第24話
四人は宮殿に向けて歩きだした。
エスカリテは文句がありそうだったので、アスラム王子は聞いた。
「言いたいことがあるなら今のうちに聞いておくよ」
エスカリテはアスラム王子に囁いた。《ウィス》の言葉は使わない。それでも狼の青年ナハトの耳を誤魔化せるとは思ってはいないが、それでも声をひそめた方がまだマシだと思ったのだ。
「得体が知れません」
「そうだな」アスラム王子はうなずいたが、最後の一撃を決めた時ナハトの正体をだいたい見抜いていた。こんな所、聖王の力の中心であり聖王騎士団の本部がある場所に、あらわれるとは思えないモノ。
(その翼は天を覆い隠し、その尾は地上の全てを薙ぎ払い、その口からは……)
アスラム王子は子供の頃に読んだ本の一節を思い出した。
(てっきり冗談とばかり思っていたが、あながち冗談でもなさそうだ……。我が偉大な祖先はよくあんなモノと戦おうなど思ったものだ……)
アスラム王子は胸中でつぶやく。ふしぎな熱さが胸にある。シルフィードのことをしゃべったのもその高揚感のせいもあった。その快い感覚にしばらく浸っていたが、エスカリテの小言にさえぎられる。
「アスラム様、それにモー……」
と言いかけて、エスカリテは口をふさいだ。危うく現在調査中の最重要人物の名前を口走りそうになったのだ。その相手は聖王国屈指の実力者であるため、聖王騎士団といえど無茶な捜査はできない。下手をすれば名誉毀損で聖王騎士団団員が捕らえられかねない。
「なあ、エスカリテ……」
アスラム王子は、背後でおしゃべりしているスイとナハトのふたりを感じながら、青い空を見上げた。
「聖剣バルガッソーの一撃を受け止めた人間がいるか?」
「ヤツは魔物です」
アスラム王子は笑った。「魔物でも人間でもいい」この退屈を打ち壊してくれるのなら、と彼は続けなかった。その言葉は胸のうちだけでつぶやいた。「この聖剣バルガッソーの一撃を受け止めた相手さ」
聖剣バルガッソー。古代から聖剣とされており、古代の聖剣バルガッソーの正式名称はバルガルスソード。それがなまって、バルガッソーと呼ばれるようになった。歴史家の誤記がもとで民間に誤った読み方が広まったともいわれていたが、どちらにしろ、聖剣バルガッソーが古くから存在し、たびたび歴史の重要な舞台に姿を現したということだ。たとえば一九二年前の聖王と魔王の戦――聖魔大戦において聖王グリムナードが魔王ファランクスを討ち取った剣として。
エスカリテは黙り込んだ。
アスラム王子が狂戦士モードで放った聖剣バルガッソーの一撃を避けもせず、受け止めて、五体満足に生きているなどありえない。
ふいにエスカリテを恐怖が襲った。やっと事態の深刻さを理解する。聖王国フィラーンの中枢に聖王騎士団主力に匹敵する敵が入り込んでしまっているのだ。さきほど森の中で放ったあの黒い狼の一撃。あれがもし城内や街中で行われたら阿鼻叫喚の地獄絵図となるだろう。
「一計を案じます」
「毒など盛るなよ」アスラム王子は茶化すように言ったが、その目は真剣だった。「聖王騎士団団長権限で聖王騎士団二番隊隊長エスカリテ・S・フリードに命じる。ナハトとスイのふたりには一切手を出すな」
「し、しかし……!」
アスラム王子が簡潔に言った。
「王都が灰になる」
「――――っ」
「言い過ぎだと思うか?」
エスカリテは思わなかった。敵のナハトの能力は未知数だが、アスラム王子の狂戦士モードの桁外れのパワーは知っていた。剣の一撃で分厚い城門をぶち抜くのだ。そのアスラム王子と互角ともなれば、聖王騎士団全員の力があったとしてもすぐに勝敗は決したりはしない。きっとかなりの長期戦になる。そんな相手と一般市民も大勢いる聖王都内で戦うなど問題外だった。
「アスラム様のお考えはわかりました。しかし、我々聖王騎士団が追っている事件についても考えてみてください」
エスカリテは暗に裏であのナハトとスイの二人組が、反聖王勢力に荷担しているのではないかと言ったのだ。あの破壊の力と、この聖王国の政治の中心にいるあの男が裏で手を結んでいるとなれば見過ごせない。
そうエスカリテは言いかけて、アスラム王子の顔を見て気づいた。王子は笑っているのだ。アスラム王子はエスカリテの不安を無用の心配だと笑っている。
「どうして、そんなふうに笑っていられるんですか? 相手の能力は……万が一手を組まれていたら……」
「御せられるものか」
アスラム王子はつぶやいた。ナハトの力を目の当たりにして、互角と見た。仮に自分が勝っていたとしても、僅差だ。それほどの力を持つ者を、いくら政治的手腕には長けているとはいえ、あの男に御せられるかと思った。制御できるものではない。
アスラム王子は、エスカリテがうんともすんともいわないので、不審に思って、エスカリテを見た。
エスカリテは歩きながら後ろを振り返っている。
後ろにはスイとナハトの二人がいた。スイがナハトを叱りつけている。
エスカリテは文句がありそうだったので、アスラム王子は聞いた。
