前編
「わかったよ。この面子で出陣ね」
加州は大げさに肩を竦めてから苦笑した。
文句を言ったところで審神者が意見を改めないことはわかっている。
審神者には審神者なりの考えがあるのだろう。
忠言はしたがそれ以上は粘るつもりはなかった。
「主も思い切ったことするねえ」
改めて自分が隊長として任された部隊の出陣表をみる。
新撰組の刀。馴染みある名前が並ぶその中に一振り、思いもよらない名前があった。
「俺を新撰組に混ぜるなんて何考えてんだか」
肥前は鼻を鳴らした。
ゾロゾロ連なって歩く仲間を最後尾から眺める。
立ち止まった和泉守がジロリと肥前を睨んだ。
「ああ?文句あんのかよ、新入り」
「ちょっと、兼さん。すぐ喧嘩腰にならないでよ」
すぐ隣にいた堀川が慌てて止めに入る。
脇差同士なので話したことはあるが堀川も肥前とは親しいわけではない。
土方歳三の刀に沖田総司の刀が二振り、極め付けは近藤勇の愛刀。
立ち止まり自分を見る面々を一瞥し肥前は目を眇めた。
「ケーサツの刀に犯罪者の刀混ぜるなんて、上手くいくかよ」
刀の柄を握りしめる。
肥前の元の主人は直接対決こそなかったが新撰組とは敵対する立場にいた。
「今は前の主がどうとか関係ないよ。歴史を守るのが仕事だからね」
隊長の加州がニコリと笑った。
まるで幼い子供に対するかのようなその顔に毒気を抜かれて、目をそらす。
「どーだか」
上手くいくとは思えない。
作戦自体は問題ないはずだ。
新撰組の刀5振りには連帯感がある。そこに1振り、自分が入ることで連携を崩すのではないかと肥前は危惧していた。
作戦行動に支障はない。
しかし隊としては上手くいかないだろう。
「今回の任務は上洛する将軍 家茂の護衛だ」
都の外れにある政府から指定された空き家に入り、作戦会議を行なっている。
何故か長曽祢が仕切っているが、隊長の加州は何も言わないのでいつものことなのだろう。
「遡行軍が上洛する将軍を狙うなら京に入る前に狙うんじゃない?」
大和守が首を傾げた。端末が写す地図の範囲を広げ、街道を指差す。
「京で殺すのことに意味があるんだろ」
肥前はため息混じりに言った。
ただの暗殺ではない時間遡行軍の歴史を変えるための暗殺なのだ。
この暗殺の意義とはパフォーマンスにもある。ただ殺すだけなら簡単だが、人気のない場所で殺しても影武者を建てられて終わりだ。
将軍ともなれば江戸に影を用意しているだろう。
経路と日程を照らし合わせてから、肥前は南海を思い浮かべた。
あの学者気質の刀ならなんと言うだろうか。
「狙うなら明日だな」
京都に入り、衆目を集める時だ。
警護も厳しいだろうが、ここで将軍を殺せばいくら影武者が居ようと幕府は言い逃れはできない。
みすみす将軍を殺された責めは次代将軍の慶喜にも及ぶ。
「流石、暗殺には詳しいじゃん」
加州がニンマリと笑った。
「お前らだって似たようなことしてたろ」
堀川や和泉守を見る。新撰組だって闇討ちや暗殺はしていたと聞く。
「雑魚を狙うのと大物とでは話が違いますから」
「雑魚、ねえ」
堀川の言葉に目を細めた。
岡田以蔵とて将軍なんて狙ってはいない。
暗殺という点においては立場が違っただけでやっていることは大して変わらないのだ。
脇差の偵察能力を見込まれ、肥前は堀川と二人で哨戒に出ることになった。
京をぐるりと周り、潜伏している敵がいないか探る。
「いた、遡行軍だ」
刀に手をかけた堀川を手で制する。
「手を出すなよ」
「わかっています。下手に警戒されたほうが厄介ですからね」
元の主の影響か本丸での経験の長さか。
中々、心得ている。
「俺は追跡するからアンタは見回りを続けろ」
「わかりました。くれぐれも肥前さんも戦闘しないでくださいね」
さっき、注意した意趣返しだろう。堀川がニコリと笑った。
「わかってるよ」
ため息をつく。
京には人が多い。
土佐城下に潜伏するより楽だろう。
遡行軍は政府の刀剣達と違い、動きに制限がない。
こちらは歴史を守るために下手な動きは出来ず、人目を避け、人間は殺さず、建物に傷一つつけないように気遣う任務が殆どだ。
しかし歴史を変える為に遡行してきた彼らにはそういった制限が一切ないのだ。
人の姿を取り、人混みを歩き、街の宿屋を取り、飲食する。なんなら店の客と談笑さえ交わしていた。
「あれの方が余程人間らしいかもな」
肥前はため息をついた。
本丸での生活にも、出陣任務にも不満はない。
古参として本丸に所属する陸奥守を思い出した。
あれは些か人間臭過ぎる。元の主を真似て、人間になろうとしているのだろう。
本丸の刀達と事務的な会話しかしない肥前には本丸の中でのみ人らしくあろうとする刀達の在り方が理解できなかった。
陸奥守は任務で人らしくできない分を補っているのだと言っていた。他の刀もそうなのだと。
政府での諜報の仕事が長かった為か一人でいることに慣れきってしまっている肥前はまだ本丸に馴染めずにいた。
「別に、戦えりゃ仲良くやる必要なんかねえよな」
道具なのだからと肥前は自分に言い聞かせた。
新撰組の刀達のように連帯感を持つことも互いを認め合うことも必要ない。
加州は大げさに肩を竦めてから苦笑した。
