第33話
そこにあったのは、一際大きな、ニキビ。
流れ込んできたイメージによると、綾瀬川奈々子は、幼少期から虐待されてきたらしい。
その理由を、本人はこのニキビのせいだと思っているのだ。
このニキビがあるから、虐待される。ニキビがあったから、姉も自分を捨てて逃げてしまった。
そこから思考がねじ曲がって、結果世界をリセットさせようとする。
……馬鹿だろ、コイツ。
まあ、人の心理なんて、本人しかわからないからな。
「さて」
あたしは、右手の人差し指で、綾瀬川奈々子のニキビに触れる。
「リアライズ!『理想の自分』!」
あたしの言葉をスイッチに、指先が光を帯びていく。能力発動したことを示すものだ。
その光が、綾瀬川奈々子の額に広がり、そして、消えていく。
光が消えた後、綾瀬川奈々子の額は、白く綺麗なものになっていた。
「終わったぞ」
「え? もう、ですの?」
「ああ。ほれ」
あたしは、ポケットに常備している携帯用の手鏡を手渡す。
「っ!? な、ない……ないですわっ! わたくしのニキビが、綺麗さっぱり消えていますわ!」
飛び跳ねて喜ぶ綾瀬川奈々子。そんなに嬉しかったのか。
「これで……これでわたくしは完璧になれる! もう虐待されることもありませんわ!」
「……なあ」
「なんですの?」
「なんで、世界をリセットしようと思ったんだよ? アンタが虐待されてたのはわかったけどさ……」
「……先ほども言いましたが、世界には星の数ほどの幸福があり、同様に、不幸もあります。人間皆平等と、神は言いました。ですが、実際は生まれた国や境遇、持っている才能など、平等ではありません。努力まで平等にしろとは言いませんが、スタート地点は同じでもいいのではないでしょうか?」
「だから、世界をリセットして、平等にするってこと?」
「それだけではありません。これも先ほど言いましたが、人間は醜い生き物ですわ。己の為に、他者を犠牲にする。そんな腐った人間は、浄化する必要があるのです」
「あのな……」
一つ嘆息を漏らしながら、あたしは額に手を当て考える。
たしかに、コイツが言っていることは、正しいと言えなくもない。
でも、だからといって世界をリセットするというのは、いかがなものか。
「……あんたが酷い過去を送ってきたのは分かった。世界が不平等だから平等にしたいってのも、人間が醜いから浄化したいってのも、分からなくもない。でも、だからって世界をリセット……壊すのは駄目だと思うぞ。今の世界で満足しているの人間も、少なからずいるんだからさ」
「ですか……っ」
「不幸を減らしたいなら、もっと方法はあるだろうよ。こんな機械やウイルスを作れるんだからさ。もっと、別の方面で生かせばいい」
「……っ」
「それに、微力ながらあたしも手伝うからさ。この世界から、不幸をなくすのに」
「……何故、そこまでしてくれるのですか?」
「ん? そんなの、友達だからに決まってるじゃない。……ってのは、建前で、ホントはあんたの気持ち、少しわかるから」
「わたくしの……きもちが……?」
「ああ。あたしも、そこそこ不幸な人生を送ってきててさ。あんたみたいに世界に絶望したことだって、少なからずある」
「っ! なら……っ!」
「でもさ、世界ってのは、そこまで悪いものではないって気がついたんだ。少なくとも、最悪ではないって」
「…………」
「今こうしている時も世界には不幸が生まれているかもしれない。でもさ、幸せも生まれていると思うんだ」
「幸せ……?」
「うん。それは本当に小さなものかもしれないけどね。だからさ、この世界から不幸をなくす、とまではいかなくても減らせばさ、この世界には幸せが満ち溢れるんじゃないかな?」
「……そう、かもしれませんわね……わたくし、今少しだけ幸せですから」
「え? そうなの?」
「ええ。貴女という素敵なお友達ができて」
「……えと」
「いえ、まだ違いますわね。こほん。椎名飛鳥さん。わたくしと、友達になってください」
少し恥ずかしがりながらも、満面の笑みを浮かべながら手を差し出してくる綾瀬川奈々子。
「……えと」
そんな彼女の様子に、少し、戸惑ってしまう。
「駄目……ですの?」
「いや、だめじゃないよ」
「ではっ!」
「うん。よろこんでっ!」
できうる限りの笑顔を浮かべ、あたしは差し出された手を、握った。
……ちょっと、いや、かなり恥ずかしい。
「…………」
綾瀬川奈々子は、あたしの手と顔を何度も交互に見る。
そして、
「……ありがとう、ございます」
小さな声で、そう言った。
◆
とにもかくにも、『モザイク化計画』は無事に食い止めることができた。
これで世界は救われたというわけだ。
あたしは友達が増えたし、綾瀬川奈々子……いや、奈々子は、これから今までと違う道に進んでいくだろう。
めでたしめでたし、だな。
「おい! 早くこの奴隷たちを止めてくれ!」
「んぎもぢぃーぃぃぃっ! って、うぎゃ――――ほ、骨が折れたよこれぇ――――!」
あたしと奈々子が元の場所に戻ると、そこには、奴隷たちに追い掛け回される全裸の涼太と変態がいた。
「……忘れてましたわ」
奈々子は冷静に、そう呟いた。
