幕開けはいつも唐突に 5
すぐに後を追う形で店を出た生駒だが、入り口から見える範囲と駐車場には既に大絃の姿はなかった。
ふと、店のすぐ近くを走っている川べりの遊歩道の入り口が目に入り、そちらに歩みを進め少し行くと、小さな広場に続く階段に彼の背中を見つけた。
「大ちゃん、お待たせ」
「先に出て、悪い……」
「いいよ。泣きそうだったんだし、仕方ないんじゃない?」
「やっぱ、汐にはバレてたか」
大絃はずっと膝に顔を伏せたままだが、時折ひくりと肩が揺れる。彼が泣く姿を見るのは何年ぶりだろうかと、汐は懐かしさに浸りつつ、落ち着くのをゆっくりと待った。
5分程するとひとつ大きく深呼吸をしたかと思えば、大絃が顔を上げた。
「待たせた」
「うん」
「帰ろう」
「そうだね。今日は、お疲れ様」
「今日はセッティングしてくれてありがとう」
先に立ち上がった大絃は生駒の手を引き、立ち上がるのを手伝った。遊歩道を駅方面へ歩きだす。近くのスピーカーからは夕方の帰宅時間を知らせる童謡が流れ始めていた。
「大ちゃんは優しすぎ。俺だったら、桃夏ちゃんのこと許せなかったよ」
生駒はまだ思うところがあるようで少しムッとした表情で視線だけ大絃に送る。
「優しいってよりはヘタレなのかもしれない。あとは、姉ちゃんたちの言葉のせいだな」
「どういうこと?」
「女子の理想の男性像を持ってる男を見つけるのは難しいんだとさ。その理由は、感性とか距離感が男女で違うからだって。ってことは同性の方が理想の相手を見つけやすいってことだろ? で、理想の男性像を持った女性を桃は見つけてしまった、って感じだと思う。それってもう勝ち目ないでしょ?」
しばらくうんうんと頷きながら話を聞いていた生駒だが、やはり表情は険しく納得していない様子だ。大絃はその姿にぷっとふきだした。
「ははっ、俺の分まで怒ってくれてありがとう」
「……そういうんじゃないよ。でもな~……」
と、唐突に前を歩いていた大絃が何かに気付いた様子で立ち止まった後、深いため息を吐きながらその場にしゃがみ込んでわしゃわしゃと自身の頭を掻く。
「あ~……、今更だけどさ、オタクな女子を選んだのが悪かったかもな~。姉ちゃんたちのサークル仲間、百合カップル多いのに今まで目を瞑ってたわ……、コミケなんてカッコいい女の宝庫じゃん……。そんな環境にいたら出会っちゃう確率上がり放題でしょ」
「なるほど……確かに、そうだね」
生駒は木谷家の姉たちとも仲が良い為、時々売り子としてコミケに参加することがあるのだ。スペースから眺めているだけでもホストの様にきらびやかな見た目をした中性的な容姿の女性がそこら中を闊歩していた。
「だからといって流行に乗っている女子の話にはついていけないから、付き合うのは難しいしなぁ……。まあ、しばらく女子と付き合うのはやめとこう」
「急ぐ必要もないしね」
しゃがんだまま、ぼーっと水面を眺めている大絃の頭を今度は生駒がわしゃわしゃと無造作にかき回す。彼は擽ったそうに肩を竦め、あははと明るい声が漏れると、生駒はやっとホッとした表情になった。
「ほら大ちゃん、このままだと家に着く前に真っ暗になるから行こう」
「……汐、運んで~」
しゃがんだまま手をぶらりと差し出し、しょんぼりした表情で甘えたこと言う。
「バカ、そんなのもっと時間かかるし、手間だわ。ほら、行くよ~」
「汐、こんな時くらい甘えさせてくれてもいいんでないかい?」
伸ばされた手を引き立ち上がらせると、ムスッとしている大絃の頬を両手で挟んでこねくり回して「世の中は失恋にそんなに甘くないぞ」と呟いた。
と、不意に横を通った女子高生から少し色めき立った声があがった。生駒は突然のことに驚き、不思議そうな様子だったが、大絃はピンと来たようだった。
「……?」
