戦場
「おかしいわね。後退したのかしら?」
「連絡は取れないのか?」
「それがね、変なのよ。さっきから無線が通じてなくて」
「無線が?」
「汽車の中では正常だったのに」
「貸してみろ」
ハンクはライザの持っている無線を借り確認をする。
とはいえこの霧だ、はっきりと見えない中での確認は、手探りになる。
「壊れている感じはしないな」
数回振ったりしてからハンクは言う。
部品が外れていたりすれば音がするのだという。
「この霧で電波が弱ったのではないか?」
「それだったら、汽車の中でも同じでしょう? もう、本当になんなのよ、この霧」
ふたりのやりとりを聞きながらシャールはあたりを見回した。
確かに軍のテントがあるという場所の明かりにはなかなか近づけないが、汽車の明かりからは確実に離れている。
時折爆発する音が響くのは、クロードたちが蔦の根本を焼くために爆薬などで地中に穴を空けているのだろう。
「あの……」
シャールが遠慮がちに声を出すと、あーだこーだと言っていたふたりがシャールの声に耳を傾けた。
「なあに、シャール。というか、こんなところで立ち往生させてごめんね。迎えに来てもらった方が早いわよね」
「迎えは無理なんじゃないでしょうか?」
「どういうこと?」
「私たち、確実にある程度の距離を歩いてはいると思うんです。だって汽車の明かりが遠くにあるし、聞こえてくる爆音も遠くの方って感じです。でも、目的地に着けない。それって……」
迷子じゃないか……と思ったが、そこまでは口にできなかった。
だがライザはすぐにシャールがなにを言いたかったのかを察する。
「言われてみればそうね。私たちが迷っているのではなく、霧に迷わされているって感じかしら? ハンクはどう思う?」
「戻るという方法があるが」
「そうね。だけど危険度が増すと思うわ」
「そうだが、こうしているよりはいいだろう」
「それもそうかもしれないわね。少佐と合流しましょうか」
「となると、爆音のする方に向かった方がいいな。俺たちはまっすぐ歩いてきたつもりだが、実はそうではなかった……ということもありえる」
「そうね。音がすねのはこっちかしら」
まっすぐに歩いてきたつもりの三人は、爆音が聞こえる右側に方向を変える。
一歩ずつ進むと確実に爆音がはっきりと聞こえてくる。
次第に爆発の炎がちらりと見え始めると、三人は不安から救われたような気持ちになった。
しかし、それはほんのわずかな期待に終わる。
※※※
「少佐! なにをしているんですか!」
目を疑うような光景に、ライザが声をあげる。
「ライザ少尉? 避難したんじゃないのか?」
想定外の人物の登場に、クロードは一瞬目を見開いたが、すぐに目を細めライザの行動に疑問を投げかける。
「その予定だったんですけれど。ちょっとしたアクシデントで、少佐と合流しようとなったんですが、少佐の方こそ、なにをされているのです? 確か蔦の根本を焼くと言ってましたよね?」
「ああ。確かに我々はその業務を行っていた。だが、いつの間にかこうなっていた。説明が欲しいのは我々の方だ。しかも、部下の殆どとはぐれてしまっている」
というか、クロード以外の人物は見あたらない。
「失礼ですが少佐。ほかの隊員はどちらに?」
「なにを言っている、ライザ少尉。そこらにいるだろうが。目の前の敵と応戦している。おまえたちも手伝え」
敵? どこに?
今度はライザだけでなく、ハンク、シャールもあたりを見回した。
そして気づく……
「ライザさん、ハンクさん。霧が晴れています」
「だが、ここはどこだ? 俺たちは荒れ地にいた。こんな密林の中にいたわけじゃない。ここはどこだ? まさか、あの蔦の中ってわけじゃないだろうな」
「ちょっとふたりとも、なにを言っているの? 霧は晴れてないわ。むしろ、こんなに近くにあなたたちを感じられるのに視界が悪いわ。まるで霧の壁に阻まれているみたいよ」
「待ってください、ライザさん。私の目には霧は晴れていますが密林は見えません。私がいるのは綺麗な草原です。見渡すかぎりの緑一面が広がる、そんな場所です。荒れ地にもこんな場所があるんですね」
三人が三人とも見えているものが違う。
しかし互いに互いの存在は確認できている。
これはいったい……
三人が首を傾げたくなった時、クロードの悲痛な叫びが響く。
「きさまら! 応戦中の私語は慎め。ここを死守しなければ我々の勝機はない。最後の一兵になるまで気を許すな!」
言いながら武器を構え、いもしない敵に向けて発砲する。
その先にあるのは、シャールにとっては一面の緑であり、ハンクにとっては密林の木々、ライザにとっては無限に広がっている濃霧であった。
つまり、四人それぞれ見えているものが違いながらも、存在だけは感じ、また認識をしている状態。
これはいったい?
