第二十話 『猫人間』
『怪談話かー……どこの学校にもあるもんだよなぁ』
モルガナは蓮のバッグのなかで、そう呟いていた。モルガナは心霊現象が、それほど好きなわけではない。目を細めながら、それ以上、話題を続けることを拒んだ。
守ってくれると語っている城ヶ崎シャーロットではあるが、彼女が幽霊たちから恐れられるような存在だとは思えない。幽霊を対峙する姫騎士……というわけにはいかなさそうだった。
蓮はモルガナの態度を察し、『七不思議』にまつわる話題を続けることを選びはしなかった。今は、弁当を食べるとしよう……時刻としては少しだけ早いが、それなりに歩き回ってしまっている。
食堂は校舎の裏側にあった。近くには武道場があるのだと、城ヶ崎シャーロットは教えてくれる。平たい食堂から向かって左側の方向に、瓦屋根の古い建物が見える。
『おお。本格的な雰囲気を出しているじゃねえか』
「モルガナ、喜んでいるね?武道場が好きなのかなー?」
「……違うだろ」
『うむ。それほど、好きでもないし、嫌いでもないな。だけど……古い建物には、我が輩は何だか魅力を感じるのだ』
「武道じゃなくて、武道場そのものが好きらしい」
「そーなんだー。私は興味ないなー……あそこの奥にあるのがね、音楽実習棟。音楽室とかがあるし、吹奏楽部の拠点っぽいところだよー!」
『吹奏楽部の『アジト』か……うーん。我が輩たちも、そういう場所が欲しいよな、蓮』
「……たしかにな」
『アジト』。佐倉惣治郎の経営する喫茶店、ルブランなどがそれだった。
仲間たちと過ごし、色々な計画を立てるための場所―――たしかに、地元にもそんなアジトがあってくれても悪くない……。
「それで。食堂の右手をずーっと行くとね、図書館が見えまーす」
「本当だ」
『うむ。あちらは、武道場よりも新しく見えるな。意外と、築数が行っているのかもしれないが……清潔感があるな』
「レンレンは読書家さんなの?」
「それなりにな」
「そっかー。レンレン、頭が良さそうだしねー……私も、読書が好きー」
……マンガを読むことを、読書だと言い張るタイプの人物なのだろうか?蓮はそんなことを考えた。マンガを読書としてカウントすることは、あまり適切な行いとは思えない。
マンガをバカにするわけではないし、時には学べることもあるが。マンガばかりを読んでも、知識が深まるようなことは、あまりないような気がしている。
何やら、視線が語ってしまっていたのだろうか、城ヶ崎シャーロットは、ハッ!とした顔になっていた。
「あ、あのね?……ちゃんと、マンガ以外も読むんだからね!?ほ、ホントだよ!?」
『……ホントなんだろうか。なあ、蓮、どんな小説を最近読んだのか、訊いてみろよ?』
モルガナの言葉にそそのかされてみることにした。
「城ヶ崎が最近読んだ本って、何なんだ?」
「……え。えーと、そ、それは…………あの。お、男の子同士の、さわやかな……れ、恋愛をモチーフとしたヤツだからね!!」
『男の子同士のさわやかな恋愛?……何を、言っているんだろうな、城ヶ崎のヤツ……』
深く考えると、食欲が減ってしまいそうだと蓮は考える。
「そうか。それじゃあ、食堂へ入ろう」
「う、うん。あー……追及されなくて良かったよ。変な子だって、思われちゃうところだったもんね……っ。反省反省」
『自白してやがるな。変な本を読んでいるらしいぜ、城ヶ崎のヤツ……なんだか、可愛いのに、ところどころから残念なオーラを放つ子だよなあ、城ヶ崎って……』
黒猫の吐くため息を耳に浴びながら、蓮は食堂の扉を開けた。
足首を痛めている城ヶ崎シャーロットのために、ドアを手で支えて開けっ放しにする。城ヶ崎シャーロットは喜んでいる。
「えへへ。ありがとー。親切だよね、レンレン!さすが、そこそこモテモテのレンレン」
「まあな。そこそこモテモテなんだ。入れよ、城ヶ崎」
「うん。いい男の子だねー。よく躾けられているよ」
『なにせ、この我が輩が躾けたんだから、紳士的に育っても当然だよな!』
長年、育てて来たような言い方をモルガナはしている。
育てられた気はたしかにするが、それはこの一年のあいだのことなのだがな……しかし、幼い頃からずっと一緒に生きて来たような錯覚をしてしまうこともある。
モルガナと蓮の絆は、時間を越えるほどの強さがあるのかもしれない……。
「レンレン、どうしたの?」
黙りこくってしまっていた蓮を、城ヶ崎シャーロットは心配したのだろうか。小さくて人形みたいに愛らしい頭を、わずかに横に傾けていた。
「オレはモルガナに育てらしい」
「え!?ほ、本当に!?……モルガナ、スゴいねー。レンレンをこんな大きく育てたんだね……?……も、もしかして。レンレンはモルガナの子で、変身してこんな姿に?」
『コイツは何を言い出しているんだ……』
「にゃー」
「うわわ!!あ、当たったんだ。レンレン、猫人間サンなんだねッ!?」
「にゃー」
『……あまり、ふざけてやるなよ。城ヶ崎はかなりノリがいいし、ちょっと頭が悪そうだし、妄想癖ってのが、どうにもこうにも強そうなんだからさ?』
かなり辛辣な人物評価をモルガナは城ヶ崎シャーロットに与えているようだ。しかし、蓮もその評価に反論することは出来かねる……。
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。