怪物への変貌
ある所に救われなかった少女がいた。魔術師として類い希なる才能を持って生まれるも、同じく生まれた姉が天才だった。その才を惜しんだ父親が、他家へと養子に出してしまったのだ。
それが、間桐 桜の地獄の始まりだった。
蟲に体を嬲られ続ける人生だった。何一つ自由はない。何一つ幸福はない。このまますり減って、桜の心は消失するのだろうと。
たった一つ、キッカケがあった。それは小さな願いだった。
『…助けて』
限界寸前だった彼女の小さな祈り。あらゆる救いを信じていなかった少女の嘆き。
義兄に助けを求めた。これが彼女にとって小さな変化であり。もたらすのは大きな変化だった。
義理の兄。慎二は必死になって彼女を守ろうとしてくれた。地獄を肩代わりするように、それが兄の役目だと迷わずに助けてくれた。助けて、くれたんだ。
「…義兄さん。今日、遠坂さんと戦ったよ」
兄の亡骸を抱きしめながら彼女は祈る。全て壊れてしまえば良い。
たった一つ生まれた優しさに、確かに彼女は救われたから――桜は怪物になっていた。
彼女はライダーを従えて、聖杯を求めて戦い続ける。地獄の象徴である祖父は既に殺した。面倒な仕掛けも許さず。歪められた魔術回路を強引に動かして、彼女は苦痛に悶えながらも止まらない。
救おうと足掻いてくれた兄の正しさを、無価値ではなかったと証明する為だけに。
間桐 桜は怪物になった。
「桜。体は大丈夫ですか?」
本心から案ずるライダーの様子は、ただの主従とは思えない。親身になって心配してくれていた。出会えたのがライダーで良かったと思う。
かつて地獄を刻まれた蟲蔵で、二人が会話している。
この部屋の主は死んでいる。桜とライダーが殺した。心臓に潜められていた仕掛けも許さず。融解させて魔力にしたんだ。
かつての桜では、決して選べなかった選択肢だ。義兄の死を超えて、彼女は酷く歪んでいた。強くなれたのかもしれない。
言葉を受けて、艶やかな声で彼女は応える。
「大丈夫だよライダー。ありがとう」
状況は絶望に近い。生徒を取り込んで成長する方法も、他の陣営に邪魔されてしまった。ならば先に消そうと動けば、セイバーとアーチャーが阻んできたのだ。
戦略に詳しくはないが、あの場面で宝具を解放しても殺しきれなかったと思う。セイバーが意味もなく挑発する筈もない。だったら、力を温存した方が良い筈だ。
ライダーもまた同意見である。だからこそ、早々に戦闘から離脱した。せめて校舎の者達を皆喰えていたら、怪物生を強化して戦えたのだがね。石化の魔眼もランクを上げて、怪力もそうだ。
もっと力を発揮出来た。蹂躙することすら可能だったかもしれない。
「…あの人も戦いに挑んでるんだね」
悲しそうに眼を細めている。珍しい姿だ。生徒達を取り込むと決めたときは、もっと愉しそうに歪んでいた。
「知り合いがいたのですか?」
だからと手心を加える心はとうにない。怪物は全てを呑み込んで、たった一つの願いを叶える。
全て、全て壊れてしまえば良いと。義兄の命に釣り合う願望機と思わないから、ありふれた救いなんて望まない。
ただ破壊と殺戮を望んで生きている。
「ん。遠坂さんと、…そう、とってもすごい人」
不可能を不可能と知りながら挑み続けられる者。ある意味では、一番魔術師らしい在り方なのかもしれない。
「きっとあの人なら、私の手を取って救ってくれたのかな」
救われるとはなんだろうか。ことここに至っては、慎二の予想も外れていた。彼女は確かに義兄を愛していたんだ。
もうそんな結末は訪れない。
「桜」
ライダーの静かな言葉に、まだ降りられると告げられた気がした。
「でも要らないんだ。私に救いはあったから。忘れてたけど、優しいおじさんもいたから」
彼女の幸せを望んで散っていた者達がいる。目を背けてきた事実、犠牲にした者から逃げてまで、幸せとやらはほしくない。まだ戦えるんだ。戦うんだ。
「今度は、私が挑む番なんだ。辛い事から耐えてただけの弱さを捨てて」
にこりと笑うその姿は、名前の通りに花咲くみたいで。怪物としての在り方を宿しつつも、眩しい位に美しかった。
「怪物になってでも挑むって決めたんだ」
既に死への道は見えている。人としての在り方を捨てた報いは、あっさりと彼女を殺してしまうだろう。
他ならぬ。彼女のサーヴァントだからこそ、ライダーは深く理解していた。
「その願いを私は守ります。桜、貴女は幸せになるべきだ」
怪物の果てまで至ったメドゥーサとしては、彼女の行く末に幸せがあってほしいと願っている。不可能だと理解しているからこそ、祈っているんだ。
せめて、終りだけでも救われてほしい。桜の結末に一片の救いを求めて、ライダーはどこまでも戦い続けていく。
「ライダーもだよ。ね?」
優しげに笑う言葉を受けて、ライダーも柔らかな微笑を返した。
「ふふ。貴女の幸せこそ私の幸せならば、お互いの願いは同じですね」
