すべての始まりと終わりのために 3
「ご馳走様でした」
パフェを食べ終わった生駒は律義に挨拶をする。
「汐、口元」
「え? 何?」
「クリームついてる。ここ」
「ん? んん?」
大絃は自分の口元を指で示して場所を教え、生駒はその場所をペロペロと舌で探すが、思うように届かない。
しばらく苦戦しているとピロンと可愛らしい機械音がした。向かいに目をやると大絃がスマホを構えているのを見て生駒は瞬時に察した。
「何録画してんだよ! 料金取るぞ。あ、もしかしてクリームついてるって嘘?」
「嘘じゃないよ、ほら」
録画された動画を再生状態にしてこちらへ向けられる。画面を見て場所を把握しようとまじまじと眺めていると、不意に手が伸びてきてぐいっと口元を拭った。
「んっ。……ありが……は?」
「甘いな」
咄嗟の事で、ペーパーで拭われたのだと思ったが、大絃へ目を向けると親指についたクリームを舐めとるところだった。BLだけでなく少女漫画でもよく見る展開だ。
「それ、フライングだから」
「え、狙ったんじゃないの?」
にやにやしながら顔の横でピースサインを出す。
「ドキッとした?」
「ドキッとしたけど、キュンではなかったな。本当にしたよこの人! って気持ちだった」
「なんだ~、そっか。やっぱりそんなに簡単に胸キュンは得られないんだな。まあ、これは予行演習ってことで」
「大ちゃんはどうなの? えー、大絃選手。やってみて、いかがでしたか?」
レポーターがマイクを向けるようなフリをすると、カメラを向けられたスポーツ選手の様に少しだけ格好つけた表情と肩で息をして、試合終了後のインタビューの雰囲気を再現する。
「そうですね、意外と普通でした。やったるぞって言うね、気持ちは、ありました。はい。よく考えてみたら、幼稚園の時にね、同じことをしてたなと思って、やっぱりキュンとはしなかったですね」
「あははははは! その喋り方、面白い、最高!」
大絃が喋っている間は肩を震わせるに留めていたが、言い終わった瞬間、周囲に迷惑にならないよう声は抑えつつもケラケラと大笑いしだす。
しばらく笑いが止めようと努力するも、途中で噴き出してふりだしに戻る事数回。なんとか落ち着いてから、改めてゲームの詳細について相談することにした。
「1週目、今確認できるスケジュールで空いてる日は?」
「バイトは木曜日が休み。講義も午前中だけだな。あとは金曜日迄に課題が終われば、土日は夕方迄フリー。17時から5時間バイト」
「了解。木曜日か……俺も午前中だけだな。よし、この日はデートしよう。外出時のシチュエーションはこの日で重点的に実践する」
いつの間にか用意されていたスケジュール帳には綺麗な字が並んでおり、大絃は感心してまじまじと観察する。サイドに用意されているメモ欄には実践できそうなシチュエーションがいくつか書き込まれていた。
「大ちゃんは行きたいところある?」
「デートっていったら、遊園地かショッピング、映画、カラオケ、ゲーセンとか? この中だったら汐はどこ行きたい?」
「う~ん、シチュエーション考えると、遊園地、かな。大学生男2人ってハードル高いけど……。他は別のタイミングで調整しやすそうだから、後回しで」
該当の日付部分に「遊園地デート」と書き込まれる。大絃はなんだかくすぐったい気持ちになり、こめかみを掻く。
女子は同性と出かけることも「デート」というが、男子の場合は実際に好意を抱いている異性とのお出かけ以外を「デート」とは言わない為、違和感故にくすぐったさを感じるのだと大絃は考える事にした。
勉強会1日目に話していたように、大絃よりも生駒の方が少々勝つのが難しいゲームだと判断されたので基本的には生駒が様々なシチュエーションを仕掛けることになった。
いつどのシチュエーションが来るかは明確にしないようにして、どうしても時間を合わせないといけないものに関しては遊園地デートを決めた時と同じように、現時点で曜日と大体の時間を打ち合わせておいた。
こうやって話しているだけだと、文化祭等の出し物に関して相談しているような、少し懐かしい気分になる。そして、こんな事に真剣になって話しているのが可笑しくもあり、話しているのが楽しい。
生駒にとって大絃とここまで時間を取って話すのは、実に小学校以来の事で、実践ゲームを提案した時からずっと緊張していた。
しかし大絃と話しているうちにだんだんと感覚が戻って来て、いつの間にか緊張よりも好奇心や楽しさの方が勝っていた。
「大ちゃん家、行こう」
アイスティーを飲み切り、グラスに残った氷をいくつか噛み砕き終わり手持ち無沙汰になった生駒が提案した。大絃の一人暮らしの部屋に行くのは初めてだ。
「うっし、行きますか。あ、ここの代金は俺が持つよ」
「マジで? 大ちゃんありがとう! でも、奢ってもらえるならもう少し頼んでも良かったな……」
「しばらくこっちに通ってくるなら、交通費かかるし、ちょいちょい奢るよ」
「大ちゃん……イケメン」
「もっと褒め称えてくれてもいいんだぞ」
キリッとした表情で奢るという大絃を、うっとりとした表情で見つめるが、すぐにいつもの調子に戻ってしまい、一瞬でキラキラモードが終わったことに悲しさを感じる。
「そういうすぐ調子に乗っちゃうところは良くない」
「手厳しい意見で……」
軽い調子のやりとりをしながらレジに辿り着き、滞りなく支払いが完了する。
カフェのドアを開けるとムワッと湿った暑さが身体を包む。
挑むような気持ちで大絃の家への一歩を踏み出した。
パフェを食べ終わった生駒は律義に挨拶をする。
