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月明かりの下で

原作: その他 (原作:鬼滅の刃) 作者: アユーラ
目次

月明かりの下で4

(どうしたんだろう……)
 先ほどよりも胸がドキドキする。二人きりでいる室内の空気が薄くなった気がして、慌てて大きく深呼吸をした。
「……………」
 そんなカナヲを見つめると、炭治郎はすっと何かを取り出す。それはしのぶにももらった傷薬だった。
「……これ、私も持ってる」
「知ってる。でもちゃんと付けてないだろ?だから治ってないんじゃないか」
 しのぶと同じく少し怒りながらカナヲに顔を近づけてくる。急に恥ずかしくなって下がると、
「本当は明日付けてやってほしいって言われたんだけど、すぐにでもカナヲの傷を治してあげたくて。だから来たんだ」
「え…?」
「俺が付けてやるから、じっとしてて」
「……えっ?」
 薬の容器を開けて、炭治郎がさらに近づいてくる。心の準備もできないまま、頬にそっと指が滑った。
「……っ」
 優しい指の感触に、胸が一回転したような感覚を覚える。ドキドキして炭治郎の顔が見られなくなった。
「カナヲ」
「……え?」
「俯いていると塗りにくいよ?」
「あ、ご、ごめん……」
 慌てて顔を上に上げると炭治郎とばっちり目が合う。けれど塗りにくいと言われたので、大人しくしていた。
(でも何だか恥ずかしい…っ)
 胸の鼓動が収まらないので、ぎゅっと目を閉じる。すると炭治郎の手がぴたりと止まった。
「………炭治郎?」
「え?」
「ぬ、塗らないの?」
「…え、あ、うん」
 慌ててカナヲに向き合うと、丁寧に塗ってくれた。さらに手をぐいっと引っ張られる。
「こっちも傷痕がある」
「…………」
 炭治郎の温度が薬と融け合って肌に吸い込まれていく。ずっと見ていたくなるような優しい手をしていた。
「……炭治郎」
「え?」
「あの…、昼間から私に何か言いかけてたけど…、あれ、何、だったの…?」
「…教えてほしい?」
「う、うん」
「…………」
 勇気を振り絞って訊いたが、炭治郎は黙ってしまう。また視線を下げながら返事を待っていると、小さなため息が聞こえた。
「……教えてあげたいけど、ごめん。今は無理」
「えっ?」
 拍子抜けして顔を上げるが、炭治郎は顔をそらしてしまった。しかし急にぱっと表情を変えて、静かになった部屋を埋めるように別の話を始めた。
「刀鍛冶の里で小鉄くんっていう男の子と仲良くなったんだ。時透くんも甘露寺さんも玄弥も、すごくいい人だった」
「…そうなんだ」
「でさ、小鉄君の先祖が作った戦闘用絡繰り人形があって、それがね…」
 さっきから刀鍛冶の里での話ばかりしてる炭治郎に、カナヲはいぶかしげな表情を見せる。夜更けに部屋を訪ねてきたのはこんな話がしたかったからなのだろうか。
 けれど、カナヲもまた炭治郎と二人きりになったら何を話していいのかわからない。なので、静かに相槌を打ちながら聞いていた。
「でさ、呑まず食わずで修行してたら、三途の川みたいなのが見えてさ」
「…!?」
 急に驚くようなことを言われて目を見張る。何てことない調子で話している炭治郎に、思わず首を傾げて問いかけた。
「そんなの、しのぶさんに知られたらすっごく怒られそう…」
「あ、もう怒られたよ」
「ふ…っ」
 あっけらかんとしている炭治郎に、つい小さく笑ってしまう。すると、その途端に炭治郎がぱあっと花の咲いたような笑みを見せた。
「あ、笑った」
「え?」
「カナヲ、笑うとすっごく可愛いよ。疲れも吹っ飛ぶくらい」
「…っな、何言って、るの…」
 慌てて顔を俯かせてしまう。けれど、何だか胸がきゅんと鳴って、落ち着かない感情に支配される。
「あのさ、カナヲ」
「え?」
「俺、ずっとカナヲのその笑顔を見たかったんだ」
「え………」
「だから何度も声かけてたんだけど…、うるさかったならごめん」
「う、うるさくなんて、ない」
 おどおどしながら答えると、炭治郎が微かに鼻を擦った。
「…………」
(え、なに、どうして黙るの?)
 急に部屋がしんとしてしまい、きゅっと拳を握りしめた。すると炭治郎が急にぐっと肩を抱いてくる。