二人は蠱惑的な微笑みを浮かべながらも、仲の良い姉妹のようだった。
それが、間桐 桜の地獄の始まりだった。
蟲に体を嬲られ続ける人生だった。何一つ自由はない。何一つ幸福はない。このまますり減って、桜の心は消失するのだろうと。
たった一つ、キッカケがあった。それは小さな願いだった。
『…助けて』
限界寸前だった彼女の小さな祈り。あらゆる救いを信じていなかった少女の嘆き。
義兄に助けを求めた。これが彼女にとって小さな変化であり。もたらすのは大きな変化だった。
義理の兄。慎二は必死になって彼女を守ろうとしてくれた。地獄を肩代わりするように、それが兄の役目だと迷わずに助けてくれた。助けて、くれたんだ。
「…義兄さん。今日、遠坂さんと戦ったよ」
兄の亡骸を抱きしめながら彼女は祈る。全て壊れてしまえば良い。
たった一つ生まれた優しさに、確かに彼女は救われたから――桜は怪物になっていた。
彼女はライダーを従えて、聖杯を求めて戦い続ける。地獄の象徴である祖父は既に殺した。面倒な仕掛けも許さず。歪められた魔術回路を強引に動かして、彼女は苦痛に悶えながらも止まらない。
救おうと足掻いてくれた兄の正しさを、無価値ではなかったと証明する為だけに。
間桐 桜は怪物になった。
「桜。体は大丈夫ですか?」
本心から案ずるライダーの様子は、ただの主従とは思えない。親身になって心配してくれていた。出会えたのがライダーで良かったと思う。
かつて地獄を刻まれた蟲蔵で、二人が会話している。
この部屋の主は死んでいる。桜とライダーが殺した。心臓に潜められていた仕掛けも許さず。融解させて魔力にしたんだ。
かつての桜では、決して選べなかった選択肢だ。義兄の死を超えて、彼女は酷く歪んでいた。強くなれたのかもしれない。
言葉を受けて、艶やかな声で彼女は応える。
「大丈夫だよライダー。ありがとう」
状況は絶望に近い。生徒を取り込んで成長する方法も、他の陣営に邪魔されてしまった。ならば先に消そうと動けば、セイバーとアーチャーが阻んできたのだ。
戦略に詳しくはないが、あの場面で宝具を解放しても殺しきれなかったと思う。セイバーが意味もなく挑発する筈もない。だったら、力を温存した方が良い筈だ。
ライダーもまた同意見である。だからこそ、早々に戦闘から離脱した。せめて校舎の者達を皆喰えていたら、怪物生を強化して戦えたのだがね。石化の魔眼もランクを上げて、怪力もそうだ。
もっと力を発揮出来た。蹂躙することすら可能だったかもしれない。
「…あの人も戦いに挑んでるんだね」
悲しそうに眼を細めている。珍しい姿だ。生徒達を取り込むと決めたときは、もっと愉しそうに歪んでいた。
「知り合いがいたのですか?」
だからと手心を加える心はとうにない。怪物は全てを呑み込んで、たった一つの願いを叶える。
全て、全て壊れてしまえば良いと。義兄の命に釣り合う願望機と思わないから、ありふれた救いなんて望まない。
ただ破壊と殺戮を望んで生きている。
「ん。遠坂さんと、…そう、とってもすごい人」
不可能を不可能と知りながら挑み続けられる者。ある意味では、一番魔術師らしい在り方なのかもしれない。
「きっとあの人なら、私の手を取って救ってくれたのかな」
救われるとはなんだろうか。ことここに至っては、慎二の予想も外れていた。彼女は確かに義兄を愛していたんだ。
もうそんな結末は訪れない。
「桜」
ライダーの静かな言葉に、まだ降りられると告げられた気がした。
「でも要らないんだ。私に救いはあったから。忘れてたけど、優しいおじさんもいたから」
彼女の幸せを望んで散っていた者達がいる。目を背けてきた事実、犠牲にした者から逃げてまで、幸せとやらはほしくない。まだ戦えるんだ。戦うんだ。
「今度は、私が挑む番なんだ。辛い事から耐えてただけの弱さを捨てて」
にこりと笑うその姿は、名前の通りに花咲くみたいで。怪物としての在り方を宿しつつも、眩しい位に美しかった。
「怪物になってでも挑むって決めたんだ」
既に死への道は見えている。人としての在り方を捨てた報いは、あっさりと彼女を殺してしまうだろう。
他ならぬ。彼女のサーヴァントだからこそ、ライダーは深く理解していた。
「その願いを私は守ります。桜、貴女は幸せになるべきだ」
怪物の果てまで至ったメドゥーサとしては、彼女の行く末に幸せがあってほしいと願っている。不可能だと理解しているからこそ、祈っているんだ。
せめて、終りだけでも救われてほしい。桜の結末に一片の救いを求めて、ライダーはどこまでも戦い続けていく。
「ライダーもだよ。ね?」
優しげに笑う言葉を受けて、ライダーも柔らかな微笑を返した。
「ふふ。貴女の幸せこそ私の幸せならば、お互いの願いは同じですね」
二人は蠱惑的な微笑みを浮かべながらも、仲の良い姉妹のようだった。
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