19話
「よお、サラ子。来て早々に悪いけどさ、お前ストーカーにあってないよね?」
「藪から棒に何ですか。誰かに、ストーカーなんてされる覚えもないですよ」
店内の品出しをしていると時折どこかをチラチラ見ながら入ってくる万事屋さん。
その視線の向く方向にあるものを見ては知らぬふりをしている私の横顔を見て、困った顔をしていた。
正直、私は万事屋さんが何を指して話しているのかも、そしてその正体も知っている。
故郷を飛び出してここに来るときに、藤吾さんと一緒にいるのをちらりと見たっきり会っていない、実の兄だ。
それに気づいたのはここにやって来る前。
店先の品出しをする際に、慌てて向こうの家の軒裏に隠れた誰かの羽織を見て気が付いた。
派手好きな兄がよく好んで着ていたものだった。あんなの着ているのは兄くらいだ。
「癪ではあるが、多串君あたりに相談したらどうだ?何か対策だけでもよ」
「害はないですし大丈夫ですよ」
「今はそうでも、ずっとそうだとは限らねえだろ。お前が通報しないのが分かって押しかけてくるかもしれねぇぞ」
「そんな度胸あったら、もうすでにそうなってますよ」
きっと、父上か母上に頼まれて様子を見に来ているだけだろうから。
兄が私に関わってくるはずがない。
あの日残した置手紙を少なくとも目にしている、ならば尚更だ。
「その口ぶりからすっと、気付いてたんだな。相手にも心当たりがあんのか?」
「さあ、どうでしょうね。知っているようで、知らない人かもしれません」
「何だよ頓知でも掛けてんのか?まあ、お前が何かする気がねぇって言うんなら俺ももうとやかく言わねぇけどよ。何かされそうになったら早めに言えや。何とかしてやる」
「はあ…ありがとうございます」
万事屋さんも不思議な人だ。
何故ここまで気に掛けてくれるのか、未だに分からないでいるが、きっと根がそういう人なのだろう。
だから万事屋さんの周りには自然と人が集まってくる。
私とは真逆な存在だ。
「おい花子、お前もしかしてストーカーにだな…」
「はい多串君、一足遅かったね。もうその話は済んだからリピートさせないでくれるかな」
「んだと万事屋ァ!?話は済んだって…何だ、花子お前気付いてたのかあれ」
この2人は似ているのだか、何だか、同じタイミングでお店に来ることが多い。
ご近所さんにも時々「変な人がこの店を見ていたよ」なんて教えてもらったけど、「大丈夫」だと断りを入れてきた。今ではみんなあの人のことは暗黙の了解として触れない人の方が多い。きっと知り合いなのだろうと納得したのか、それとも私が「気にしないでくれ」と言ったのを守ってくれているのかはわからないけれど。
「まあ、分かりやすいですし」
あれだけじっと見つめられていれば、嫌でも気づくというものである。
最初のうちはすぐに飽きるだろうと放っておいたが、意外にも毎日この時間に視線を感じている。
余程きつく父上か母上が様子を見てくるように言ったにしても、こうも日数が経つともしかしたら自分の意思で来てくれてるのかも、なんて考えすら浮かんでくる。
そんなはずないというのに。
少なくとも、自分勝手に家を飛び出した自分には、そんなことあり得ない。
「まあ、なんだ。もし身の危険を感じたらすぐに電話しろや。俺が空いてなくても山崎か原田あたりを来させるからよ」
「いーやコイツに電話するなら俺にしろや。万事屋もまあそこそこ忙しいが、新八も神楽もすっ飛んでくるだろうぜ。2人がだめなら定春を貸してやる」
「オイオイ出しゃばってくるんじゃねぇよ、万事屋。お前に頼んだら事が大きくなるだけだろうが。ここは大人しく警察に任せておけって」
「うるせぇなお前らに任せた方が結果が見えてるわ。チンピラ警察」
「んだとコラァ!?」
また始まった、と思いつつチラリと電信柱の方を見ると、言い合いをしているのか藤吾さんの方を向いて何かを怒鳴っている兄が見えた。相変わらず隠れるのは下手だ。
ふ、っと藤吾さんが兄から私に視線を移して、カチリと私と目が合うと、少しだけ考えてから、手を上げてこちらに何度か手を振った。昔から兄の世話係のようなものを頼まれていたから今回も様子を見に来たのかもしれない。軽く会釈をすると、藤吾さんは挙げていた手を少し気まずそうにさ迷わせてから、同じように会釈した。
兄はそれを見てこちらを見ようとしたから、私のほうから視線を逸らした。
もう来なくていいのに。
そう思う反面、兄が私の事を覚えている、そのことだけで少しだけ胸が温かくなった気がした。
いつか、兄と話すことが出来たら。
今度はちゃんと、本当の「兄妹」になれるだろうか。
兄の事を思い出すと、あの冷たい目が思い浮かんで、いつしか思い出すのもやめてしまった。
夢に出てくる兄は、いつだって優しく微笑んでいたけれど、その瞳は一度だって私に向けられたことはない。
けれど、もし、兄が此処に自分の意思で来てくれているのだとしたら。
そんな希望を抱きながら、私は握りしめていた着物の袖を、もう一度きゅ、っと握りしめた。
ほんの少しの勇気があったなら
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