第参話
「本当に昔の話ね」
くすぐったそうに笑ってヒルダはおかしそうにジークフリードを横目で眺めた。昔話をするとは言われたものの、まさかここまで遠い過去の話をするとは思わなかったのだ。
「まったく人の気も知らないで。あの時はすごく辛かったんだから」
「ん……悪ぃ」
まるで過去の痴話喧嘩を回想する夫婦のようだ。そう思うと罪悪感に照れが相まって、ぶっきら棒な返事しかできなかった。自分たちは夫婦どころか、恋人でもないのに。
そう、結局最後まで自分達は何にもなれなかった。今の自分達の関係を、どう表したらいいのかもジークフリードはよくわかっていない。ただ支えてくれる存在。それが彼女。
「寒くないか?」
不意に吹き抜けた隙間風が気になって、話を逸らすかのように彼女に問いかけた。麻で出来たワンピースに毛糸のカーディガンと、あまり厚着をしていない彼女はそれでも首を横に振る。
「大丈夫」
首を動かした瞬間に揺れた金髪がやけに眩しかった。彼女の美しさは昔から何一つ変わっていない。
「そっか。そうだよな」
何か一人で納得したように頷いてジークフリードは自嘲気味に笑う。なぜこんなことを聞いたのだろうか。彼女が寒がるわけはないのに。
それからしばらく、ぎこちない沈黙が続いた。
「……あの後ね、私色々考えたの」
「え?」
「武器商人さんのとこから離れた後」
いきなりヒルダが話を切り出したので何事かと聞き返せば、それは昔話の続きのようだった。気まずく黙りこくったジークフリードに気を利かせたらしい。
そういえば彼女は沈黙が苦手だったか。気の利かない自分にジークフリードは内心で苦笑した。
「知ってるよ。俺の家に来たんだよな?」
「え? なんで知ってるの?」
目を剥いたヒルダに、したり顔で笑ってやる。質問には答えなかった。
訝しげなヒルダの背後の壁をぼんやり見つめた。古びた家財や腐りかけの柱が沈黙する部屋で、その壁だけは淡い光沢を放ち鼓動している。この家とヒルダを守るため、ジークフリードが施した魔法陣が一面に描かれていた。
その陣の中心を裂くように壁に亀裂が入っている。内外問わずどんな魔物の猛攻も防ぎ調伏する高等魔術だというのに、単なる家屋の老朽化によってあっさりと破られようとしている。
「……続けようか」
ジークフリードは再び過去を語り始めた。
くすぐったそうに笑ってヒルダはおかしそうにジークフリードを横目で眺めた。昔話をするとは言われたものの、まさかここまで遠い過去の話をするとは思わなかったのだ。
「まったく人の気も知らないで。あの時はすごく辛かったんだから」
「ん……悪ぃ」
まるで過去の痴話喧嘩を回想する夫婦のようだ。そう思うと罪悪感に照れが相まって、ぶっきら棒な返事しかできなかった。自分たちは夫婦どころか、恋人でもないのに。
そう、結局最後まで自分達は何にもなれなかった。今の自分達の関係を、どう表したらいいのかもジークフリードはよくわかっていない。ただ支えてくれる存在。それが彼女。
「寒くないか?」
不意に吹き抜けた隙間風が気になって、話を逸らすかのように彼女に問いかけた。麻で出来たワンピースに毛糸のカーディガンと、あまり厚着をしていない彼女はそれでも首を横に振る。
「大丈夫」
首を動かした瞬間に揺れた金髪がやけに眩しかった。彼女の美しさは昔から何一つ変わっていない。
「そっか。そうだよな」
何か一人で納得したように頷いてジークフリードは自嘲気味に笑う。なぜこんなことを聞いたのだろうか。彼女が寒がるわけはないのに。
それからしばらく、ぎこちない沈黙が続いた。
「……あの後ね、私色々考えたの」
「え?」
「武器商人さんのとこから離れた後」
いきなりヒルダが話を切り出したので何事かと聞き返せば、それは昔話の続きのようだった。気まずく黙りこくったジークフリードに気を利かせたらしい。
そういえば彼女は沈黙が苦手だったか。気の利かない自分にジークフリードは内心で苦笑した。
「知ってるよ。俺の家に来たんだよな?」
「え? なんで知ってるの?」
目を剥いたヒルダに、したり顔で笑ってやる。質問には答えなかった。
訝しげなヒルダの背後の壁をぼんやり見つめた。古びた家財や腐りかけの柱が沈黙する部屋で、その壁だけは淡い光沢を放ち鼓動している。この家とヒルダを守るため、ジークフリードが施した魔法陣が一面に描かれていた。
その陣の中心を裂くように壁に亀裂が入っている。内外問わずどんな魔物の猛攻も防ぎ調伏する高等魔術だというのに、単なる家屋の老朽化によってあっさりと破られようとしている。
「……続けようか」
ジークフリードは再び過去を語り始めた。
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