桃太郎が生まれる四十年ほど前
「お、おい。誰だあんた……」
青年が帰ってきて早々にそう声を発するのも無理はない。今目の前に広がる光景をありのままに表現すれば、仕事を終え、疲れて小屋に帰って来たところ傷だらけの女が横たわっていた。
女に意識はない。
「と、とにかくひどい傷だ……。はよう手当せんと死ぬで――」
応急手当くらいはしてやれそうだが、果たしてこんな深い傷に効くかどうか……。
その傷の痛々しさと言ったら青年が初めて見るほどにえぐれているのだ。
「さぁさぁ、これをお飲みなされ」
青年が薬を飲ませようと女性の状態を起こそうとしたちょうどそのときに、女は意識を取り戻したようで、力なく目を開けた。
「おぉ、気がつかれたようじゃな――」
青年がいたわりの言葉を言い終わるか終わらないか、とかくその次の一瞬であった。女は素早い身のこなしで青年の手から逃れ、青年を地面に叩きつけると、股に隠してあった短刀青年の首に突きつける。
「ひ、ひぃっ!!」
「触るんじゃない、汚らわしい……」
――ころしてやる、憎き人間め。確かに青年の耳元でそう聞こえたが、残念ながらそれが実行に移されることはなかった。
深手を負っているうえに激しい動きをしたのが良くなかったようで、青年が身の自由を確保したとき、女は激痛のあまり床の上で苦悶していたのだ。
「あーあー、だから死ぬって言うたのに……」
呆れつつも青年は手当を再開しようとするが、女は痛む体を引きずって部屋の隅に逃げようとする。
「やめろ!お前らから慈悲など受けるつもりは……」
「本当に聞き分けの聞かん女じゃ。死にたいのか?」
「お前らに慈悲を受けるくらいなら……」
女が睨みつけたとき、誰か小屋の木戸をドンドンと叩き、「誰かいないか!」と呼ばわる数人の男の声が聞こえる。
「や、奴らだ……。奴らが来た……。あぁ」
その声が聞こえたとき、女の顔は明らかに恐怖に歪み、さらに部屋の隅に隠れるようにうずくまっていた。青年はそれを気にもかけてかかけまいか、とにかく扉を開け、目の前にいた武士の集団に少し面食らった。武士の集団は派手な鎧とたいまつを持っている。
「おやおや、お侍さんじゃありませんか。ものものしい雰囲気で一体何ごとです?」
「女を探している、体中傷だらけの女だ」
(あの女、武士から追われるとは、一体何をやったんだ……?)
青年は少し疑問に思ったが、
「はて、見ておりませぬなぁ」
「……む、この辺に逃げたように思ったのだが。もし見かけたら領主に伝えるように」
「は、はい」
完全武装した武士の応対はさすがに少し恐ろしく、足が震えたが、なんとか誤魔化すことができた、ひとまず安心して小屋の中に戻ると、相変わらず部屋の隅に縮こまっている女が恨めしそうにこちらを睨んでいる。
「なぜ、わしを助けたのじゃ?」
余計なことをするなと言わんばかりの物言いである。先ほどまでは部屋の隅で震えていたくせに。
「しかし、あれほどの武士が女一人を追い回すとは……。よほどわけありなようじゃなお前」
「……」
なぜか黙りこくる女。
「聞かせてくれんか。一体何者なんじゃお前」
「わしは……」
「わしは……鬼じゃ」
青年が帰ってきて早々にそう声を発するのも無理はない。今目の前に広がる光景をありのままに表現すれば、仕事を終え、疲れて小屋に帰って来たところ傷だらけの女が横たわっていた。
女に意識はない。
「と、とにかくひどい傷だ……。はよう手当せんと死ぬで――」
応急手当くらいはしてやれそうだが、果たしてこんな深い傷に効くかどうか……。
その傷の痛々しさと言ったら青年が初めて見るほどにえぐれているのだ。
「さぁさぁ、これをお飲みなされ」
青年が薬を飲ませようと女性の状態を起こそうとしたちょうどそのときに、女は意識を取り戻したようで、力なく目を開けた。
「おぉ、気がつかれたようじゃな――」
青年がいたわりの言葉を言い終わるか終わらないか、とかくその次の一瞬であった。女は素早い身のこなしで青年の手から逃れ、青年を地面に叩きつけると、股に隠してあった短刀青年の首に突きつける。
「ひ、ひぃっ!!」
「触るんじゃない、汚らわしい……」
――ころしてやる、憎き人間め。確かに青年の耳元でそう聞こえたが、残念ながらそれが実行に移されることはなかった。
深手を負っているうえに激しい動きをしたのが良くなかったようで、青年が身の自由を確保したとき、女は激痛のあまり床の上で苦悶していたのだ。
「あーあー、だから死ぬって言うたのに……」
呆れつつも青年は手当を再開しようとするが、女は痛む体を引きずって部屋の隅に逃げようとする。
「やめろ!お前らから慈悲など受けるつもりは……」
「本当に聞き分けの聞かん女じゃ。死にたいのか?」
「お前らに慈悲を受けるくらいなら……」
女が睨みつけたとき、誰か小屋の木戸をドンドンと叩き、「誰かいないか!」と呼ばわる数人の男の声が聞こえる。
「や、奴らだ……。奴らが来た……。あぁ」
その声が聞こえたとき、女の顔は明らかに恐怖に歪み、さらに部屋の隅に隠れるようにうずくまっていた。青年はそれを気にもかけてかかけまいか、とにかく扉を開け、目の前にいた武士の集団に少し面食らった。武士の集団は派手な鎧とたいまつを持っている。
「おやおや、お侍さんじゃありませんか。ものものしい雰囲気で一体何ごとです?」
「女を探している、体中傷だらけの女だ」
(あの女、武士から追われるとは、一体何をやったんだ……?)
青年は少し疑問に思ったが、
「はて、見ておりませぬなぁ」
「……む、この辺に逃げたように思ったのだが。もし見かけたら領主に伝えるように」
「は、はい」
完全武装した武士の応対はさすがに少し恐ろしく、足が震えたが、なんとか誤魔化すことができた、ひとまず安心して小屋の中に戻ると、相変わらず部屋の隅に縮こまっている女が恨めしそうにこちらを睨んでいる。
「なぜ、わしを助けたのじゃ?」
余計なことをするなと言わんばかりの物言いである。先ほどまでは部屋の隅で震えていたくせに。
「しかし、あれほどの武士が女一人を追い回すとは……。よほどわけありなようじゃなお前」
「……」
なぜか黙りこくる女。
「聞かせてくれんか。一体何者なんじゃお前」
「わしは……」
「わしは……鬼じゃ」
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。