第七十五話 もう一つの七不思議
城ヶ崎シャーロットが差し出して来たアンパンを、蓮は受け取った。千切られているから歯形は確かについちゃいなかった。女の子っぽい行動ではないと思うが、城ヶ崎シャーロットぽいような気はする。
「……ほら。お食べ、レンレン。こしあんの素晴らしさを思い知るといいんだよ。この晴れ渡った日に、こしあんに舌で触れる幸せを共有しようよう」
「……そうだな」
アンパンを口に頬張ってみる。ふむ。劇的に美味しいというわけではないが、空腹時には丁度いい甘味であった。
「なかなか美味いぞ」
「でしょう?フフフ……こうして、こしあん派がまた一人、誕生したのであーる」
「……それはどうかな?」
「え?……ま、まさか、こしあんの魅力に陥落しないなんて……レンレンは、鋼の精神力の持ち主だよね……っ」
「……メロンパンも食べるか?」
「え?」
「オレに分けてくれたから、お腹減るだろ。モルガナは神代先生に食べさせてもらっていたから、必要ない」
「そうだよね。モルガナ、先生にデレデレだったもんね……なんか、ちょっとオス猫なんだなあって、思い知らされたというか……抱っこしたいパワーが、わずかというか、かなり下がっちゃったな……」
「考え過ぎだ。あれも調査の一環だ」
『紳士』を自称しているモルガナの名誉のために、蓮は気を使ってやることにした。パートナーのフォローを入れる、それもまた男の役目なのである。
「そうなの?……なんか、本能のおもむくままにデレデレしていたっていうような気がするんだけど……?」
……城ヶ崎シャーロットも女子の一種であることには、間違いがないようだ。モルガナは女子に見せるべきではない態度を見せてしまったような気がする……まあ、こんなことはよく起きたことでもある。猫とは、不思議な魅力の持ち主であるから、しばらくすれば失態よりも愛らしさが上回ってくるだろうが。
猫は魔性の魅力を秘めた動物なのである―――まあ、モルガナは、正確に言えば、猫ではなく、猫のような姿をしたモルガナという生物なのであるが……。
……とにかく、食事を済ませていた。若い体はそれなりに飢えている。これからの活動に対しても備えなければならない。
『―――よう。ここにいたのか?』
「あ。モルガにゃ」
『口にパンをもぐもぐさせながら話しかけるなよ』
「ん…………」
『……おいおい!?……コミュニケーションの方を放棄するのかよ……っ。城ヶ崎らしいけどさ』
「モルガナ、教会は調べたのか?」
『ああ。あちこち調べてみたぞ。教会には、怪しげなトコロは見つからなかった。神代殿の予想は、残念ながら外れていると思う』
「……そうか。他には、分かったことはあるのか?」
『……怪しげな場所を一つだけ見つけたぞ』
「怪しげな場所?」
『ああ……七不思議の一つがある、理科準備室だな』
「あそこ、調べたんだ?」
メロンパンを仕留め終わった城ヶ崎シャーロットが、会話への参加を始める。
『お前たちが授業と時間割に拘束されているあいだ、我が輩は色々と冒険をしていたということだ』
「えらいね、モルガナ!」
『フフフ。とにかく、我が輩の報告を聞け。1階の理科準備室……いや、理科室では二度ほど授業が行われていた。理科準備室は使われちゃいなかったがな』
「そだねー。毎回、使うとも限らないけど」
『……おかしなことが起きていた。生徒の何人かが、異臭を訴えていたんだが……ほとんどの生徒も、そして教師もその臭いに気がつくことはなかったんだよ』
「……どこかで聞いたハナシだな」
『そうだぜ、蓮。我が輩たちがさっき遭遇した状況に、少し似ている気がするよな?気づける者にだけ、気づく異変だ……女子三人、男子二人が異臭を訴えたが、しばらくすればその5人も異変を感じられなくなっていた』
「……モルガナは、どうだったの?」
『我が輩も、数回ほど異臭を感じたな。腐敗臭だったよ』
「腐敗臭って、ものが腐っているにおい……?」
『ああ。動物の死体のにおいによく似ていると感じた。少し、甘いんだ』
「……食後に聞きたくなかった言葉だよー」
『おっと、すまんな。まあ、ともかく……そういう異変があったものだから、我が輩は理科準備室へと侵入してみたんだ』
「モルガナ、冒険者的な気質にあふれているね!」
『怪盗だからな。好奇心は旺盛なんだよ』
「でも、鍵がかかっていたんじゃないの?危ない薬もあるから、入れないよね、生徒だけじゃあさ?」
『そこはピッキングを使わせてもらったぞ』
「おお、怪盗だ……っ」
『断っておくが、モノを盗むわけじゃないからな』
「わかってる。『ザ・ファントム』は悪人の心を盗んで、改心させるんだよね、レンレン?」
「ああ。そういうことだ」
「えへへ。いい子さんたち!……それで、どうだったの、モルガナ?」
『鍵を開けて、中に入ったら……異臭が『逃げた』』
「逃げた?」
「それって、どういう意味なの……?」
『換気されて薄まったという意味じゃないぞ。我が輩の気配を感じ取ると、異臭の発生源が消えちまった。そんな臭いの消え方だったんだ』
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