「俺たちのこと、BL見る目で見てたんだよ、あの子たち」
「え? 今のが?」
遠ざかっていく彼女たちはまだ時折ちらりとこちらを見ては嬉しそうにはしゃいでいるのがわかる。生駒は大絃と彼女たちを交互に見比べて、首を傾げた。
「頬っぺたを手でこねくり回してるこの距離感が女子の中の『好き』の感情とリンクする距離感なんだよ。少女漫画の壁ドンとか髪のゴミ取ってもらう場面でドキッとするのと一緒。女子の中の距離感は好意に比例して近くなるもんらしいな……必ずって訳じゃないけど」
「へぇ~、すごいね。そんなことまで分析してるの?」
「姉ちゃんたちの本、在庫管理もしてるからさ、売れてるのと伸び悩むもの、何が違うか比較した時になんとなく気付いたっていうか。確証はなかったけど、今実証された感じ」
難しい顔をして、自分の唇をつまんで揉みながら歩き始めた。唇を揉むのは考え事に集中し始めた時の大絃の癖である。この仕草をしている間は声を掛けるだけでは反応しないほどの集中度合いだ。
生駒は周囲に気を配りながら彼の後を追いかける形でゆっくりと歩みを進める。
「ダメだ……」
「え?」
「BLとGLがほぼ限りなくイコールになってて……傷心にしみる。しばらく姉ちゃんたちの作品見れないかも。怒られっかな?」
しょんぼりした表情の大絃は人懐っこい大型犬を彷彿とさせる。どうにかしてやりたいという庇護欲を駆り立てられ、生駒は彼の背中をさすりつつしばらく悩むが、ふと思い立ったことを口に出してみる。
「限りなくイコールなんだったら、イコールじゃない部分探してみれば? そうだな……BLを実践してみるとか。GLとの違いに関しても、今後のBL作品に関しても理解深まっていい結果が生まれそうな気がする。……って話、飛躍しすぎ?」
大絃は無言で生駒の顔を凝視する。
「あー……変なこと言った、うん、ごめん。忘れて」
「それ、面白そう」
「へ?」
思いの外乗り気な大絃の反応に驚くと同時に、自分はなんてことを提案してしまったのだと生駒は後悔した。
「実践って詳細にはどうするの?」
「え、あ……っと、そうだな。2週間くらい期間限定でBL作品の主人公が恋に落ちたり、キュンとしてるシチュエーションをピックアップして、実践してみるんだよ。それで実際に恋心が芽生えるか否か……賭ける、的な? ゲームみたいにした方が実践しやすいかなって思ったんだけど、どう?」
なんとなくの思い付きで提案した事に詳細を求められ一瞬戸惑ったが、頭をフル回転させて自分でも納得できるようなゲーム内容を捻り出し、提案してみる。
「なるほどな。それを俺と汐でやると」
「……本気? つか、俺とやるの?」
「つるみ始めて日が浅い大学の連中に「俺とBLしない?」って声かけれる訳ないだろ?」
「……っふは、それ、とんだ羞恥プレイだな」
「言い出しっぺが責任とるべきだと思うぞ。俺は、やっぱりBLはファンタジーだと思うから、恋心は芽生えない方に賭ける!」
「じゃあ、俺は芽生える方に賭けるってことで。勝った方の言う事を1つ聞くって認識で問題ない?」
「それでいいよ。汐ってBL読むんだっけ?」
「木谷姉妹の作品は少し読んだことあるけど、少ししか読んでないからちょっと勉強期間が必要かな」
「じゃあ、明日明後日が土日で休みだから、そこをBL勉強期間にして、月曜日から実践開始にしようか。そうすれば期間が分かりやすいだろ。期間もさっき言ってた2週間でいいよな」
生駒はほんの数十分前の様子から一転してスキップをしてワクワクを体現している大絃に対して、子供みたいなやつだなとため息交じりに笑った。それが彼の傷を癒せるのなら、これはこれでいいと思いつつ、これまで秘めていた心の揺れに焦燥感を抱き始めた。
唐突に幕が上がった恋愛ゲームの行方は如何に?
