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月明かりの下で

原作: その他 (原作:鬼滅の刃) 作者: アユーラ
目次

月明かりの下で1

「…………」
 珍しくぱちっと目が覚めて跳ね起きる。ささっと布団をしまうと、起き上がって着替えをした。
 小鳥たちがさえずり、蝶屋敷にいつもと同じ朝がやってくる。けれど、カナヲにとって今日はいつもとは違っていた。
(今日は炭治郎が帰ってくる日だ…!)
 刀鍛冶の里に日輪刀を取りに行くことになってから、ずっと会っていない。刀の打ち直しにはそれほど時間はかからないはずだが、随分長い事顔を見ていない。なので、ここ数日ずっと塞ぎこんでいた。
(……何だか、胸がぎゅってする)
 炭治郎に会えない間、ずっと心臓のあたりが冷たくて、落ち着かなかった。冷え冷えとした感覚を埋めたくて、ずっと炭治郎の帰りを待っていた。
(まだかな……。でもまだ朝だから)
 炭治郎が帰ってくるのは早くても昼過ぎだろう。それなのに早起きしてしまった自分に少し恥ずかしくなる。
 落ち着かない気持ちのまま、カナヲは部屋を出て行った。


………………


「カナヲさん、カナヲさん」
「えっ」
 すみに声をかけられ、ハッとなる。花ばさみを持ったまま、カナヲは庭をただウロウロしていた。
「どうかしたんですか?」
「う、ううん…。あの、炭治郎はもう戻ってきた?」
「まだなんですー。遅いですよね…」
「……そうね」
 日課となっている鍛錬や花の水やり、屋敷の仕事をしていても、どこか上の空になってしまっている。気づけばちらちらと門の方ばかり見てしまうので、集中できずにいる。
 どうにも冷静になれないので、意味なく屋敷の玄関まで出てみた。通路は無人で、猫の子一匹いない。
(もうそろそろのはずだけど…でも、私、どうしてこんなに炭治郎のことが気になるんだろう)
 自分でもわからない気持ちがもどかしく、軽く腕を擦る。
(……わざわざ出迎えてるみたいで恥ずかしいな…。でもここが一番わかるし…)
「うぃ~~」
「…!!!」
 いきなりの大声と消されていた気配に身体がビクッとなる。振り向くと、そこには音柱の宇随が立っていた。
「よお、胡蝶はいるか?」
「え、あ……、えっと……」
「んだよ、相変わらずはっきりしねー奴」
「あっ、待っ…」
(勝手に入ったら師範に怒られる…)
 カナヲを見て肩をすくめると、宇随はすぐに屋敷の中に入って行ってしまう。それを追いかけようと思ったが、
(はっきりしない……)
 その一言に足が止まった。以前はそんな風に言われても何とも思わなかったのに、今はその一言が妙に引っ掛かる。
 カナヲは物心がついた時から自分の意志というものがなかった。だから今何がしたいか、次どうしたいか、問いかけられても答えられない。
 全ては周囲が決めていくものだと、ずっと思っていた。
(でも、炭治郎が……)
『カナヲは心の声が小さいんだな』と言ってくれた時のことを思い出す。
 自分にも心の声があるのだと初めて気づかせてくれたのだ。そこから少しずつ気持ちが変わりつつある。
(…よし、今も聞いてみよう)

精一杯耳を傾けて、
何度も何度も
繰り返し自分の心を訊ねる。
すると、

(あ……)

その声は小さかったが、やはり「炭治郎に会いたい」と唱えていた。

……………


「カナヲ?」
「…………」
「カナヲってば!」
「えっ?」
「何してるの、そんな隅っこの方で」
「あ……」
 気づけばまた庭の隅の方で一人で花に向かって俯いていた。慌てて表情を取り繕い、アオイに向き合う。
 これも前までは無かったことだ。取り繕う必要など無かったのに、なぜか炭治郎のことになると通常の自分を維持できない。
「何も……」
「そう。……あっ」
(え……?)
 アオイが玄関の方に目を走らせる。走りながら大きな声が庭に響いた。
「炭治郎さん、帰ってきたわよ!」
「……っ」
 その声にカナヲも向かおうとする。しかし
「…っ?」
 どうやら様子がおかしい。なほも、すみも、きよも顔面蒼白で門の方へ向かっている。
(……炭治郎……?)
 炭治郎は隠の背中に乗せられ歩いてくる。大怪我をしている身体に目を見張るが、それよりももっと驚いたのが、
「禰豆子さん…!?」
 昼のまばゆい光の中で、禰豆子が立って歩いている。しかも炭治郎に寄り添いながら歌うように笑っている。
「…大丈夫ですか!?炭治郎さん!」
「カナヲ!すぐに寝床の用意と、お湯を用意して!」
「う、うんっ…」
 一瞬呆気にとられたが、みんな一斉に走っていく。カナヲも慌ててその後を追った。


………………


 それから七日もの間、炭治郎は目を覚まさなかった。
 蝶屋敷の皆は毎日心配していたし、隠の後藤や一緒に任務に就いた甘露寺蜜璃と時透無一郎も、何度か様子を見に来た。
 七日目の朝、ようやく意識を取り戻した時は全員が集まった。
「……あ、あれ…、俺……」
「炭治郎さん!起きた!」
「良かったーー!」
「っお帰りなさい、炭治郎さん!」
「お帰りなさい!」
「お帰りなさい!」
「……え?あ、うん……」
 皆、我先にと炭治郎に飛びつく。大歓迎を受けながら、炭治郎はまだ瞳を朦朧とさせていた。
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