ACT015 『神話の物語』
ナラティブガンダムをジュナ・バシュタ少尉の専用機体に調整していく。それが、この実験棟に与えられた唯一にして無二の仕事であった。
この場にいるエンジニアは、全員がルオ商会が手配した者たちばかりで、地球連邦軍の兵士は実験棟の外にしかいなかった。
「軍隊ってのは、金持ちにここまで好き勝手されているのか?」
「ええ。アナハイム・エレクトロニクス、ビスト財団、そして、我々、ルオ商会。地球連邦軍も、そして、消耗しきったスペースノイドたちも、圧倒的な経済力の前には従うほかありませんから」
「悲しい現実だ」
「そうかもしれません。しかし、古来より、しょせん、そのようなものだったのではないでしょうか。人類は……オールドタイプの作り出す社会など」
「ブリック、アンタは例の『怪電波』みたいに、ニュータイプを政治的主導者にしようって腹なのか?」
「……いいえ。アレは、私には選民思想のように聞こえました」
数ヶ月前、世界中の公共放送をジャックして行われた、あの放送。ニュータイプに大きな権力を与える?スペースノイドの進化を讃える?……ジュナ・バシュタも耳にしてはいたが、完全にカルト集団の発想だと感じていた。
最も有名なニュータイプの指導者は、シャア・アズナブルは、アクシズを地球に落として人類を大量虐殺しようとした狂人だ。そんな人物に権力をより多く委ねる?……危なっかしくて、涙があふれそうになる。
「ヒトの進化を推奨するのは、良いことだと思います。新たな人種の確立を認めることも悪いコトではない。ですが、世界のバランスを崩す行為を選んでは、無意味に命が消費されるだけです」
「……そうだと思う。本物のニュータイプでさえ、あんなことを企んだのよ?……もしもニセモノにも、そんな権力を与えてしまったら?」
「ニセモノ……強化人間のことですか?」
「そう。私たちみたいに、研究所で薬漬けにされたりして作られた、壊れた精神の持ち主に……権力を与える?……恐い発想だわ」
「天然のニュータイプは、生まれにくいと?」
「さあね。研究者じゃないから、知らない。でも……オーガスタには、本物なんていなかった。アムロ・レイみたいに、星を動かせるような怪物はね」
「では?……宇宙では?」
「宇宙に行ったこともない私に、訊くべきことじゃないでしょう」
「……たしかに」
「……それより、テストを開始するわ。だから、ブリック・テクラート。アンタは離れておくといいわ」
「了解しました」
ブリック・テクラートは、ジュナ・バシュタを観察していた。男前にジロジロと見られるのは、レズビアンのジュナでもイヤなことではない。美しいものは、それなりに好きだ。女でも男でも。
だが、エンジニアと医療スタッフたちに体中に計測装置をつけられて、今からナラティブの操縦席に座る瞬間には、シロウトの秘書なんて邪魔だった。
「いいですか、少尉?操縦ブロックは、周囲のフレームで吊り下げられている状態にあります。上下左右についてはかなり素早く動きます。遠心力で、Gがかかりますからね」
「分かっている。ジェガンには乗っているんだ……正直、スペックだけなら、ナラティブより上だろ?」
悲しい現実は幾つかあった。ナラティブよりも、量産型のジェガンの方が基礎設計の上で優れているのだ。
運動性、パワー、そして耐久力。ナラティブが、元々、マルチプルな実験機としてデザインされた事実を、その力弱さは反映している。
「ナラティブは、いい機体ですよ。換装する武装によっては、あらゆる曲面に対応することが出来ます」
「実験機らしいな。それに、エンジニアらしい答えよ、それ」
「ボクたちだって、分かっていますよ。便利な機体、どんな装備でも使える機体……パイロットには、ただ覚えることが多いだけの負担ばかりが大きいって文句でしょ?」
よく分かっているらしい。
パイロットも軍事装備も、汎用性なんて求めていたら、良質さを実現することは困難となってしまう。何でも出来るということは、何でも出来るようにならないといけないということだ。
たくさんのコトを修得しているよりも、一つのコトを専門的に修得して行った方が成長は早い。ガンダム・シリーズが量産されないのは、その性能を使いこなすことが難し過ぎるからだ。
汎用性の高い機体は、高コストの割りに、使いにくい……。
「でも。少尉が乗っていたジェガンにも、この子の設計は系譜として受け継がれているはずですよ」
「それだけ、ジジイの機体ってことか」
「はい。古い機体です。性能は高くありません。ですが、多くの専用装備を短時間で換装することが可能という意味では、ナラティブより上の機体はありません」
「……装備を使いこなせと?」
「そうです。そうでなきゃ、ナラティブを引きずり出してきた意味は、政治的なことに終始しちゃいますよ」
政治的。そうだ、ガンダムには実は政治力が発生している。これはただの高性能モビルスーツというワケじゃない。アムロ・レイと同じように、地球連邦軍の『強さ』の象徴と言える存在なのだ。
地球連邦軍がガンダムを量産しない理由は、この機体が及ぼす政治的な外圧を気にしている。ジェガンの頭部をガンダム風に取り替えることは、決して難しくはないが。
そんなことをすれば、ジオン共和国だろうが、ネオ・ジオンだろうが……急先鋒の『袖付き』だろうが、とにかくスペースノイドたちを挑発することになる。
ガンダムは『地球連邦の力の象徴』であり、それはスペースノイドたちからすれば、最大の敵に他ならない。ジェガンの頭をガンダムに変えようとすれば、地球と宇宙のあいだに軋轢が生まれかねないのだ。
「……時代遅れの実験機でも、ガンダムってことは大きいのね」
「大きいです。だって、ガンダムですもん」
どこか説得力をカンジさせる言葉ではあった。アムロ・レイの乗ったモビルスーツ、その眷属の一つを操縦するというのは、たしかに大きい。連邦のモビルスーツ乗りならば、死ぬまでに一度は乗ってみたいと願う機体であることは間違いがなかった。
「心して乗るわよ」
「そうして下さい。では、少尉、キャノピーを閉めて」
「ええ」
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