23話
「俺はピーマンが嫌いって言ってんだろうが!なに細かくして取りづらくしてんのお前小姑!?」
「ガキじゃないんスからわがまま言わないでくださいよ。あと小姑はやめてくださいッス」
「一個一個取り除く身にもなれや!」
「あははは、面白いこと言うんだから若ったら。そのまま食えや」
割烹着を着ておたまを掲げる藤吾さんはなんて言うか、もう主婦だ。
そんな藤吾さんにオムライスの乗った皿を掲げてやれグリンピースが多いだ、ピーマンを入れるなだ言っている兄上を宥めているところはもう母親にしか見えない。そう言えば兄上は昔から好き嫌いが多くて乳母に良く叱られていたっけ。
「もーお嬢を見習ってくださいよー文句ひとつ言わずにお召し上がりになられてるッスー」
「俺の可愛い妹は心優しいからな。本当はこんな木端微塵にされた野菜なんて食べたくもないぞ」
藤吾さんの顔に皿を押し付けるように見せている兄上に、藤吾さんはやれやれと肩を竦めながら皿を押し返す。
「じゃあアンタもちょっとは妹君見習って好き嫌いせずに食べてくださいッス」
「い・や・だ!!」
「あーもう誰が育てたらこんなわがままになるんスかね~困ったなァ」
そう言いながら台所に戻っていく藤吾さんに兄上は何か言おうとしたのを諦め、テーブルに戻ってくるとお皿に残ったオムライスを一気に口の中にかきこんだ。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「お粗末様っした。お風呂の準備整ってるんで順番に入るんスよ~」
食器を片付けるまでやってくれる藤吾さんに、ありがたいけれど、そういう生活からだいぶ離れていたから申し訳なくなってしまう。けれど夕餉を作ってもらう時も手伝うと傍に行くと猛反対されてしまったものだから、気になるけれど大人しく座っているしかできない。
昔はこうして見の周りのことを自分でやらないことが「当たり前」で育ってきてしまった。
その分一人暮らしを始めた時は料理は壊滅的だし、洗濯はロクに干せないし、色々と苦労をしてしまうことになったけれど。今となれば若いうちにそんな苦労をしておいて良かった気もする。あのまま過ごしていたらきっと、そんなことも知らずに生きていただろうから。
兄上がお風呂に向かうと、入れ違いに戻ってきた藤吾さんがテーブルをはさんだ向こう側に腰掛けた。
「藤吾さん、色々とすみません」
「なんスか、改まって。いいんスよ~これは大旦那と大奥様の願いでもあるんス」
「え」
この場で、大旦那と大奥様、そう呼ばれるのは両親しかいない。
けれど思い出す2人はそんな願いをするなんて夢のまた夢だというのに、藤吾さんは勘違いしているのだろうか。
「あの日、お嬢が家を飛び出して行かれてから表では気にしていない様子でしたけど、こっそり俺に様子を見てくるように言われたんス。若からも言われていたんで、お嬢には悪いと思いつつずっと探り入れさせてもらってたんスよ。いや~なんスかね、ここまで全員素直じゃない家族ってのも稀だと思いますよ」
両親が私の所在を掴ませるために兄上を差し向けたのは何となくわかった。
けれどそれはきっと私を監視するためであって愛情のないものだと思っていた。
けれどスラスラと藤吾さんの口から出てくる話はどれも、まるで2人が私を心配しているような口ぶりだから、勘違いなんてしたくないのに、「もしかして」なんて淡い願いが出てくる。
「お2人から仰せつかったのは「無理に連れ戻さなくてもいい、生活に困っているようならこっそり助けてやってほしい。どうしてもどうにもならないと判断したら、その時は連れてきてくれ」だそうッス。本当はお嬢が自分で気づくまで黙っているのが正解なんスけどね。あんたら見てると一生気付かなそうだったんで!」
「そう、だったのですね」
「お嬢が家を飛び出したのは、良くも悪くも影響を与えたんスよ。だから、たまには帰ってきたらどうッスか?きっとみんな喜ぶッスよ。その時は今までの不満なことガツンとぶつけてみるのもありッスね~。人間、言葉に出さなきゃ分かり合えないこともあるッスよ。」
「はい…そのうちまとまった休みに帰ることにします。ありがとう、藤吾さん」
「いえいえ~。俺はただ聞いたこと話しただけッスから。あ、でも俺が全部ばらしたってことはどうかご内密に」
人差し指を口にあて、イタズラっ子のように笑った藤吾さんに、タイミングよく兄上が戻ってきた。
「あ、ロリコン兄貴」と笑った藤吾さんに、兄上は「いーやシスコンだ」とどや顔をされているけれど否定はしないのですね。
なんだ、全部知ったような感じで家を飛び出してきたけれど、意外と愛されていたのかもしれない。
それに気づかずに自分だけが不幸のようにしていた自分がすごく恥ずかしくなった。
今度、里帰りをしたときは、ちゃんと自分の思いを伝えてみよう。
そして両親ともちゃんと、「家族」になろう。
藤吾さんと兄上のやり取りを見て、何だか今ならそれが出来る気がした。
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