「つまり、それぞれ見えているものが違うのね。正解はひとつ。いいえ、正解はないのかもしれない。私には霧以外が見えない。となると、ハンクかシャールに任せた方がいいみたいね」
「連絡は取れないのか?」
「それがね、変なのよ。さっきから無線が通じてなくて」
「無線が?」
「汽車の中では正常だったのに」
「貸してみろ」
ハンクはライザの持っている無線を借り確認をする。
とはいえこの霧だ、はっきりと見えない中での確認は、手探りになる。
「壊れている感じはしないな」
数回振ったりしてからハンクは言う。
部品が外れていたりすれば音がするのだという。
「この霧で電波が弱ったのではないか?」
「それだったら、汽車の中でも同じでしょう? もう、本当になんなのよ、この霧」
ふたりのやりとりを聞きながらシャールはあたりを見回した。
確かに軍のテントがあるという場所の明かりにはなかなか近づけないが、汽車の明かりからは確実に離れている。
時折爆発する音が響くのは、クロードたちが蔦の根本を焼くために爆薬などで地中に穴を空けているのだろう。
「あの……」
シャールが遠慮がちに声を出すと、あーだこーだと言っていたふたりがシャールの声に耳を傾けた。
「なあに、シャール。というか、こんなところで立ち往生させてごめんね。迎えに来てもらった方が早いわよね」
「迎えは無理なんじゃないでしょうか?」
「どういうこと?」
「私たち、確実にある程度の距離を歩いてはいると思うんです。だって汽車の明かりが遠くにあるし、聞こえてくる爆音も遠くの方って感じです。でも、目的地に着けない。それって……」
迷子じゃないか……と思ったが、そこまでは口にできなかった。
だがライザはすぐにシャールがなにを言いたかったのかを察する。
「言われてみればそうね。私たちが迷っているのではなく、霧に迷わされているって感じかしら? ハンクはどう思う?」
「戻るという方法があるが」
「そうね。だけど危険度が増すと思うわ」
「そうだが、こうしているよりはいいだろう」
「それもそうかもしれないわね。少佐と合流しましょうか」
「となると、爆音のする方に向かった方がいいな。俺たちはまっすぐ歩いてきたつもりだが、実はそうではなかった……ということもありえる」
「そうね。音がすねのはこっちかしら」
まっすぐに歩いてきたつもりの三人は、爆音が聞こえる右側に方向を変える。
一歩ずつ進むと確実に爆音がはっきりと聞こえてくる。
次第に爆発の炎がちらりと見え始めると、三人は不安から救われたような気持ちになった。
しかし、それはほんのわずかな期待に終わる。
※※※
「少佐! なにをしているんですか!」
目を疑うような光景に、ライザが声をあげる。
「ライザ少尉? 避難したんじゃないのか?」
想定外の人物の登場に、クロードは一瞬目を見開いたが、すぐに目を細めライザの行動に疑問を投げかける。
「その予定だったんですけれど。ちょっとしたアクシデントで、少佐と合流しようとなったんですが、少佐の方こそ、なにをされているのです? 確か蔦の根本を焼くと言ってましたよね?」
「ああ。確かに我々はその業務を行っていた。だが、いつの間にかこうなっていた。説明が欲しいのは我々の方だ。しかも、部下の殆どとはぐれてしまっている」
というか、クロード以外の人物は見あたらない。
「失礼ですが少佐。ほかの隊員はどちらに?」
「なにを言っている、ライザ少尉。そこらにいるだろうが。目の前の敵と応戦している。おまえたちも手伝え」
敵? どこに?
今度はライザだけでなく、ハンク、シャールもあたりを見回した。
そして気づく……
「ライザさん、ハンクさん。霧が晴れています」
「だが、ここはどこだ? 俺たちは荒れ地にいた。こんな密林の中にいたわけじゃない。ここはどこだ? まさか、あの蔦の中ってわけじゃないだろうな」
「ちょっとふたりとも、なにを言っているの? 霧は晴れてないわ。むしろ、こんなに近くにあなたたちを感じられるのに視界が悪いわ。まるで霧の壁に阻まれているみたいよ」
「待ってください、ライザさん。私の目には霧は晴れていますが密林は見えません。私がいるのは綺麗な草原です。見渡すかぎりの緑一面が広がる、そんな場所です。荒れ地にもこんな場所があるんですね」
三人が三人とも見えているものが違う。
しかし互いに互いの存在は確認できている。
これはいったい……
三人が首を傾げたくなった時、クロードの悲痛な叫びが響く。
「きさまら! 応戦中の私語は慎め。ここを死守しなければ我々の勝機はない。最後の一兵になるまで気を許すな!」
言いながら武器を構え、いもしない敵に向けて発砲する。
その先にあるのは、シャールにとっては一面の緑であり、ハンクにとっては密林の木々、ライザにとっては無限に広がっている濃霧であった。
つまり、四人それぞれ見えているものが違いながらも、存在だけは感じ、また認識をしている状態。
これはいったい?
「つまり、それぞれ見えているものが違うのね。正解はひとつ。いいえ、正解はないのかもしれない。私には霧以外が見えない。となると、ハンクかシャールに任せた方がいいみたいね」
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