ふと、店のすぐ近くを走っている川べりの遊歩道の入り口が目に入り、そちらに歩みを進め少し行くと、小さな広場に続く階段に彼の背中を見つけた。
「大ちゃん、お待たせ」
「先に出て、悪い……」
「いいよ。泣きそうだったんだし、仕方ないんじゃない?」
「やっぱ、汐にはバレてたか」
大絃はずっと膝に顔を伏せたままだが、時折ひくりと肩が揺れる。彼が泣く姿を見るのは何年ぶりだろうかと、汐は懐かしさに浸りつつ、落ち着くのをゆっくりと待った。
5分程するとひとつ大きく深呼吸をしたかと思えば、大絃が顔を上げた。
「待たせた」
「うん」
「帰ろう」
「そうだね。今日は、お疲れ様」
「今日はセッティングしてくれてありがとう」
先に立ち上がった大絃は生駒の手を引き、立ち上がるのを手伝った。遊歩道を駅方面へ歩きだす。近くのスピーカーからは夕方の帰宅時間を知らせる童謡が流れ始めていた。
「大ちゃんは優しすぎ。俺だったら、桃夏ちゃんのこと許せなかったよ」
生駒はまだ思うところがあるようで少しムッとした表情で視線だけ大絃に送る。
「優しいってよりはヘタレなのかもしれない。あとは、姉ちゃんたちの言葉のせいだな」
「どういうこと?」
「女子の理想の男性像を持ってる男を見つけるのは難しいんだとさ。その理由は、感性とか距離感が男女で違うからだって。ってことは同性の方が理想の相手を見つけやすいってことだろ? で、理想の男性像を持った女性を桃は見つけてしまった、って感じだと思う。それってもう勝ち目ないでしょ?」
しばらくうんうんと頷きながら話を聞いていた生駒だが、やはり表情は険しく納得していない様子だ。大絃はその姿にぷっとふきだした。
「ははっ、俺の分まで怒ってくれてありがとう」
「……そういうんじゃないよ。でもな~……」
と、唐突に前を歩いていた大絃が何かに気付いた様子で立ち止まった後、深いため息を吐きながらその場にしゃがみ込んでわしゃわしゃと自身の頭を掻く。
「あ~……、今更だけどさ、オタクな女子を選んだのが悪かったかもな~。姉ちゃんたちのサークル仲間、百合カップル多いのに今まで目を瞑ってたわ……、コミケなんてカッコいい女の宝庫じゃん……。そんな環境にいたら出会っちゃう確率上がり放題でしょ」
「なるほど……確かに、そうだね」
生駒は木谷家の姉たちとも仲が良い為、時々売り子としてコミケに参加することがあるのだ。スペースから眺めているだけでもホストの様にきらびやかな見た目をした中性的な容姿の女性がそこら中を闊歩していた。
「だからといって流行に乗っている女子の話にはついていけないから、付き合うのは難しいしなぁ……。まあ、しばらく女子と付き合うのはやめとこう」
「急ぐ必要もないしね」
しゃがんだまま、ぼーっと水面を眺めている大絃の頭を今度は生駒がわしゃわしゃと無造作にかき回す。彼は擽ったそうに肩を竦め、あははと明るい声が漏れると、生駒はやっとホッとした表情になった。
「ほら大ちゃん、このままだと家に着く前に真っ暗になるから行こう」
「……汐、運んで~」
しゃがんだまま手をぶらりと差し出し、しょんぼりした表情で甘えたこと言う。
「バカ、そんなのもっと時間かかるし、手間だわ。ほら、行くよ~」
「汐、こんな時くらい甘えさせてくれてもいいんでないかい?」
伸ばされた手を引き立ち上がらせると、ムスッとしている大絃の頬を両手で挟んでこねくり回して「世の中は失恋にそんなに甘くないぞ」と呟いた。
と、不意に横を通った女子高生から少し色めき立った声があがった。生駒は突然のことに驚き、不思議そうな様子だったが、大絃はピンと来たようだった。
「……?」
「俺たちのこと、BL見る目で見てたんだよ、あの子たち」
「え? 今のが?」
