第七十四話 鐘の音、再び。
ゴーン!!ゴーン!!ゴーン!!……重たげな鐘の音が、周囲に響いている。城ヶ崎シャーロットは、怯えている。蓮はそのあふれるやさしさを用いて、彼女のことを抱きしめてやった。
「……レンレン……っ」
「……え?どうかしたのですか、皆……?」
『え?……神代殿には、聞こえていない?……我が輩たちだけに、聞こえるのか、この鐘の音は……?』
神代はこの教会に響く鐘の音が、聞こえないらしい……ペルソナ使いにだけ聞こえる?あるいは……吉永比奈子に取り憑かれている者にだけ聞こえるのだろうか……。
『蓮。とりあえず、この場から離れよう……この音は、どうやら神代殿には聞こえていないようだ……なにか、適当に誤魔化してみるのもいいかもしれない』
「……城ヶ崎は、昨日のことを思い出して、怖くなったみたいだ」
「まあ。大変……カウンセリング・ルームで話しましょうか……?」
「だ、大丈夫です。レンレンといるから、大丈夫」
「……そう。ムリはしないでね、城ヶ崎さん。私も、ここにいますから、いつでも不安があれば相談して……この場所が怖いのなら、職員室やカウンセリング・ルームでも、どこでもいつでも相談に乗りますから」
「はい……先生、ありがとうございます。レンレン、行こう……?」
「……ああ」
『……音が止んだ。蓮、城ヶ崎、我が輩は、しばらくここを見張ってから、お前たちを追いかける。見つけやすい場所にいろ』
蓮は言葉にすることなく、うなずくことでモルガナに合図を送っていた。神代には気づかれない。彼女は、困り顔で教会の内部を見回している……何かイタズラの痕跡がないかを探しているのかもしれない。
だが……見つからないだろう。さっきの鐘の音は、神代には聞こえていないだから。あの音は、特殊な力を帯びた音なのだ。自分たちには聞こえる……その理由は、具体的には分からないが……吉永比奈子に狙われていることの証かもしれない。
蓮と城ヶ崎シャーロットはしばらくの間、無言を貫いて、校庭が見下ろせる位置にある小さなベンチへとたどり着いた。校庭は、誰もいない……ここならば、落ち着いて話をすることも出来るだろう。
「……城ヶ崎、大丈夫か?」
「う、うん。レンレンが側にいてくれるから、落ち着いて来た……アレは、どういうことなのかな。先生には、聞こえていないみたいだった」
「……そうだと思う」
「あの音って、私が狙われているから、聞こえるのかな?」
「おそらくな。聞かせたいヤツに聞こえる音だろう」
「むー……そうか。不思議だなぁ……どうなってるんだろう?……若者にだけ聞こえるモスキート音みたいなヤツかな……先生、モスキート音、聞こえない年齢かもしれないし」
微妙に失礼な発言かもしれないと連は考えたが、年齢で聞こえる聞こえないの条件があったとしても、おかしくはないのかもしれないとも考え直す。謎を追跡する時は、多くの視点がある方がいいことを、連は経験的に把握しているのだ……。
「……とにかく!」
「とにかく?」
「お腹が、空いたよー……っ」
城ヶ崎メーターが、くるるるう……と空腹の音楽を奏でていた。
「……パンを食べるとしよう」
「うん!食べよー、レンレンはメロンパン?アンパンもありだけど?」
「城ヶ崎はどちらが食べたいんだ?」
「……んー。アンパンかな!……ジャパニーズの食文化に興味がありまーす!!ガイジンらしく!!」
「ハーフだろ?」
「ん。そだねー。ハーフだよー……アンパンたーべる!」
鼻歌を奏でながら、城ヶ崎シャーロットはアンパンを包みの袋から取り出していく。
「いただきまーす!」
ぱくり!
並びのいい白い歯がアンパンに噛みついていた。もぐもぐもぐもぐ……少女のホッペタはリスのように動いて、アンパンを食べていく。
「……ああ。美味しい……っ。ビーンズの砂糖煮なんかが、こんなに美味しいなんてさ……っ。世界中に発信してあげなきゃって味だよねーっ!!」
「大好物なんだな」
「うん!……レンレンは、アンパン好きじゃないの?」
「好きだぞ」
「だよねー!!ジャパニーズなら、アンパン大好きだよねー!!……もぐもぐ」
上機嫌になりながら、城ヶ崎シャーロットはアンパンに夢中になっている……。
さっきまで怖がっていた様子は、すっかりと消え去っているようだ。アンパンが秘めた精神安定剤的なポテンシャルの高さに、蓮は感心せざるを得ない。
「……こしあんが、いいよねえ……っ」
「……オレは粒あんの方がいいかもしれない」
「え?……そ、そうなの?……ゴロゴロしない?」
「どちらでも食べられる。食感を気にしたことはない」
「そっかー……豪快な子だなあ、レンレン」
……そうだろうか?アンパンの中身で豪快さなど計れるものだろうか?……蓮は疑問でしょうがなかった。
「……そうだ。レンレンに、こしあんの良さを伝えるために、私がこのこしあんたっぷりのアンパンを、三分の一ぐらい分けてあげましょう」
「半分じゃないんだな」
「う。すでに、半分近く食べておりますので、歯が当たっていない部分を考慮すると、三分の一あたりが限界……いや、四分の一ぐらいかも……?とにかく、はい、どうぞ!」
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