第七十一話 八年前
……何にせよ、情報源としてハナシが聞けるのであれば、それでよいのだが……。
神代は城ヶ崎シャーロットの方を、じっと見つめたあとで、ため息を吐いた。そして、彼女の唇は動くのだ。
「……二人とも、こちらへ来なさい。外じゃ話しにくいことでもあります。教会のなかで話しをすることにしましょう」
「は、はい。レンレン、これでいいんだよね?」
「ああ。先生は事情に詳しそうだ。聞いてみるべきだ」
「そ、そうだね。そうしよう」
蓮は城ヶ崎シャーロットのためにアタマをうなずけさせて、彼女のことを安心させる。そして、怪盗の鋭い視線はこの場から離脱するフリをして戻って来ていたモルガナを見つけていた。
モルガナはしっかりと隠れている。神代にも城ヶ崎シャーロットにも気づかれてはいないだろう。自分たちの会話を、聞いていてくれるハズだし……もしも、神代にペルソナ使いの徴候が現れたり、あちら側の世界に引きずり込まれるようなことが起きれば、対応してくれるハズだった。
「……城ヶ崎、教会のなかに行こう。先生のハナシを聞くことにするぞ」
「うん」
二人は神代が入って行った教会のなかへと歩いて行く。モルガナも、隠密のテクニックを駆使しながら、蓮以外に気づかれることもないまま、教会の中へと潜入していく……。
「さあ……こちらに来なさい」
礼拝堂にある祭壇の御許に、聖なるシスターは待っていた。とても美しく、神々しくて、厳かな雰囲気を出している……神妙な面持ちをしている。
その気配を感じ取った城ヶ崎シャーロットは体を緊張させていた。教師との一対一、城ヶ崎シャーロットには、その状況で良い思い出は一つもなかった。基本的に、叱られるときの配置だと考える。
まあ、今は一対一ではなく、一対二だが……少女はその身を、少しだけ蓮に近づけてみる。少年の腕に肩が触れそうになるが、少女は気恥ずかしさも覚えてしまい、その身をつけることが出来ない。
……昨日よりも、レンレンと親しくなっているのにな。なんだか、触りにくくもなってるよ…………あう……これは…………そうか…………私、たぶん、アレなんだなぁ……レンレンのこと、い、意識しまくっちゃってるんだなぁ……。
クール・ジャパン・オタクのハーフの子が、恋心に目覚めようとしていた頃、蓮は神代に対しての質問を開始していた。
「……神代先生。あの鐘の音について、知っていることがあるんですか?」
「……ええ。あの鐘は、この聖心ミカエル学園に伝わる七不思議の一つです。この学校には、とある事情で鐘楼は排除されています……かつて、鐘が壊れていた時期がありましたが、そのときに、一人の女子生徒が校舎の屋上から飛び降り自殺をしたのです」
「……8年前の、吉永比奈子」
「っ!?……どうして、それを?」
「……ネットで調べた」
「なるほど。そうですね。ネットで調べれば、自殺者の情報も集まる……でも、雨宮くん。その情報は正しくはありません。8年前、比奈子さんが自殺するよりも前から、鐘は無かった……ずっと昔から、この学校には鐘はなく、ウワサだけが何十年も続いていたのよ」
「……先生は、吉永比奈子について知っている?」
「……ええ。私は、この聖心ミカエル学園の卒業生でもあります……吉永比奈子さんは、私の同級生にあたる人物です……直接的な知り合いではありませんでしたが、彼女の自殺はショッキングでしたから……」
「……神代先生……」
悲しそうな神代を見て、城ヶ崎シャーロットは蓮の右腕を掴んでくる。悲しみが伝えられた時、ヒトは誰かの体温に慰めを求めることもある……彼女は、そんな状態に心が陥っていた。
神代は悲しそうな顔のまま、語るのだ。
「……私は、当時この聖心ミカエル学園の生徒会長も務めていました。イジメの撲滅にも力を入れていたつもりでしたが……結局は、力不足でした」
「先生の責任じゃない」
「いいえ……あのとき、あの場所にいた、全てのヒトに責任はあるのよ。比奈子さんの死は、そう受け止めるべきものです。ヒトの死が、周囲に与える影響というものは、深くて重たいのですよ……」
「……でも。自分を責めすぎることは、良くないことだ。誰かを救うということは、簡単なことじゃない。他者の苦しみを完全に理解することは、ヒトには出来ないんだ」
「……雨宮くんならではの視点かもしれないわね……いえ、ごめんなさい。そうね、私が落ち込んでいてもしょうがない。それに……今は、貴方たちが聞いた鐘の音についてね」
「……何か知っているのか?」
「知っているのは、あのとき……比奈子さんが飛び降りた後の聞き取り調査で分かったことがあります。比奈子さんは、中学生時代の友人たちに対して、鐘の音が聞こえたと、SNSで伝えていたようです」
「……っ!……じゃ、じゃあ、やっぱり、あの鐘の音を聞いちゃうと、じ、自殺しちゃうってことですか!?」
「……落ち着きなさい、城ヶ崎さん。そんなことは非科学的なことです。絶対に、そんなことはありえません」
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