校舎の結界
満足そうに朝食を食べるセイバーに喜びつつ、朝の準備を済ませて登校する。
そうして校門を超えてから――凄まじい違和感に気がついた。
恐ろしい怪物の腹の中に潜り込んだような、甘ったるい臭気と融ける様な怠さを感じる。尋常じゃない違和感だ。
『セイバー』
『既にこの場は敵地になっています。これ程の雰囲気ならば、宝具の可能性が高いです』
彼女の鋭い感覚が脅威を認識している。重苦しい力の予兆は、魔術師の英霊のスキルではなかろう。あまりにも変化が激しくて、急だった。あらゆる神秘は等価交換なのだから、これ程の力は宝具に他ならない。
英霊のみに許された絶大な力。人々の信仰の結晶の力だ。そう例えるには、禍々しい気もする。
怪物の気配を感じている。英霊だけが呼び出されるわけではないのか? 聖杯の汚染などの、裏事情を知らぬ二人は分からない。
『油断はなく。けれど恐れる必要はありません』
頼りがいのある言葉だ。事実、彼女の対魔力のランクは高く。現代の魔術師ではどう足掻いても傷つけられず。生半可な神秘では侵せない。セイバーの特性であった。
『私がついています。堂々としてください』
『ありがとう』
すぐに遠坂と連絡を取り、昼休みに屋上で落ち合った。
普段ならば人目も気にしていたかもしれないが、今は非常時だ。互いに食事を摂りながらも、真剣な表情で話し合いが始まった。
「衛宮くん、この結界には気付いてる?」
「ああ。とんでもない事をしでかす奴がいるんだな」
どう考えてもまともな代物ではなかろう。
融解するイメージを強く感じる。起動したならば、中にいる生徒達は捕食されてしまう。神秘の秘匿が不可能に近い。
「普通の参加者なら、こんなに大勢の一般人を巻き込む人はいないわ」
なりふり構わぬ手段は、他の陣営からも攻められる。実際、セイバーとアーチャーを敵に回しているんだ。頭の良い方法とは思えない。
「余程ねじの外れた狂人か、そんな事すら理解出来ない馬鹿の仕業ね」
だからこそ恐ろしい。ぶっ飛んだ相手への対処は難しい。一つでも間違えれば、校舎にいる者達が傷ついてしまう。もしかすると、それが大河かもしれない。
ぎちりと士郎の顔が強張った。凜も彼の様子に気付きつつも、淡々と言葉を続ける。
「朝にセイバーから聞いたと思うけど。この件の解決も含めて、同盟を結びたいの」
「対等な同盟関係だったか」
「私は彼女の圧倒的な戦闘能力がほしい。貴方は、アーチャーの索敵技術や私の庇護を得られる」
遠坂は聖杯戦争に土地を貸している者だ。つまりは土地の管理者である。かなり名の通った家柄で、魔術協会への影響力も強い。戦争後の事も考えれば、彼女と上手くやる必要がある。
無論、敵対したときに殺してしまうのも仕方ない。戦争の常だ。
「悪い条件じゃないと思うけど?」
「問題ない。俺とセイバーは願いがないから、ありがたいよ」
「…そう。貴方らしい回答ね」
口ぶりからして、以前から士郎を知っていたのだろうか? 彼に心当たりはなかった。
「遠坂は何か望みがあるのか?」
「そうね、世界征服とか面白そうね」
若干引いた顔になったからか。困った様に言葉を返す。
「冗談よ」
にこりと微笑みながら。
「私が見るからこその世界だから、とっくの昔に征服してるもの」
簡潔に紡がれた言葉は、とても彼女らしい響きだと思った。
「これだけ大規模な仕掛け。いくら宝具だとしても、基点があるのよ」
あまりにも大規模すぎる。校舎を全て囲う程の結界だ。並大抵の力ではあるまい。
「大魔術の弊害か」
奇跡には対価が必要だ。等価交換の原則は壊せない。世界の理から外れた英霊だろうと、伝説に至る過程は生じてしまう。
「一応私も対処はしていたんだけど。いきなり段階が進んでいるの」
対処された焦りでも出てきたか。他の事情があるのか。相手方の大きな変化を感じた。
「今の状態だと、あんまりにも魔力が濃密すぎて、探れないのよね」
濃密な魔力が探査を妨害している。そこまで考えていたのかもしれない。
「…もしかしてこれか?」
ちょうど凜の座っているフェンスの所に、刻印を感じ取った。そのまま告げると確かに存在している。
「へえ。衛宮くんって、把握する力が優れてるのね」
天才とまで謳われる凜すら超える力だ。相当なレベルと言えよう。
構造把握の才能。世界の位相を認識する力に優れている。これも士郎の特異性が影響しているのだろうか。
「後は任せて」
魔力を注ぎ術式に封を施した。相手の英霊の力量にもよるが、これで少しは安心だ。発動したとしても緩和出来よう。
「じゃあ後は放課後に行動しましょう。思っていたより優秀そうで安心したわ」
彼女の言葉を受けて、士郎は嬉しいような嬉しくないような。
複雑な気持ちになっていた。
「また会いましょう」
自立した魔術師と見られているのか、どこか優しい言葉の裏には壁を感じた。
お近づきになんて気持ちは欠片もなく。ただ、なんとはなしに感じた距離があった。恐らく近づく事もなかろう。
それを自覚することもなく。昼休みが終わっていく。