文句を言ったところで審神者が意見を改めないことはわかっている。
審神者には審神者なりの考えがあるのだろう。
忠言はしたがそれ以上は粘るつもりはなかった。
「主も思い切ったことするねえ」
改めて自分が隊長として任された部隊の出陣表をみる。
新撰組の刀。馴染みある名前が並ぶその中に一振り、思いもよらない名前があった。
「俺を新撰組に混ぜるなんて何考えてんだか」
肥前は鼻を鳴らした。
ゾロゾロ連なって歩く仲間を最後尾から眺める。
立ち止まった和泉守がジロリと肥前を睨んだ。
「ああ?文句あんのかよ、新入り」
「ちょっと、兼さん。すぐ喧嘩腰にならないでよ」
すぐ隣にいた堀川が慌てて止めに入る。
脇差同士なので話したことはあるが堀川も肥前とは親しいわけではない。
土方歳三の刀に沖田総司の刀が二振り、極め付けは近藤勇の愛刀。
立ち止まり自分を見る面々を一瞥し肥前は目を眇めた。
「ケーサツの刀に犯罪者の刀混ぜるなんて、上手くいくかよ」
刀の柄を握りしめる。
肥前の元の主人は直接対決こそなかったが新撰組とは敵対する立場にいた。
「今は前の主がどうとか関係ないよ。歴史を守るのが仕事だからね」
隊長の加州がニコリと笑った。
まるで幼い子供に対するかのようなその顔に毒気を抜かれて、目をそらす。
「どーだか」
上手くいくとは思えない。
作戦自体は問題ないはずだ。
新撰組の刀5振りには連帯感がある。そこに1振り、自分が入ることで連携を崩すのではないかと肥前は危惧していた。
作戦行動に支障はない。
しかし隊としては上手くいかないだろう。
「今回の任務は上洛する将軍 家茂の護衛だ」
都の外れにある政府から指定された空き家に入り、作戦会議を行なっている。
何故か長曽祢が仕切っているが、隊長の加州は何も言わないのでいつものことなのだろう。
「遡行軍が上洛する将軍を狙うなら京に入る前に狙うんじゃない?」
大和守が首を傾げた。端末が写す地図の範囲を広げ、街道を指差す。
「京で殺すのことに意味があるんだろ」
肥前はため息混じりに言った。
ただの暗殺ではない時間遡行軍の歴史を変えるための暗殺なのだ。
この暗殺の意義とはパフォーマンスにもある。ただ殺すだけなら簡単だが、人気のない場所で殺しても影武者を建てられて終わりだ。
将軍ともなれば江戸に影を用意しているだろう。
経路と日程を照らし合わせてから、肥前は南海を思い浮かべた。
あの学者気質の刀ならなんと言うだろうか。
「狙うなら明日だな」
京都に入り、衆目を集める時だ。
警護も厳しいだろうが、ここで将軍を殺せばいくら影武者が居ようと幕府は言い逃れはできない。
みすみす将軍を殺された責めは次代将軍の慶喜にも及ぶ。
「流石、暗殺には詳しいじゃん」
加州がニンマリと笑った。
「お前らだって似たようなことしてたろ」
堀川や和泉守を見る。新撰組だって闇討ちや暗殺はしていたと聞く。
「雑魚を狙うのと大物とでは話が違いますから」
「雑魚、ねえ」
堀川の言葉に目を細めた。
岡田以蔵とて将軍なんて狙ってはいない。
暗殺という点においては立場が違っただけでやっていることは大して変わらないのだ。
脇差の偵察能力を見込まれ、肥前は堀川と二人で哨戒に出ることになった。
京をぐるりと周り、潜伏している敵がいないか探る。
「いた、遡行軍だ」
刀に手をかけた堀川を手で制する。
「手を出すなよ」
「わかっています。下手に警戒されたほうが厄介ですからね」
元の主の影響か本丸での経験の長さか。
中々、心得ている。
「俺は追跡するからアンタは見回りを続けろ」
「わかりました。くれぐれも肥前さんも戦闘しないでくださいね」
さっき、注意した意趣返しだろう。堀川がニコリと笑った。
「わかってるよ」
ため息をつく。
京には人が多い。
土佐城下に潜伏するより楽だろう。
遡行軍は政府の刀剣達と違い、動きに制限がない。
こちらは歴史を守るために下手な動きは出来ず、人目を避け、人間は殺さず、建物に傷一つつけないように気遣う任務が殆どだ。
しかし歴史を変える為に遡行してきた彼らにはそういった制限が一切ないのだ。
人の姿を取り、人混みを歩き、街の宿屋を取り、飲食する。なんなら店の客と談笑さえ交わしていた。
「あれの方が余程人間らしいかもな」
肥前はため息をついた。
本丸での生活にも、出陣任務にも不満はない。
古参として本丸に所属する陸奥守を思い出した。
あれは些か人間臭過ぎる。元の主を真似て、人間になろうとしているのだろう。
本丸の刀達と事務的な会話しかしない肥前には本丸の中でのみ人らしくあろうとする刀達の在り方が理解できなかった。
陸奥守は任務で人らしくできない分を補っているのだと言っていた。他の刀もそうなのだと。
政府での諜報の仕事が長かった為か一人でいることに慣れきってしまっている肥前はまだ本丸に馴染めずにいた。
「別に、戦えりゃ仲良くやる必要なんかねえよな」
道具なのだからと肥前は自分に言い聞かせた。
新撰組の刀達のように連帯感を持つことも互いを認め合うことも必要ない。
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