ACT143 『不死鳥を追う』
「……さてと。ハナシが脱線していたわね。アフリカもステファニーお姉さまも、このチームが心配することじゃないのよ。最優先は、『不死鳥狩り』だものね。分かっているでしょ、ジュナ?」
ミシェル・ルオは暴れん坊の犬でもたしなめるかのような態度で、ジュナ・バシュタ少尉に告げるのだ。
少し腹は立つが、ジュナはうなずいてやることにした。いつものことだが、正論なのだ。ミシェルという女は、いつだって正しそうな言葉を使ってくる。
それでも、かつては騙されたが……いや、結果としてそうなっただけなのかもしれない。でも、完全に許してやるつもりにはなれなかった……。
だが、今は優先事項があるのだ。達成しなければならない、『不死鳥狩り』……リタ・ベルナルに対する、大いなる贖罪を果たす必要がある―――。
「―――ああ。分かっている。リタを……『フェネクス』を、捕獲してみせるさ。そのために、わざわざナラティブガンダムを操れるようになったわけだからな」
「ええ。ジュナ、特訓の成果は出ているわよね?ブリックから聞いているわ。ほとんどの兵装を、使いこなせるようになったみたいね……?」
「そうだ。それに、実戦もこなした。命の取り合いをして、私は……間違いなく、また一つ、強さを得ているぞ。『フェネクス』にも……追いすがることぐらいは出来る」
「……光速に追いすがれるのは、おそらく……貴方だけよ。リタがその身に触れさせてくれるとしたら、ジュナ・バシュタしかいないのだから。あるいは、私にもその可能性ぐらいはあるかもしれないわね。オーガスタで、愛し合った仲なんだし」
その言葉に男どもは表情を固めていた。なんというか、かなり込み入ったハナシを聞いてしまった自覚が、彼らにはあった。
アフリカの三人組は、好奇心旺盛な連中ではあるが、何だかこの話題には入り込みにくかった。
「……そうだな。私か、お前ぐらいだろ。今のリタでも、受け入れてくれるかもしれないヤツらは……」
「でしょうね。とにかく……今は、ブリーフィングを始めるとしましょう」
ミシェル・ルオは端末を取り出し、それを指でつついていた。この部屋の照明が一瞬で暗くなる。
「シアター・モードかなー」
「もうちょっと、きな臭そうな気がするぜ」
「そうよ。映画じゃない。エア・レーザー・フィールド……立体投影式の、作戦地図よ」
「……高級品だぜ。まあ、アンタたちルオ商会からすれば、微々たる金額に過ぎないだろうがな……」
「まあね」
……といようりも、このシステムは、戦艦搭載用の軍用品だぞ?……おいそれと、民間に出回るハズのものじゃないんだがな―――イアゴ・ハーカナ少佐は、金持ちの非常識さを思い知らされていた。
軍用品だろうが何だろうが、資本家が望めば、たいがいのモノは手に入るということか。地球連邦軍の腐敗を目の当たりにしているような気もするがな……。
……イアゴ・ハーカナ少佐の複雑な心境をよそにして、空中に投影された光の模型たちは、コロニーの群れを宙に浮かばせる。
双子たちが、バカをさらけ出すように、はしゃいだ声をあげていた。
「スゲー!!立体映像だぜ!!」
「ああ!!金持ちって、いいよな!!オレもなりたい、マフィア!!」
「マフィアじゃないわよ。基本的に総合商社なの。マフィアなのは、その中のちょっとだけなんだからね?」
「わかってるってー。そう言ってないと、怒られるんだろ、社会に?」
「そうそう。世間は、マフィアに厳しいところもあるもんな」
「ええ。商売ってのは、イメージが大事なんだから。ルオ商会のこと、マフィアだとかニューホンコンで口にしないことね。よく動く舌が、行方不明になってしまうかもしれないわよ……?」
「……そうするー……」
「……ああ、そうしておこうぜ」
双子たちはニヤニヤしながら、その口もとを両手で覆い隠していた。相変わらず、どこか緊張感にかける連中ではある。
だが、ある意味では大物か?ルオ商会の『裏側』の、たぶん中心になろうとしている女を目の前にして、怯えもしないんだからな。
……いや。たんに、バカなだけかもしれんが。双子の保護者的な立場である大尉は、自分たちが、とんでもなく厄介なコトに巻き込まれていることに気がついていた。機密情報が、あちこちから飛び交うような場所に、オレたちみたいな脱走兵が流れつくなんてな。
世の中はどう動くか分からんものだなあ、『親友』よ……?
陸戦型ガンダムを破壊した来やがった、あの乱暴者なスペースノイドのことを思い出しながら、大尉は杏仁豆腐にスプーンを突き刺していた。
「……いい?このデータは、アナハイム・エレクトロニクスからの提供された、最新の『フェネクス』の情報よ。皆、『フェネクス』の動きを、頭に叩き込むようになさい。アンタたちが、相手するんだからね」
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