遠ざかっていく彼女たちはまだ時折ちらりとこちらを見ては嬉しそうにはしゃいでいるのがわかる。生駒は大絃と彼女たちを交互に見比べて、首を傾げた。
「頬っぺたを手でこねくり回してるこの距離感が女子の中の『好き』の感情とリンクする距離感なんだよ。少女漫画の壁ドンとか髪のゴミ取ってもらう場面でドキッとするのと一緒。女子の中の距離感は好意に比例して近くなるもんらしいな……必ずって訳じゃないけど」
「へぇ~、すごいね。そんなことまで分析してるの?」
「姉ちゃんたちの本、在庫管理もしてるからさ、売れてるのと伸び悩むもの、何が違うか比較した時になんとなく気付いたっていうか。確証はなかったけど、今実証された感じ」
難しい顔をして、自分の唇をつまんで揉みながら歩き始めた。唇を揉むのは考え事に集中し始めた時の大絃の癖である。この仕草をしている間は声を掛けるだけでは反応しないほどの集中度合いだ。
生駒は周囲に気を配りながら彼の後を追いかける形でゆっくりと歩みを進める。
「ダメだ……」
「え?」
「BLとGLがほぼ限りなくイコールになってて……傷心にしみる。しばらく姉ちゃんたちの作品見れないかも。怒られっかな?」
しょんぼりした表情の大絃は人懐っこい大型犬を彷彿とさせる。どうにかしてやりたいという庇護欲を駆り立てられ、生駒は彼の背中をさすりつつしばらく悩むが、ふと思い立ったことを口に出してみる。
「限りなくイコールなんだったら、イコールじゃない部分探してみれば? そうだな……BLを実践してみるとか。GLとの違いに関しても、今後のBL作品に関しても理解深まっていい結果が生まれそうな気がする。……って話、飛躍しすぎ?」
大絃は無言で生駒の顔を凝視する。
「あー……変なこと言った、うん、ごめん。忘れて」
「それ、面白そう」
「へ?」
思いの外乗り気な大絃の反応に驚くと同時に、自分はなんてことを提案してしまったのだと生駒は後悔した。
「実践って詳細にはどうするの?」
「え、あ……っと、そうだな。2週間くらい期間限定でBL作品の主人公が恋に落ちたり、キュンとしてるシチュエーションをピックアップして、実践してみるんだよ。それで実際に恋心が芽生えるか否か……賭ける、的な? ゲームみたいにした方が実践しやすいかなって思ったんだけど、どう?」
なんとなくの思い付きで提案した事に詳細を求められ一瞬戸惑ったが、頭をフル回転させて自分でも納得できるようなゲーム内容を捻り出し、提案してみる。
「なるほどな。それを俺と汐でやると」
「……本気? つか、俺とやるの?」
「つるみ始めて日が浅い大学の連中に「俺とBLしない?」って声かけれる訳ないだろ?」
「……っふは、それ、とんだ羞恥プレイだな」
「言い出しっぺが責任とるべきだと思うぞ。俺は、やっぱりBLはファンタジーだと思うから、恋心は芽生えない方に賭ける!」
「じゃあ、俺は芽生える方に賭けるってことで。勝った方の言う事を1つ聞くって認識で問題ない?」
「それでいいよ。汐ってBL読むんだっけ?」
「木谷姉妹の作品は少し読んだことあるけど、少ししか読んでないからちょっと勉強期間が必要かな」
「じゃあ、明日明後日が土日で休みだから、そこをBL勉強期間にして、月曜日から実践開始にしようか。そうすれば期間が分かりやすいだろ。期間もさっき言ってた2週間でいいよな」
生駒はほんの数十分前の様子から一転してスキップをしてワクワクを体現している大絃に対して、子供みたいなやつだなとため息交じりに笑った。それが彼の傷を癒せるのなら、これはこれでいいと思いつつ、これまで秘めていた心の揺れに焦燥感を抱き始めた。
唐突に幕が上がった恋愛ゲームの行方は如何に?
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