ACT044 『パイロット・センス』
「……じっくりと鍛錬しておける時間が、あれば良いのですがね」
「無さそうっすよね。このプロジェクトは……コンプライアンスとガバナンスを取り戻そうとしている、地球連邦軍と連邦政府……そのどちらからしても、顔色を良くしてくれるものじゃないでしょう」
そこまで情報を共有してはいないのだが、それでも現場のエンジニアたちにそんな評価をされているとは……ブリック・テクラートは、情報の管理をもっと徹底するべきかどうかを考え始める。
ミシェルさまの人生に後々まで禍根を引きずるようなことになれば、私のマネジメントの責任が問われるべき事態でしょう。それは避けなければならない。何よりも、ミシェルさまのために―――。
「―――アナハイムやルオ商会も、戦乱があったからこそ、かなり好き勝手やってこられましたけど……ボクらエンジニアも言ってますよ。こんな無茶な作戦に参加出来るのは、おそらく最後だろうと」
「……平和が来るからですね」
「そうです。地味ですが、良い時代になる。何百人の兵士が消耗されるような、大規模な戦闘は……起きにくいと考えています。もちろん、長いスパンで見れば起きるでしょうけれどね」
「歴史は必ず繰り返される」
「そういうことです……まあ、でも今は歴史や人類の悲しげな習性について語っている場合ではありませんよね」
「……ええ。ジュナ・バシュタ少尉の能力を、より詳細に報告してくれますか?」
「あとで、数値化したものを提出しますが……要点だけは、今、口頭で説明しておこうと思うのですが?」
「お願いします」
「……少尉の機動、射撃、格闘、回避、防御、索敵、戦術理解……それら戦闘を構成するためのメソッドに採点をつけていけば、どれもが中の上ってところです。異常なまでにバランスがいいですね」
「通常のパイロットは、そうはならないのですか?」
「ええ。何かしら、得意なものがあったり、不得意なものがあるものです。こんな数字はどこか矛盾していますね」
「どういうことでしょうか?」
「マニュアルに沿った訓練が幸いしたのかもしれません。ベテラン・パイロットたちに指導を受ける機会が激減したことにより、連邦軍のパイロット養成はマニュアル化が著しい。シミュレーターだけで純粋培養すれば、彼女のような能力が培われるのかも?」
「……なるほど。考えられなくはない説ですね。私はパイロットのことには詳しくありませんが、その説明には納得することが出来る」
「……シロウトを納得させられた説明は、正しい。親父の言葉を思い出します」
「良い言葉だと思います」
「はい。ですが、それだけでは分析屋はメシを食えませんからね。少尉に特異な点が他にもないかと調べました。サイコスーツに、彼女の能力の秘密を見つけたかもしれません」
「サイコスーツに?」
「肉体にサイコスーツという動きにくい装備へ慣れてもらうために、シミュレーターの中でも着てもらっています」
「体力を奪いそうですね」
「当然ながら、そうなりますよ。でも、少尉は耐えている。少しばかり強化人間としての措置が、生きているんでしょうね。女子のトップアスリートみたいな体力です」
「……それで?」
「……ええ。肝心なのは、サイコスーツのデータ。戦闘時に活性化しています。それは、脳が興奮状態に入るので、感応波の放出も上がるわけですから、当然でしょうけれど……フツーのパイロットには、無い点があるんですよね」
「どんな点ですか?……私には、専門的なことは理解しにくい」
「端的に話しますと、少尉は、ときおり敵と遭遇する直前に、感応波を増大させているんですよ」
「……敵を、予知している?」
「そんな風に評価すべきデータだと思います。彼女には、一種の予知能力と呼べるものが生まれつつあるのかもしれません。この予知能力は、前々から発現していたのじゃないでしょうか?」
「それが……オールマイティな能力の根源になる?」
「ありえるような気がしますね。少尉は、『環境に合わせられる』んですよ。持ち前の器用さと、その不完全な予知能力から……シミュレーターが発生させるアクシデントを予測しつつ、器用貧乏といえるマニュアル体質で応答すれば……あんなカンジに仕上がるんじゃないかと考えています」
「……マニュアルを、完璧に行っている。状況を予測したあげくに」
「経験を積ませて、能力を底上げしつつ……サイコスーツやサイコミュ装備で能力を補正すれば……どんな相手でも粘り強く引き分け以上に持ち込めるんじゃないですかね。もちろん、一騎討ちの状態に限りますけど」
「……それは、スゴいのか、スゴくないのか」
「よく分かりにくい力です。でも……『フェネクス』みたいなバケモノ相手に粘れるとしたら……少尉は適任だと思います」
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