四十三章 滅亡の国カルミラ
数日の航海中、結局クラウディアは母とわだかまりを解消することはなかった。
意識してそうしたわけではなく、互いに互いを意識しながらも避けていたためである。
ルモンドへの敵対心は多少は薄れたものの、やはりかの国の独裁下にあった記憶がはっきりとある者は、いくら協力的でおとなしくしていても信じるには至らなかった。
常に疑心のまなざしを向ける。
ルモンドはそれを甘んじて受けているところがあった。
彼がどんな政治をしていたのかを知らないダジュールは、国を統治する者が失敗したなれの果てを目の当たりにし、他人事とは思えない心境にある。
それはクラウディアも同じで、祖国を無くすきっかけともいえる人物なのだが、憎むことはできなかった。
実は、母であるマリアンヌとのわだかまりはそのままに、ルモンドとは距離を縮めつつあったのだった。
端から見ればなんとも不思議な光景であったと思う。
そんな光景が定着しつつある頃、かつてのカルミラ国が視界に入ってきた。
遠くからでもなんとなくわかる廃墟、どんよりとした悪質な空気。
これを見て上陸しようと思う方がおかしい。
だからこそ、占領されなかったのだが。
「船は岩場を利用して隠す。半分はここで待機、上陸した船員の半分は地上で監視、残りはこの地に留まった同志と顔合わせをする。ついてこい」
同志の中心人物であったのだろう、ケイモスが指示を出す。
「それとクラウディア、レイバラル王にもご同行願う。タリア、おまえはマリアンヌ様とルモンド様の護衛を頼む。できればご同行願いたい。マリアンヌ様のご帰還は今後の志気にも関わるだろうからな」
そしてケイモスはマリアンヌに敬意を表明するように膝をおり頭を垂れ、こう言葉を続けた。
「王妃を利用してしまう非礼をお詫びいたします。我々の悲願達成の暁には、この首、いかようにされても文句はいいません」
その姿はかつてカーラの民であったケイモスではなく、身も心もカルミラに捧げた忠実な臣下の姿だった。
それに習うように、船員の者たちが次々に膝を折り頭を垂れる。
「この命、この体、この心、すべてはマリアンヌ王妃と、リリシア王女に従い捧げるものとします」
この瞬間、カルミラに王妃が帰還したことを認め、そして王女の生還も認めたことになる。
クラウディア王妃ではなくリリシア王女、彼らにとってクラウディア王妃以上にリリシア王女の方が大事で優先すべきことだった。
この光景を目の当たりにしたダジュールは、クラウディアもリリシアも我妻とするには至難なことであることを自覚する。
いつまでもヘタレではいられないと。
※※※
カルミラの地に踏み込むと、そこはカラカラに乾いた砂、むき出しの鉱山、そして朽ちた廃墟のみが散乱しているようなものだった。
またあれからなにも手をつけていなかったのがわかるものがそこらにあった。
死体はそのまま朽ち、そして骨となってしまっている。
葬ることができずに放置されていたのだ。
誰かが葬ってしまえば生き残りがいると知れてしまう。
だから手つかずのままにするしかなかったのだった。
ダジュールは国が滅ぶということは知識として知っている程度で、実際の悲惨さは知らない。
こういうことなのだと目の当たりにした彼は、何度も唇をかみしめ、何度も拳を握り怒りや悲しみを堪えた。
この手助けをしたのが祖父だと思うと、おぞましく、その血が流れていることば恥ずべきことであると思わずにはいられない。
こんなことをした血縁者にこの国の王女を嫁に出すと民は許してくれるだろうか。
逆に殺されても文句は言えないと覚悟をしなくてはいけない。
すべてを知ったのち、レイバラルの民を助けるため、己の血を流さなくてはならないかもしれないと覚悟を固めつつあった。
ルモンドにとっては、実のところカルミラは理想の国であった。
もしあの時、策略的にマリアンヌを嫁がせ、内々にケイモスにスパイを命じなければ、このようなことにはならなかったのではないかと強く思い始めていた。
一国が滅ぶとは想像以上のものだったのだ。
戦争とは、国同士の争いではあるがそれでも一定の決まりはある。
そのひとつが軍人以外を手に掛けてはいけない、軍施設以外を攻撃してはいけないというものだ。
とはいえ、それを守っているかといえばそうでもない。
しかし国ごと焼き尽くせという命を出す国主はそうそういない。
数百年歴史を遡っても、その残虐さを残している記述はない。
それをやり遂げてしまったのが、あの男なのだ。
これは差しつがえてでもどうにかしなくてはと思わずにはいられない。
ルモンドと同じようなことを思っている者がもうひとりいる。
それがマリアンヌだった。
自分はカルミラの被害を最小限にするためにカーラに下り、二十年もの間、あの男の支配下にいることを受け入れた。
それはこんなことになっているとは思ってもおらず、王族は絶えても民は無事でいると信じたかったからだ。
それはタリアも同じだった。
祖国がここまでとは……こんな祖国を見るために二十年も難い男の愛人に成り下がり耐えたのではない。
しかし、クラウディアは少し違っていた。
ここまで酷いとは思っていなかったが、これ以上悪化することがないほど酷いのであれば、あとは這い上がるしかないのだ。
すべての悪事が明るみになり、そして賛同者が増えればかつてのカネミラは無理でも小さな集落からはじめることはできるかもしれない。
