15話
「土方勘違い事件(仮)」から数日が過ぎた頃。
あの次の日やってきた沖田がニヤニヤしながら「昨日は大変でしたねィ」なんて言ってくるものだから思わずしかめっ面をしそうになりながらも「何の事でしょう」ととぼけたふりをすると、予想通りというか、不満げな表情をされた。
沖田が、何がしたかったのかは結局彼が語らなかった故に分からづ仕舞いである。
きっと自分に嫌がらせをしたかったというよりは、口ぶりからしても土方を困らせたかったほうが強いようだが。
江戸に来てから暫くは平穏で過ごしやすかったものの、ここ最近周りで騒ぎが多いことに何か悪いものにでも憑かれているんじゃないかと疑い始めた。そろそろ神社にお祓いにいったほうがいいのだろうか。こういうものって祓ってどうにかなるものなのだろうか。お祓いに行ったはいいものの、「手に負えません」とか言われたらどうしようか。そもそも憑き物じゃなかったら絶望的である。いや、憑いてないならそれは安心だけれど、それならもうこの状況がどうにもできないことを意味してしまう。
ここ最近の騒ぎを思い返してみるとその大半はあの銀髪侍さん絡みに起こっているような気がしてならない。
先日の出来事は沖田が土方に対して嘘を教えたことが発端ではあるが、そもそも沖田が仕掛けてくるようになったのは銀時と土方が誤解を生むような言い争いをここで繰り広げていたことにある。あれ、それじゃ土方も絡んでいるんじゃないかと思い至ったが、彼は何かと気遣ってくれることが多い。
「サラ子―、来たぞー」
そんな思案中にやってきたのはまさに今思案の中心にいた人物。
「呼んでいません、お帰り下さい。どうぞ」
「冷た。何だよ今日気分悪いのかよ。もしかしてあれか?女の子の」
「それ以上口を開いたら次に二日酔いになった時にただの苦いだけの効能のない薬を飲ませますよ」
す、と目を細め眉間に若干のしわを寄せた顔で銀時を睨みつけると店先にあるベンチに腰掛けながら何でもない風に鼻をほじった。
「おーこわ。でも毒薬盛るぞって言わないところがサラ子らしいな」
「そんな事したら私がおまわりさんのお世話になるじゃないですか」
「あれ?銀さんの心配とか、「銀さんに死んでほしくないの!」って涙目で可愛く言ってくれるんじゃなく?」
可愛らしく口元に手を当ててさ~と実践して見せる銀時は、冷淡な視線を感じると「冗談だって」と鼻をほじっていた指をぺん、とはじいて飛ばした。
「それで、今日は何の御用です?」
「ああ、そうそう。お前「鬼平犯科帳」コンプリートしてねぇ?」
「鬼平犯科帳?まさかまたそれを見に来るとか言うんじゃ」
「ちげぇよ。ババアがビデオデッキ直してくれって言ったから直してやったのに、放送中にまた壊れてコンプリートし損ねたとか言うから借りに来たんだよ」
「なるほど。生憎ですが、「鬼平犯科帳」は撮ってませんよ。」
「まじかー、サラ子だったら撮ってあると思ったんだけどなァ」
「人気シリーズですからそのうちまた再放送しますよ」
「俺もそう言ったんだけどね」
他の奴にも聞いてみるか、とつぶやいて頭をかく銀時に「意外と優しいところもあるのかな」と店先を整えながら考えていた。「鬼平犯科帳」は10シーズンくらいある超大作だった。それを集めるとなると時間がかかるだろうに。そして、巻数も多くなることからきっとコンプリートしている人間は少ないだろうに。それをこうして自分の足で探して歩くなんて、意外と人思いの一面もあるのかもしれない。
「それとサラ子、また●ン子が見たくなったから「渡る世間はババアばかり」見してくれや」
「本題はそっちですね?聞く前に家に上がる癖どうにかしてください」
「いいじゃねぇの、俺とサラ子の仲だろう?」
「どんな仲ですか」
勝手知ったる、冷蔵庫の中からお茶を出して戸棚からお菓子を出してと自由に動き回っている人影を見ながらため息をもらした。「渡る世間はババアばかり」とて「鬼平犯科帳」に劣らぬ超大作の作品である。それを最初から見始めているのを見て、また暫くの間入り浸られる未来が見え、絶対に今度こそお祓いに行こうと固く誓った。
「おお!花子ちゃん、ここで働いているのか~。いやァ、若いのに偉いなぁ」
「…先日ぶりです、近藤さん」
奥へと消えていった銀時と入れ違うように入ってきたのは先日沖田と一緒に会った近藤だった。
今日はお客さんとして店に来たらしい、店内のものを色々と見回しながらフッと顔を上げた近藤が板の間の奥のほうを見つめた。
「あれ、もしかして花子ちゃん休憩に入るところだった?」
「え?いえ、違いますが」
「そう?何だか向こうからテレビの音が聞こえたからさ」
「ああ、ええ…まあ、望んでいない客人が1人」
「望んでいない客人!?もしかして花子ちゃん誰かにたかられているのかい!?…もしかして総悟の言っていた借金取り!?」
「その話はガセなので本当、忘れてください。それに、そういう事じゃないのですが」
借金取りがなぜ家に上がってテレビを見ているんだ。
そう言いたいが近藤を見ると心から心配してくれているのがわかった。
「何かあれば言うんだよ。何だか花子ちゃんは危なっかしいというか、ほっとけないんでなぁ。総悟とトシも世話になっていることだし、力になるからね」
「はあ、ありがとうございます。」
そのうちの1人に迷惑をかけられているとは、とても優しい近藤には言えない。
きっと困らせるだけで解決には繋がらないだろうから。
それは先日の2人のやり取りを見ていて、身に染みていた。
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