「………!」
「カナヲは?」
「えっ……、な、何が…?」
「俺に会えて嬉しいって、カナヲも思ったり…する?」
「え………」
 突然の問いかけに驚く。それと同時に手まで握られてしまい、一気に顔が熱くなった。
「あ、あの、炭治郎っ」
「…ん?」
「会えて嬉しいって……炭治郎は思ってくれたの?」
「…っ」
 その言葉に、炭治郎の顔も赤く染まる。それだけで答えがわかってしまい、ふいっと顔を逸らした。
「…………私……」
「え?」
「私、も…、う、嬉しい……」
「本当?」
「……………」
 恥ずかしくなってこくこくと頷く。それ以上の言葉が紡げなくて、固まっていると、ふにっと何かが額に触れた。
(え……、……っ!!)
 気づくと炭治郎の唇が触れている。慌てて押し戻そうとするががっちりと肩を掴まれていて逃げられない。
(本気を出せば…っ突き倒せるけど…)
 炭治郎は今、身体に力を入れていない。いくらでも逃れる術はあるはずだ。なのに、身体が硬直して全く動かない。
「………カナヲ?」
「…………」
「ごめんっ、い、嫌だった…かな?」
「…………」
 ふるふると首を振る。しかし、カナヲはそんな自分に驚いていた。
(私、ちゃんと自分の意思で炭治郎と喋ってる……)
 ドキドキは先ほどより大きくなっているものの、そのことが冷静さを構築する。
「あの、嫌じゃなかったけど……どうして…こんなこと、するの?」
 震える声で問い訊ねると、炭治郎の息をのむ音が聞こえた。すっと肩から手を離し、まっすぐにこちらを見てくる。
「カナヲに…触れたかったから」
「え……」
「傷痕だらけになっているのを見てたら、何だか切なくなって…、俺が守りたいって思った」
「……………」
「カナヲは俺より強いから、余計なお世話かもしれないけどっ、俺、男だし守ってあげたいんだ」
「……………」
「それに、今のカナヲはちゃんと自分の言葉で喋ってる感じがして、前より可愛くて。だから…」
「…っ」
 可愛い、の一言に頬がぽっと染まる。しかしその時、
「カナヲ?」
「………!!!」
 急に襖がガラッと開いて、アオイが姿を見せた。布団の上で近づいている二人を見てぎょっとした顔を見せる。
「なっ、あんた達何やってんの!?」
「違う!これは違うから!!」
「何が違うんですか、炭治郎さん!こんな夜更けに女性の部屋に入り込んで!しのぶさんに言いつけますよ!」
「いやっ、アオイちゃん、本当に違うから!あのっ、俺部屋に戻るね!カナヲっ、じゃあまた明日!」
「う、うん……」
 風のように部屋から走り去った炭治郎に、何とか頷く。嵐が去ったような部屋に、アオイのため息が響いた。
「……もうっ、しのぶさんに見つかったら大目玉よ?というか、カナヲ!」
「えっ」
 急に名前を呼ばれビクッと肩を揺らすと、アオイが心底心配そうに眉を寄せた。
「夜中に男を部屋に入れたりしたらダメよ。いくら炭治郎さんだって」
「…………」
「まぁカナヲなら強いからのしちゃえるんだろうけど、それでもダメよ?」
「………でも、私は…」
「え?」
 言い返したことが意外だったのか、アオイが目を丸くする。しかしカナヲは両手を胸元で握ってはっきりと言った。
「……炭治郎なら、嬉しいから…、ま、また部屋に来てくれたら入れちゃうかも……」
「…………」
「……………」
(自分の気持ちを正直に言ってみたけど…、え、これって相当恥ずかしくない…?)
 言った後に気づき、顔がまた熱くなった。するとアオイがふっと笑う。
「へぇー…?じゃあしのぶさんには内緒にしておいてあげる」
「……っ」
 アオイの鋭い視線から顔を逸らした。自分の意思を持つと、まるですぐに見透かされてしまうようで、気持ちが全く落ち着いてくれない。それでも前よりは心が柔らかくなった気がして、悪い心地ではなかった。
 次に炭治郎と二人きりで会えたら、もっと素直に想いを伝えてみようと思う。部屋に射し込む月明かりを見つめながら、カナヲは胸の高鳴りをひたすら堪えていた。
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