ACT139 『ルオ商会の晩餐』
「……最速の結果か……あの日、私とお前がリタを犠牲にしてしまった日から、もう十年も経っているんだぞ……リタが、どんな目に遭ったのか、私よりもお前の方が詳しいだろ」
どんなにそれが、最速の結果だったとしても……けっきょくのところ、自分たちは、あまりにも遅かったのだ。
リタ・ベルナルを救うために必要だった時間を、もう巻き戻すことは出来ないだろう。
「……私は、昨夜、リタの脳の一部が使われていたサイコミュ兵器と戦ったぞ……」
「……ええ。知っているわ。報告があったもの、ブリック・テクラートは、私の忠実なる秘書なんですからね」
「……あのことは、知っていたのか?」
「いいえ。それは知らなかった。信じてくれる?」
「それだけはな……でも、私に黙っていることが、まだまだあるんだろ……?」
ジュナ・バシュタ少尉の翡翠色の双眸に見つめられながらも、ミシェル・ルオの顔色は何一つ変わることはなかった。
彼女の唇が冷静に動いた。彼女が選んだ言葉を、その唇と舌で述べるために……。
「ええ、そうよ。貴方に伝えるには、あまりにも残酷な事実も、私はいくつも抱えている。でもね、それを共有するつもりはないわ。だって、その必要はない。悲しいコトなんて、誰しもが識るべきコトじゃないのよ……」
「……それが、リタのことでもかよ?」
「ええ」
「……リタ・ベルナルは、私たちの幼なじみだろうが?」
「そうよ。わかっているわよ。とても大切な幼なじみ。だからこそ……今になって……すべきことは、一つでしょう」
「……たしかに、そうだよなッ!!」
イライラしながら、ジュナ・バシュタ少尉は再び、鶏肉にフォークを突き刺していた。ムカつく。美味いけど、ムカつく。
けど、食べなければならない。モビルスーツでの戦闘も、軍用機での大陸間移動も、体には大きな負担となっている。どうにもならないほどに、体は疲れ果てているのだ……癒やさなければならない、『不死鳥狩り』を成功するために。
「……それで、お嬢さん方が不仲なのは分かったが」
「いいえ。とても仲良しですけれど?」
「……ああ、スマンね。おじさん、間違ったことを口走ってしまったようだよ。スマン、スマン。ホント、ドジなおじさんだよ……」
大尉はそんなコトを言いながら、酒をグビグビと呑んでいた。双子たちは、あの大尉を脅しているルオ商会の『巫女』に対して、畏怖と尊敬を抱く。
「……中将の前でも、あくびしているよーなダメ軍人なのになー……」
「……あの黒髪の姉ちゃんの前では、何でか、小さく見えちまうぜ……」
「……オレは、一般人なんだぜ?……常識的な生き物だ。ニュータイプだとか、『奇跡の子供たち』だとか、ルオ商会の特別顧問だとかとは、縁が遠い生き物だっつーの」
「ウフフ。それでも、超がつくほどの凄腕なんでしょう?」
「……どうかな。シェザール隊と、アンタの赤毛の幼なじみに、双子の部下ごとぶっ殺される予定だったらしいけどね……」
「その運命を、貴方の幸運が変えた。運は、間違いなく実力を反映しているものよ」
「東洋の神秘の占いが、そう告げるってか……ニュータイプの占い師が、顧問についている……地球最大の企業ってのは、ホント、恐ろしい集団だな……」
……最新鋭のモビルスーツも、どこからともなく用意しているわけだしな……。
「ジェスタが5機?……どういうコネがあれば、あんな機体を、あくまでも一企業が入手しているというんだ?……地球連邦軍の将軍クラスか、アナハイム・エレクトロニクス、そのどちらかにしか、無いはずの機体だってのによ……」
「私たちは、顔が広いのよ。およそ、欲しいモノは何だって手に入る」
「ハハハハ。あー……怖くなるぜ。オレは、どうして、こんなトコロにいて、死ぬほど美味いメシを食っているんだろうなぁ……?……これ、現実かな……?」
「夢だと疑うなら、オレ、大尉のことブン殴ってあげてもいいっすよー?」
「オレも参加するぜ。一度ぐらいは、大尉のことをブン殴る権利って、オレたち持っていると思うんだよな」
「ねえよ。オレを打ってもいいのは、モデル体型の美女だけだっつーの」
「大尉の性癖、わかんねー」
「ろくでなしっぽいことは、分かるんだけどな」
「本当に、面白い方々だわ……こんななのに、超がつくほど強いだなんてね?」
「……それは、オレだけだ。この双子どもは、それなりの腕しかない」
「でも、十分な戦力よ。貴方が指揮してくれるなら、貴方に懐いている彼らにも幸運が伝染するんでしょうしね」
「幸運ってのは、そんなインフルエンザウイルスみたいな性質があるのかい?」
「あるのよ。だから、貴方たち三人は、チームを組んでおくべきよ。そうしている間は、死ぬことはないわ……」
……三人一緒なら、大丈夫。
何とも、耳に痛すぎる言葉だと、ジュナ・バシュタ少尉は考えていた。私たちの場合は、そうじゃなかったし―――そもそも、けっきょく、バラバラになった。私たちは、『奇跡の子供たち』のハズなのに、神さまからは、愛されてはいなかったらしい……。
何だか、酒が呑みたくなってくる。ジュナ・バシュタ少尉はそんなことを考えて、赤毛をガシガシと掻きむしった。
昔の悪い癖が、久しぶりに出た。きっと、ミシェル・ルオが近くにいるからだと、彼女は考える。この場所は、とても居心地が悪かった……。
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