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帰る場所

原作: その他 (原作:鬼滅の刃) 作者: 紫乃
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帰る場所

「――――――」
何か、聞こえる。
「――――ダメだって、禰豆子」
「―――ムー!!!」
どうやら、何かもめているらしい。そして、その元凶がどうやら俺にあるらしい。先程からゆさゆさと体を揺さぶられている。
「―――やめるんだ、禰豆子!!善逸が起きちゃうだろ!!」
いや、もうほぼ起きてるようなものなんだけど。
「――――ムー、ムー!!」
俺が起きないとこの2人の言い争いは収束しそうにない。目もだいぶ覚めてきたし、2人のためにも起きた方がいいだろう。
「どうしたの、2人とも――」
「あ、善逸!!すまない、禰豆子が無理矢理起こしてしまって――」
「それは全然いいけど、どうしたの一体?」
「いや、その……禰豆子がどうしても善逸と散歩に行きたいって」
「禰豆子ちゃんが、俺と?」
禰豆子ちゃんの顔を見ると、にっこりと微笑んでいる。俺と散歩に行きたい、というのは本当らしい。うずうずともどかしい“音”が聞こえる。
「その、以前は善逸が禰豆子をよく散歩に誘ってたから。最近善逸からの誘いがなくて寂しいみたいなんだ」
以前というと、俺がまだ記憶をなくす前だろう。その頃の俺は、彼女に好意を寄せていたそうだから、散歩に誘っていたというのも本当だろう。炭治郎の“音”を聞くに、なかば俺が強引に連れ出していたみたいだ。
だけど――――――。
「――今の俺でいいの?俺、禰豆子ちゃんが喜ぶようなことできないんだけど」
俺の言葉を聞いて、禰豆子ちゃんはぽかぽかと軽く俺を攻撃してくる。痛くはないが、突然の行為に戸惑いと同時に、不安になった。なにか気に障るようなことをしてしまったのかもしれない。ちょっと泣きそうになる。
「ムー!!」
「そんな事関係ないみたいだぞ。禰豆子は今、善逸と散歩に行きたいみたいだ」
今の俺を必要としてくれる人がいる。こういうまっすぐな感情に、俺はきっと惹かれていたんだろう。禰豆子ちゃんがとても可愛く、愛しく思えた。
―――ああ、かわいい。
自然と口元がほころぶ。ずいぶんと久しぶりに自然と笑えた気がする。
「うん、俺も禰豆子ちゃんと散歩に行きたい」
「ムー!!」
それはそれは嬉しそうに、禰豆子ちゃんは笑っている。その笑顔を見て、兄の炭治郎も笑っている。こっちまで嬉しくなってくる、優しい笑顔で包まれた空間だ。
とても心地よい空間だった。いつまでだってここにいたい。そう思わせるほど、2人の作る場の雰囲気は優しくて、暖かかった。




無理矢理、ではないけれど、半ば強引に禰豆子ちゃんに連れ出されて、とても久しぶりに外に出た気がする。外の空気はとても冷たい。体がひんやりとして身震いがする。まだ治りきっていない怪我にしみる冷たさだ。でも、夜空に広がる数多の星はとても綺麗だった。
「うわぁ、星が綺麗―――」
夜空に見とれていると不意に着物の裾を引っ張られる。ぼーっとしていたからだろう。禰豆子ちゃんが耐えきれなくなって、どうにか俺の気を引こうとしているんだろう―――と思ったのだが。予想と反して、禰豆子ちゃんは俺の頭に何か軽いものをそっと乗せた。
「ムー―!!」
「え、なに―――」
触れた感触で分かる。頭に乗せられたそれは、一面に広がる花で作られた冠だった。
「ムームー」
にこっと笑った禰豆子ちゃんはとても満足そうだ。
―――ああ、もうかわいいなあ。
自然とそう思った。綺麗に作られた花の冠を見て、俺もお返しをしようと花を摘もうと手を伸ばした。

――――――――――――――――――あ。

その瞬間、思い出した。よくこうやって、花の冠を作っていたことも、みんなのことも、全て。

―――記憶、なんてものは曖昧ですから。ふとしたきっかけでよみがえるかもしれませんし。

しのぶさんの言うとおりだ。ふとしたきっかけで、こんなに簡単に戻るんだ。

「ムー?」
不思議そうに首をかしげて唸る禰豆子ちゃんを見つめる。改めて実感する。俺の愛しい人だ、と。
「――大好きだよ、禰豆子ちゃん」
あの日に一方的に伝えた想い。もう一度、伝えることができて良かった。これから何があっても、もう忘れることはないだろう。
「ムー?」
禰豆子ちゃんには伝わっていなさそうだけど、それでもいいんだ。今はこのままで。
「帰ろうか、炭治郎たちが待ってる」

禰豆子ちゃんの手を引いて、綺麗な星空を流し見ながら帰路につく。
早く帰ろう。きっとそわそわしながら炭治郎が蝶屋敷で待っているだろう。
早く帰って、安心させてあげるんだ。
あの日のこと、きっと炭治郎は怒っているだろうけど。般若のごとく顔をして怒られるだろうけど。こっぴどく。でも、ひとしきり怒った後は、無事で良かったなんて言って泣きながら笑いかけてくれるんだ。いつもみたいに。
俺も、いっぱい言いたいことがある。伝えたいことが、話したいことがたくさんある。はやる気持ちをおさえて足早に向かうのだ。


みんなのいるあの場所へ。


蝶屋敷の戸を開けて、言うのだ。
「―――ただいま」

みんなのいるここが俺の、帰る場所―――。
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