意識してそうしたわけではなく、互いに互いを意識しながらも避けていたためである。
ルモンドへの敵対心は多少は薄れたものの、やはりかの国の独裁下にあった記憶がはっきりとある者は、いくら協力的でおとなしくしていても信じるには至らなかった。
常に疑心のまなざしを向ける。
ルモンドはそれを甘んじて受けているところがあった。
彼がどんな政治をしていたのかを知らないダジュールは、国を統治する者が失敗したなれの果てを目の当たりにし、他人事とは思えない心境にある。
それはクラウディアも同じで、祖国を無くすきっかけともいえる人物なのだが、憎むことはできなかった。
実は、母であるマリアンヌとのわだかまりはそのままに、ルモンドとは距離を縮めつつあったのだった。
端から見ればなんとも不思議な光景であったと思う。
そんな光景が定着しつつある頃、かつてのカルミラ国が視界に入ってきた。
遠くからでもなんとなくわかる廃墟、どんよりとした悪質な空気。
これを見て上陸しようと思う方がおかしい。
だからこそ、占領されなかったのだが。
「船は岩場を利用して隠す。半分はここで待機、上陸した船員の半分は地上で監視、残りはこの地に留まった同志と顔合わせをする。ついてこい」
同志の中心人物であったのだろう、ケイモスが指示を出す。
「それとクラウディア、レイバラル王にもご同行願う。タリア、おまえはマリアンヌ様とルモンド様の護衛を頼む。できればご同行願いたい。マリアンヌ様のご帰還は今後の志気にも関わるだろうからな」
そしてケイモスはマリアンヌに敬意を表明するように膝をおり頭を垂れ、こう言葉を続けた。
「王妃を利用してしまう非礼をお詫びいたします。我々の悲願達成の暁には、この首、いかようにされても文句はいいません」
その姿はかつてカーラの民であったケイモスではなく、身も心もカルミラに捧げた忠実な臣下の姿だった。
それに習うように、船員の者たちが次々に膝を折り頭を垂れる。
「この命、この体、この心、すべてはマリアンヌ王妃と、リリシア王女に従い捧げるものとします」
この瞬間、カルミラに王妃が帰還したことを認め、そして王女の生還も認めたことになる。
クラウディア王妃ではなくリリシア王女、彼らにとってクラウディア王妃以上にリリシア王女の方が大事で優先すべきことだった。
この光景を目の当たりにしたダジュールは、クラウディアもリリシアも我妻とするには至難なことであることを自覚する。
いつまでもヘタレではいられないと。
※※※
カルミラの地に踏み込むと、そこはカラカラに乾いた砂、むき出しの鉱山、そして朽ちた廃墟のみが散乱しているようなものだった。
またあれからなにも手をつけていなかったのがわかるものがそこらにあった。
死体はそのまま朽ち、そして骨となってしまっている。
葬ることができずに放置されていたのだ。
誰かが葬ってしまえば生き残りがいると知れてしまう。
だから手つかずのままにするしかなかったのだった。
ダジュールは国が滅ぶということは知識として知っている程度で、実際の悲惨さは知らない。
こういうことなのだと目の当たりにした彼は、何度も唇をかみしめ、何度も拳を握り怒りや悲しみを堪えた。
この手助けをしたのが祖父だと思うと、おぞましく、その血が流れていることば恥ずべきことであると思わずにはいられない。
こんなことをした血縁者にこの国の王女を嫁に出すと民は許してくれるだろうか。
逆に殺されても文句は言えないと覚悟をしなくてはいけない。
すべてを知ったのち、レイバラルの民を助けるため、己の血を流さなくてはならないかもしれないと覚悟を固めつつあった。
ルモンドにとっては、実のところカルミラは理想の国であった。
もしあの時、策略的にマリアンヌを嫁がせ、内々にケイモスにスパイを命じなければ、このようなことにはならなかったのではないかと強く思い始めていた。
一国が滅ぶとは想像以上のものだったのだ。
戦争とは、国同士の争いではあるがそれでも一定の決まりはある。
そのひとつが軍人以外を手に掛けてはいけない、軍施設以外を攻撃してはいけないというものだ。
とはいえ、それを守っているかといえばそうでもない。
しかし国ごと焼き尽くせという命を出す国主はそうそういない。
数百年歴史を遡っても、その残虐さを残している記述はない。
それをやり遂げてしまったのが、あの男なのだ。
これは差しつがえてでもどうにかしなくてはと思わずにはいられない。
ルモンドと同じようなことを思っている者がもうひとりいる。
それがマリアンヌだった。
自分はカルミラの被害を最小限にするためにカーラに下り、二十年もの間、あの男の支配下にいることを受け入れた。
それはこんなことになっているとは思ってもおらず、王族は絶えても民は無事でいると信じたかったからだ。
それはタリアも同じだった。
祖国がここまでとは……こんな祖国を見るために二十年も難い男の愛人に成り下がり耐えたのではない。
しかし、クラウディアは少し違っていた。
ここまで酷いとは思っていなかったが、これ以上悪化することがないほど酷いのであれば、あとは這い上がるしかないのだ。
すべての悪事が明るみになり、そして賛同者が増えればかつてのカネミラは無理でも小さな集落からはじめることはできるかもしれない。
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