「言いたいことがあるなら今のうちに聞いておくよ」
エスカリテはアスラム王子に囁いた。《ウィス》の言葉は使わない。それでも狼の青年ナハトの耳を誤魔化せるとは思ってはいないが、それでも声をひそめた方がまだマシだと思ったのだ。
「得体が知れません」
「そうだな」アスラム王子はうなずいたが、最後の一撃を決めた時ナハトの正体をだいたい見抜いていた。こんな所、聖王の力の中心であり聖王騎士団の本部がある場所に、あらわれるとは思えないモノ。
(その翼は天を覆い隠し、その尾は地上の全てを薙ぎ払い、その口からは……)
アスラム王子は子供の頃に読んだ本の一節を思い出した。
(てっきり冗談とばかり思っていたが、あながち冗談でもなさそうだ……。我が偉大な祖先はよくあんなモノと戦おうなど思ったものだ……)
アスラム王子は胸中でつぶやく。ふしぎな熱さが胸にある。シルフィードのことをしゃべったのもその高揚感のせいもあった。その快い感覚にしばらく浸っていたが、エスカリテの小言にさえぎられる。
「アスラム様、それにモー……」
と言いかけて、エスカリテは口をふさいだ。危うく現在調査中の最重要人物の名前を口走りそうになったのだ。その相手は聖王国屈指の実力者であるため、聖王騎士団といえど無茶な捜査はできない。下手をすれば名誉毀損で聖王騎士団団員が捕らえられかねない。
「なあ、エスカリテ……」
アスラム王子は、背後でおしゃべりしているスイとナハトのふたりを感じながら、青い空を見上げた。
「聖剣バルガッソーの一撃を受け止めた人間がいるか?」
「ヤツは魔物です」
アスラム王子は笑った。「魔物でも人間でもいい」この退屈を打ち壊してくれるのなら、と彼は続けなかった。その言葉は胸のうちだけでつぶやいた。「この聖剣バルガッソーの一撃を受け止めた相手さ」
聖剣バルガッソー。古代から聖剣とされており、古代の聖剣バルガッソーの正式名称はバルガルスソード。それがなまって、バルガッソーと呼ばれるようになった。歴史家の誤記がもとで民間に誤った読み方が広まったともいわれていたが、どちらにしろ、聖剣バルガッソーが古くから存在し、たびたび歴史の重要な舞台に姿を現したということだ。たとえば一九二年前の聖王と魔王の戦――聖魔大戦において聖王グリムナードが魔王ファランクスを討ち取った剣として。
エスカリテは黙り込んだ。
アスラム王子が狂戦士モードで放った聖剣バルガッソーの一撃を避けもせず、受け止めて、五体満足に生きているなどありえない。
ふいにエスカリテを恐怖が襲った。やっと事態の深刻さを理解する。聖王国フィラーンの中枢に聖王騎士団主力に匹敵する敵が入り込んでしまっているのだ。さきほど森の中で放ったあの黒い狼の一撃。あれがもし城内や街中で行われたら阿鼻叫喚の地獄絵図となるだろう。
「一計を案じます」
「毒など盛るなよ」アスラム王子は茶化すように言ったが、その目は真剣だった。「聖王騎士団団長権限で聖王騎士団二番隊隊長エスカリテ・S・フリードに命じる。ナハトとスイのふたりには一切手を出すな」
「し、しかし……!」
アスラム王子が簡潔に言った。
「王都が灰になる」
「――――っ」
「言い過ぎだと思うか?」
エスカリテは思わなかった。敵のナハトの能力は未知数だが、アスラム王子の狂戦士モードの桁外れのパワーは知っていた。剣の一撃で分厚い城門をぶち抜くのだ。そのアスラム王子と互角ともなれば、聖王騎士団全員の力があったとしてもすぐに勝敗は決したりはしない。きっとかなりの長期戦になる。そんな相手と一般市民も大勢いる聖王都内で戦うなど問題外だった。
「アスラム様のお考えはわかりました。しかし、我々聖王騎士団が追っている事件についても考えてみてください」
エスカリテは暗に裏であのナハトとスイの二人組が、反聖王勢力に荷担しているのではないかと言ったのだ。あの破壊の力と、この聖王国の政治の中心にいるあの男が裏で手を結んでいるとなれば見過ごせない。
そうエスカリテは言いかけて、アスラム王子の顔を見て気づいた。王子は笑っているのだ。アスラム王子はエスカリテの不安を無用の心配だと笑っている。
「どうして、そんなふうに笑っていられるんですか? 相手の能力は……万が一手を組まれていたら……」
「御せられるものか」
アスラム王子はつぶやいた。ナハトの力を目の当たりにして、互角と見た。仮に自分が勝っていたとしても、僅差だ。それほどの力を持つ者を、いくら政治的手腕には長けているとはいえ、あの男に御せられるかと思った。制御できるものではない。
アスラム王子は、エスカリテがうんともすんともいわないので、不審に思って、エスカリテを見た。
エスカリテは歩きながら後ろを振り返っている。
後ろにはスイとナハトの二人がいた。スイがナハトを叱りつけている。
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