「汐、口元」
「え? 何?」
「クリームついてる。ここ」
「ん? んん?」
大絃は自分の口元を指で示して場所を教え、生駒はその場所をペロペロと舌で探すが、思うように届かない。
しばらく苦戦しているとピロンと可愛らしい機械音がした。向かいに目をやると大絃がスマホを構えているのを見て生駒は瞬時に察した。
「何録画してんだよ! 料金取るぞ。あ、もしかしてクリームついてるって嘘?」
「嘘じゃないよ、ほら」
録画された動画を再生状態にしてこちらへ向けられる。画面を見て場所を把握しようとまじまじと眺めていると、不意に手が伸びてきてぐいっと口元を拭った。
「んっ。……ありが……は?」
「甘いな」
咄嗟の事で、ペーパーで拭われたのだと思ったが、大絃へ目を向けると親指についたクリームを舐めとるところだった。BLだけでなく少女漫画でもよく見る展開だ。
「それ、フライングだから」
「え、狙ったんじゃないの?」
にやにやしながら顔の横でピースサインを出す。
「ドキッとした?」
「ドキッとしたけど、キュンではなかったな。本当にしたよこの人! って気持ちだった」
「なんだ~、そっか。やっぱりそんなに簡単に胸キュンは得られないんだな。まあ、これは予行演習ってことで」
「大ちゃんはどうなの? えー、大絃選手。やってみて、いかがでしたか?」
レポーターがマイクを向けるようなフリをすると、カメラを向けられたスポーツ選手の様に少しだけ格好つけた表情と肩で息をして、試合終了後のインタビューの雰囲気を再現する。
「そうですね、意外と普通でした。やったるぞって言うね、気持ちは、ありました。はい。よく考えてみたら、幼稚園の時にね、同じことをしてたなと思って、やっぱりキュンとはしなかったですね」
「あははははは! その喋り方、面白い、最高!」
大絃が喋っている間は肩を震わせるに留めていたが、言い終わった瞬間、周囲に迷惑にならないよう声は抑えつつもケラケラと大笑いしだす。
しばらく笑いが止めようと努力するも、途中で噴き出してふりだしに戻る事数回。なんとか落ち着いてから、改めてゲームの詳細について相談することにした。
「1週目、今確認できるスケジュールで空いてる日は?」
「バイトは木曜日が休み。講義も午前中だけだな。あとは金曜日迄に課題が終われば、土日は夕方迄フリー。17時から5時間バイト」
「了解。木曜日か……俺も午前中だけだな。よし、この日はデートしよう。外出時のシチュエーションはこの日で重点的に実践する」
いつの間にか用意されていたスケジュール帳には綺麗な字が並んでおり、大絃は感心してまじまじと観察する。サイドに用意されているメモ欄には実践できそうなシチュエーションがいくつか書き込まれていた。
「大ちゃんは行きたいところある?」
「デートっていったら、遊園地かショッピング、映画、カラオケ、ゲーセンとか? この中だったら汐はどこ行きたい?」
「う~ん、シチュエーション考えると、遊園地、かな。大学生男2人ってハードル高いけど……。他は別のタイミングで調整しやすそうだから、後回しで」
該当の日付部分に「遊園地デート」と書き込まれる。大絃はなんだかくすぐったい気持ちになり、こめかみを掻く。
女子は同性と出かけることも「デート」というが、男子の場合は実際に好意を抱いている異性とのお出かけ以外を「デート」とは言わない為、違和感故にくすぐったさを感じるのだと大絃は考える事にした。
勉強会1日目に話していたように、大絃よりも生駒の方が少々勝つのが難しいゲームだと判断されたので基本的には生駒が様々なシチュエーションを仕掛けることになった。
いつどのシチュエーションが来るかは明確にしないようにして、どうしても時間を合わせないといけないものに関しては遊園地デートを決めた時と同じように、現時点で曜日と大体の時間を打ち合わせておいた。
こうやって話しているだけだと、文化祭等の出し物に関して相談しているような、少し懐かしい気分になる。そして、こんな事に真剣になって話しているのが可笑しくもあり、話しているのが楽しい。
生駒にとって大絃とここまで時間を取って話すのは、実に小学校以来の事で、実践ゲームを提案した時からずっと緊張していた。
しかし大絃と話しているうちにだんだんと感覚が戻って来て、いつの間にか緊張よりも好奇心や楽しさの方が勝っていた。
「大ちゃん家、行こう」
アイスティーを飲み切り、グラスに残った氷をいくつか噛み砕き終わり手持ち無沙汰になった生駒が提案した。大絃の一人暮らしの部屋に行くのは初めてだ。
「うっし、行きますか。あ、ここの代金は俺が持つよ」
「マジで? 大ちゃんありがとう! でも、奢ってもらえるならもう少し頼んでも良かったな……」
「しばらくこっちに通ってくるなら、交通費かかるし、ちょいちょい奢るよ」
「大ちゃん……イケメン」
「もっと褒め称えてくれてもいいんだぞ」
キリッとした表情で奢るという大絃を、うっとりとした表情で見つめるが、すぐにいつもの調子に戻ってしまい、一瞬でキラキラモードが終わったことに悲しさを感じる。
「そういうすぐ調子に乗っちゃうところは良くない」
「手厳しい意見で……」
軽い調子のやりとりをしながらレジに辿り着き、滞りなく支払いが完了する。
カフェのドアを開けるとムワッと湿った暑さが身体を包む。
挑むような気持ちで大絃の家への一歩を踏み出した。
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