そうして校門を超えてから――凄まじい違和感に気がついた。
恐ろしい怪物の腹の中に潜り込んだような、甘ったるい臭気と融ける様な怠さを感じる。尋常じゃない違和感だ。
『セイバー』
『既にこの場は敵地になっています。これ程の雰囲気ならば、宝具の可能性が高いです』
彼女の鋭い感覚が脅威を認識している。重苦しい力の予兆は、魔術師の英霊のスキルではなかろう。あまりにも変化が激しくて、急だった。あらゆる神秘は等価交換なのだから、これ程の力は宝具に他ならない。
英霊のみに許された絶大な力。人々の信仰の結晶の力だ。そう例えるには、禍々しい気もする。
怪物の気配を感じている。英霊だけが呼び出されるわけではないのか? 聖杯の汚染などの、裏事情を知らぬ二人は分からない。
『油断はなく。けれど恐れる必要はありません』
頼りがいのある言葉だ。事実、彼女の対魔力のランクは高く。現代の魔術師ではどう足掻いても傷つけられず。生半可な神秘では侵せない。セイバーの特性であった。
『私がついています。堂々としてください』
『ありがとう』
すぐに遠坂と連絡を取り、昼休みに屋上で落ち合った。
普段ならば人目も気にしていたかもしれないが、今は非常時だ。互いに食事を摂りながらも、真剣な表情で話し合いが始まった。
「衛宮くん、この結界には気付いてる?」
「ああ。とんでもない事をしでかす奴がいるんだな」
どう考えてもまともな代物ではなかろう。
融解するイメージを強く感じる。起動したならば、中にいる生徒達は捕食されてしまう。神秘の秘匿が不可能に近い。
「普通の参加者なら、こんなに大勢の一般人を巻き込む人はいないわ」
なりふり構わぬ手段は、他の陣営からも攻められる。実際、セイバーとアーチャーを敵に回しているんだ。頭の良い方法とは思えない。
「余程ねじの外れた狂人か、そんな事すら理解出来ない馬鹿の仕業ね」
だからこそ恐ろしい。ぶっ飛んだ相手への対処は難しい。一つでも間違えれば、校舎にいる者達が傷ついてしまう。もしかすると、それが大河かもしれない。
ぎちりと士郎の顔が強張った。凜も彼の様子に気付きつつも、淡々と言葉を続ける。
「朝にセイバーから聞いたと思うけど。この件の解決も含めて、同盟を結びたいの」
「対等な同盟関係だったか」
「私は彼女の圧倒的な戦闘能力がほしい。貴方は、アーチャーの索敵技術や私の庇護を得られる」
遠坂は聖杯戦争に土地を貸している者だ。つまりは土地の管理者である。かなり名の通った家柄で、魔術協会への影響力も強い。戦争後の事も考えれば、彼女と上手くやる必要がある。
無論、敵対したときに殺してしまうのも仕方ない。戦争の常だ。
「悪い条件じゃないと思うけど?」
「問題ない。俺とセイバーは願いがないから、ありがたいよ」
「…そう。貴方らしい回答ね」
口ぶりからして、以前から士郎を知っていたのだろうか? 彼に心当たりはなかった。
「遠坂は何か望みがあるのか?」
「そうね、世界征服とか面白そうね」
若干引いた顔になったからか。困った様に言葉を返す。
「冗談よ」
にこりと微笑みながら。
「私が見るからこその世界だから、とっくの昔に征服してるもの」
簡潔に紡がれた言葉は、とても彼女らしい響きだと思った。
「これだけ大規模な仕掛け。いくら宝具だとしても、基点があるのよ」
あまりにも大規模すぎる。校舎を全て囲う程の結界だ。並大抵の力ではあるまい。
「大魔術の弊害か」
奇跡には対価が必要だ。等価交換の原則は壊せない。世界の理から外れた英霊だろうと、伝説に至る過程は生じてしまう。
「一応私も対処はしていたんだけど。いきなり段階が進んでいるの」
対処された焦りでも出てきたか。他の事情があるのか。相手方の大きな変化を感じた。
「今の状態だと、あんまりにも魔力が濃密すぎて、探れないのよね」
濃密な魔力が探査を妨害している。そこまで考えていたのかもしれない。
「…もしかしてこれか?」
ちょうど凜の座っているフェンスの所に、刻印を感じ取った。そのまま告げると確かに存在している。
「へえ。衛宮くんって、把握する力が優れてるのね」
天才とまで謳われる凜すら超える力だ。相当なレベルと言えよう。
構造把握の才能。世界の位相を認識する力に優れている。これも士郎の特異性が影響しているのだろうか。
「後は任せて」
魔力を注ぎ術式に封を施した。相手の英霊の力量にもよるが、これで少しは安心だ。発動したとしても緩和出来よう。
「じゃあ後は放課後に行動しましょう。思っていたより優秀そうで安心したわ」
彼女の言葉を受けて、士郎は嬉しいような嬉しくないような。
複雑な気持ちになっていた。
「また会いましょう」
自立した魔術師と見られているのか、どこか優しい言葉の裏には壁を感じた。
お近づきになんて気持ちは欠片もなく。ただ、なんとはなしに感じた距離があった。恐らく近づく事もなかろう。
それを自覚することもなく。昼休みが終わっていく。
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。