でもしようものなら、風穴があきそうだ。
と、六花が避けた水流の一部が壁にあたった。すると、その部分がみるみると腐食し、断片があらわになる。
「なるほど、水は水でも海水ってか」
海水に含まれる塩分による劣化か。だから、相馬はこの場所を占拠したのだ。六花はイルカのプールがある円錐状の場所に降り立った。外壁の一部が壊され、外の海水がプールを満たしていた。六花は一番外側の観客席に着地した。ハナカマキリを小さくし、肩に乗せた。
「特環の奴か」
逃亡者にしてははっきりした声がドームに響いた。
「相馬憲伸ね。特環の八号指定、“むいか”です。大人しく拘束されなさい」
「断る」
それだけを呟くと、プールの中央に浮かんでいる男が右手を上げた。六花が目を凝らすと、男の足場になっているのはアキアカネのようだった。海水で象られたアキアカネは羽を揺らし、水流をいくつも作っていく。
「っ!」
六花はドームを縦横無尽に走りながら水流を避けていく。じゅぅ、じゅぅ、という嫌な音がドームに響いていく。
「あのなぁ、お前だっておかしいと思うだろう!」
「ええ、おかしいわね! 私達は同類だもの!」
虫に憑かれ、虫に怯えて生きている。たどる道は違えど、結局は同じ末路。
六花は何とか相馬に近づこうとするも、水流に拒まれ近づくことすらままならない。しかも、円錐型のドームである以上、上下の移動には制限がかかる。足場だって悪い。近づくことができれば、ハナカマキリの鎌で攻撃ができるのだが。
どうしようか、と六花は思った。同じような特殊型を応援に頼もうか。だが、ここをひいてしまったら相馬は逃走するかもしれない。
するしかない、か。
六花がそう思ったとたん、足場が急に崩れた。
「あああっ!」
「もらった!」
相馬の声が響いた。六花の目の前に水流が現れた。貫かれる、と思った。とっさに身をひるがえすも、右わき腹に水流がかすった。
「ああああああっ―――――!」
うめき声と悲鳴が混ざった絶叫がプールに響きたった。
「相馬はいそうか?」
「いるよ。すみちゃんは、ここらへんで待ってて。そろそろ、かくれほの能力もごまかせなくなるから」
そういうなり、六花はハナカマキリの背中に乗った。ハナカマキリはこの種にしては珍しく飛行能力を持つ虫だ。大きさも自在に変えられるのが、六花の虫の特徴なのかもしれない。
「いってくるよ」
短く返答し、六花は上空を旋回した。純はその背を見るたびに、どこかが疼いてしまう。
「あぁ」
それだけしか返せない、自分がどこか悔しいのはなぜだろうか。
「かくれほ、相手はイルカのプールの所だね」
六花はそう告げ、イルカのプールの場所まで進んでいった。もう時間としては遅い方で、夜間ゴーグルをつけていないと視界がはっきりとしない。こういう時、同化型の人間が羨ましく思えるのだ。だが、同化型は数が少ないうえに、変人の巣窟と聞く。そうなったら、まだ分離型の自分はまだましなのだろう。
六花の夢は、実家の酒蔵を有名にしたい、というものだった。実家は明治時代から続く伝統のある酒蔵だが、どこをどう間違っているのか、時代錯誤な考えがあって、「分かるもんには分かる」と殿様商売をしていたのだ。それで、収益がそこそこあるのだが、変化する時代にそんな甘い考えでは許されない。だから、六花は商業高校を出て、大学でもマーケティングを学んだ。SNSやネット通販などを考え、よりよく範囲を広げ、収益も右肩上がりだった。
それなのに、その夢を食われた。食われたからと言って、無くなるわけじゃない。それでも、今まで積み上げてきた物が崩れ落ちてしまった。今では、遠目でしか家業を見守ることしかできない。だからと言って、全てをあきらめる気はなかった。
「かくれほ! 右旋回!」
ハナカマキリが右に折れ曲がっていく。そろそろ相手も気づくころだ。六花は腰に装着していたポーチからリボルバーを取り出す。自動拳銃ではないのが、組織の末端らしい。
「ほら来たよ!」
地中から水柱が上がる。間欠泉のような動きに、ハナカマキリの動きが若干鈍くなる。そこは人間の英知の出番だ。左右にハナカマキリを操りながら、相手の場所を探る。
「この感じ、特殊型ね!」
特殊型の虫には実態がない。ならば、騎馬を討つならば騎手を討て、の法則だ。触媒は水か。高圧水流による切断攻撃か。プールに近づけば近づくほど、水圧はより高く、より鋭くなっていく。頬をかすめる水圧の速さは気を抜いて直撃でもしようものなら、風穴があきそうだ。
と、六花が避けた水流の一部が壁にあたった。すると、その部分がみるみると腐食し、断片があらわになる。
「なるほど、水は水でも海水ってか」
海水に含まれる塩分による劣化か。だから、相馬はこの場所を占拠したのだ。六花はイルカのプールがある円錐状の場所に降り立った。外壁の一部が壊され、外の海水がプールを満たしていた。六花は一番外側の観客席に着地した。ハナカマキリを小さくし、肩に乗せた。
「特環の奴か」
逃亡者にしてははっきりした声がドームに響いた。
「相馬憲伸ね。特環の八号指定、“むいか”です。大人しく拘束されなさい」
「断る」
それだけを呟くと、プールの中央に浮かんでいる男が右手を上げた。六花が目を凝らすと、男の足場になっているのはアキアカネのようだった。海水で象られたアキアカネは羽を揺らし、水流をいくつも作っていく。
「っ!」
六花はドームを縦横無尽に走りながら水流を避けていく。じゅぅ、じゅぅ、という嫌な音がドームに響いていく。
「あのなぁ、お前だっておかしいと思うだろう!」
「ええ、おかしいわね! 私達は同類だもの!」
虫に憑かれ、虫に怯えて生きている。たどる道は違えど、結局は同じ末路。
六花は何とか相馬に近づこうとするも、水流に拒まれ近づくことすらままならない。しかも、円錐型のドームである以上、上下の移動には制限がかかる。足場だって悪い。近づくことができれば、ハナカマキリの鎌で攻撃ができるのだが。
どうしようか、と六花は思った。同じような特殊型を応援に頼もうか。だが、ここをひいてしまったら相馬は逃走するかもしれない。
するしかない、か。
六花がそう思ったとたん、足場が急に崩れた。
「あああっ!」
「もらった!」
相馬の声が響いた。六花の目の前に水流が現れた。貫かれる、と思った。とっさに身をひるがえすも、右わき腹に水流がかすった。
「ああああああっ―――――!」
うめき声と悲鳴が混ざった絶叫がプールに響きたった。
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