流れ込んできたイメージによると、綾瀬川奈々子は、幼少期から虐待されてきたらしい。
その理由を、本人はこのニキビのせいだと思っているのだ。
このニキビがあるから、虐待される。ニキビがあったから、姉も自分を捨てて逃げてしまった。
そこから思考がねじ曲がって、結果世界をリセットさせようとする。
……馬鹿だろ、コイツ。
まあ、人の心理なんて、本人しかわからないからな。
「さて」
あたしは、右手の人差し指で、綾瀬川奈々子のニキビに触れる。
「リアライズ!『理想の自分』!」
あたしの言葉をスイッチに、指先が光を帯びていく。能力発動したことを示すものだ。
その光が、綾瀬川奈々子の額に広がり、そして、消えていく。
光が消えた後、綾瀬川奈々子の額は、白く綺麗なものになっていた。
「終わったぞ」
「え? もう、ですの?」
「ああ。ほれ」
あたしは、ポケットに常備している携帯用の手鏡を手渡す。
「っ!? な、ない……ないですわっ! わたくしのニキビが、綺麗さっぱり消えていますわ!」
飛び跳ねて喜ぶ綾瀬川奈々子。そんなに嬉しかったのか。
「これで……これでわたくしは完璧になれる! もう虐待されることもありませんわ!」
「……なあ」
「なんですの?」
「なんで、世界をリセットしようと思ったんだよ? アンタが虐待されてたのはわかったけどさ……」
「……先ほども言いましたが、世界には星の数ほどの幸福があり、同様に、不幸もあります。人間皆平等と、神は言いました。ですが、実際は生まれた国や境遇、持っている才能など、平等ではありません。努力まで平等にしろとは言いませんが、スタート地点は同じでもいいのではないでしょうか?」
「だから、世界をリセットして、平等にするってこと?」
「それだけではありません。これも先ほど言いましたが、人間は醜い生き物ですわ。己の為に、他者を犠牲にする。そんな腐った人間は、浄化する必要があるのです」
「あのな……」
一つ嘆息を漏らしながら、あたしは額に手を当て考える。
たしかに、コイツが言っていることは、正しいと言えなくもない。
でも、だからといって世界をリセットするというのは、いかがなものか。
「……あんたが酷い過去を送ってきたのは分かった。世界が不平等だから平等にしたいってのも、人間が醜いから浄化したいってのも、分からなくもない。でも、だからって世界をリセット……壊すのは駄目だと思うぞ。今の世界で満足しているの人間も、少なからずいるんだからさ」
「ですか……っ」
「不幸を減らしたいなら、もっと方法はあるだろうよ。こんな機械やウイルスを作れるんだからさ。もっと、別の方面で生かせばいい」
「……っ」
「それに、微力ながらあたしも手伝うからさ。この世界から、不幸をなくすのに」
「……何故、そこまでしてくれるのですか?」
「ん? そんなの、友達だからに決まってるじゃない。……ってのは、建前で、ホントはあんたの気持ち、少しわかるから」
「わたくしの……きもちが……?」
「ああ。あたしも、そこそこ不幸な人生を送ってきててさ。あんたみたいに世界に絶望したことだって、少なからずある」
「っ! なら……っ!」
「でもさ、世界ってのは、そこまで悪いものではないって気がついたんだ。少なくとも、最悪ではないって」
「…………」
「今こうしている時も世界には不幸が生まれているかもしれない。でもさ、幸せも生まれていると思うんだ」
「幸せ……?」
「うん。それは本当に小さなものかもしれないけどね。だからさ、この世界から不幸をなくす、とまではいかなくても減らせばさ、この世界には幸せが満ち溢れるんじゃないかな?」
「……そう、かもしれませんわね……わたくし、今少しだけ幸せですから」
「え? そうなの?」
「ええ。貴女という素敵なお友達ができて」
「……えと」
「いえ、まだ違いますわね。こほん。椎名飛鳥さん。わたくしと、友達になってください」
少し恥ずかしがりながらも、満面の笑みを浮かべながら手を差し出してくる綾瀬川奈々子。
「……えと」
そんな彼女の様子に、少し、戸惑ってしまう。
「駄目……ですの?」
「いや、だめじゃないよ」
「ではっ!」
「うん。よろこんでっ!」
できうる限りの笑顔を浮かべ、あたしは差し出された手を、握った。
……ちょっと、いや、かなり恥ずかしい。
「…………」
綾瀬川奈々子は、あたしの手と顔を何度も交互に見る。
そして、
「……ありがとう、ございます」
小さな声で、そう言った。
◆
とにもかくにも、『モザイク化計画』は無事に食い止めることができた。
これで世界は救われたというわけだ。
あたしは友達が増えたし、綾瀬川奈々子……いや、奈々子は、これから今までと違う道に進んでいくだろう。
めでたしめでたし、だな。
「おい! 早くこの奴隷たちを止めてくれ!」
「んぎもぢぃーぃぃぃっ! って、うぎゃ――――ほ、骨が折れたよこれぇ――――!」
あたしと奈々子が元の場所に戻ると、そこには、奴隷たちに追い掛け回される全裸の涼太と変態がいた。
「……忘れてましたわ」
奈々子は冷静に、そう呟いた。
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