鬼優
「いつもの僕なら加勢に行っちゃうけど・・・今日は、道を避けましょう。
こっちです」
ひなのは鬼優に手を引かれ、恐らく争いと逆方向への道へ入って行った。
裏道はどこも細く入り組んでいて、賑やかな商店街とは全く違う。
街灯もなく冷え切った空気が、ひなのの耳元を過ぎ去っていく。
一人では、二度と通りたくない道だった。
ひなのさん、そんなに硬くならないで。大丈夫、ユノ様に頼まれてますから。
あなた一人くらい、僕の村雨で守れますよ」
「・・・は、はい」
・・・ほら、やっぱりなんか、頼もしいな。
ひなのは一度大きく深呼吸をすると、鬼優の手を握りつぶしそうなほど、きつく握っていた事に気がついた。
「・・・ごめんなさい、強く握りすぎちゃった」
「ひなのさん、細いのに握力ありますね。麗憐ほどじゃないですけど」
?、ばれたか。何を隠そう、高校三年間アイスクリーム屋でバイトしてたら。
握力だけはついたんだよね・・・
でも確かに、麗憐には絶対敵わなそう・・・。
「ここ抜けたら、もうすぐ着きますよ」
「はいっ」
辺りがどこも暗すぎて、裏道を抜けた時も気づかなかったほどだ。
一本の小道に出た。
「・・・あ」
草の匂いがする・・・
月明かりに照らされたそこは、横一線に背の高い草が、ずっと並んでいた。
「・・・河原?」
「はい、小川です。・・・来て」
鬼優は恐らく村雨を前に出して、その草を掻き分けて入っていった。
ひなのも続いて、草道をかき分けるとー・・・
「う・・・わぁ!」
思わず感嘆がこぼれた。
「これが見せたくて。・・・蛍です」
そこには、せせらぐ小川の上に浮かぶ、いくつもの小さな動く光達ー・・・
風に揺られる水面に、映し出されまるで天の川のようだ。
闇の中では、光はこんなにも美しく光る・・・
そんなことを、まるで自然が教えてくれているかのように。
「・・・私、初めて見た。
すごい・・・綺麗・・・!」
ひなのはしばらくそのまま、自然の神秘の光に目を奪われていた。
鬼優は、感激するひなのの横顔を、静かに見ていた。
「良かった、喜んでくれたようで」
「うん、本当に素敵!びっくりした!」
人斬りの血が流れるこの町で、こんなに小さな光が溢れているなんて。
平和町は、私の町よりもずっと、自然が美しいかもしれない。
「僕はここに来ると、気持ちが落ち着きます。
何か、どうしようもない感情が渦巻く時は、こうしてここで・・・
静かにしているんです」
「・・・そう、ですよね。
人斬りの人達も、きっと悩んだりしますよね。
鬼優は優しいから、傷つく事も沢山ありそう」
ひなのがそう言うと、鬼優はすっと肩をすくめた。
「・・・僕は、優しくなんかないですよ」
「何言ってるの、十分優しいです!声とか顔も優しいし、でもそれだけじゃなくて。
・・・ほら、空牙も言ってたもん。
死んでいると思いながらも、治療したのか・・・って。
それが、鬼優らしいって。
それは、優しいってことでしょう?」
「・・・そう、ですか?
だとしたら僕は、優しい鬼だと思いますよ。名前の通りね・・・
優しいだけじゃ、人斬りはやっていけませんから」
・・・うん、何となく分かる気がする。
鬼優みたいな人こそ、人間なら良かったのにね。そうしたら、優しいだけでも生きていけたのに・・・。
「僕の野望は・・・ある女性を斬ることです」
「・・・え・・・?!」
「【村雨】の力である執着は、恐ろしい力ですよ。
一つのことに固執すると、周りは見えなくなります。
だから僕は、いつでも鬼になれるのだと思います。
わかりますか?・・・そんな僕は、優しくなんかないんです」
優しい鬼優の、黒い野望。
そこに関しては、聞いてはいけない気がした。
「私はー・・・それでも、鬼優を怖がったりはしないです。
だって助けてくれて、ここに連れて来てくれたから」
ここに連れてきてくれたのは・・・今日のことで、慰めてくれたのかなーって、そう思ったんだ。
「・・・!
そう、ですか。本当にあなたは不思議な人ですね」
それから、どのくらいいただろう?
結構ゆっくりしてしまったと思う。
鬼優とひなのがようやく帰ろうと立ち上がった頃、城ではユノの元へ不穏な知らせが届いていた。
「なん、だと・・・?」
「すみません、俺以外全滅で・・・」
「訳が分からん、そんな輩が平和町にいたか?」
「さぁ・・・把握しきれておらず。
・・・こないだユノ様を襲った奴らと、関係があるのでしょうか」
「いや、あの時の奴らはあの後、空牙達がせん滅したはずだが
・・・今夜に限って、か」
ひなのが、外にいるというのに。
この町で巡回していた一班が、班長を残し全滅させられたとは・・・
「場所と、そやつの特徴を教えてくれ。・・・俺が出る」
ユノの握る八龍は、暗い闇夜に溶け込んだ。
「ひなのさんは、もう寝る時間ですよね?
僕はこの後まだ見回りをしますが、城まで送ります」
「ありがとう!ごめんなさい、お仕事止めちゃって」
鬼優が、ひなのを城まで送り届けている途中のことだった。
誰もいなかった路地に、正面からフラフラと、人影が現れたのはー・・・
「!」
鬼優は一早く反応し、村雨を抜いた。
ホラーゲーム並に突然現れた人斬りを見て、ひなのは思わず鬼優の後ろに回る。
・・・もう、怖すぎるよ!
どれだけこの町にいても、人斬りの存在には慣れないというかー・・・。
前から来た男は、一本道を迷いなくこちらへ向かってきた。
叫ぶでも走るでもなく、ただフラフラと歩きながら。
背も高いが体格がすこぶる良く、遠目から見ていてもレスラーのようだ。
・・・ちょ、っと、やばいんじゃないかな・・・
これ大丈夫・・・!?
走る?走って逃げないの?
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