ACT118 『星への祈り』
「……ステファニー・ルオ。それもまた、ルオ商会。しかも、事実的なトップ」
「地球の政財界にもお詳しいんだな、ベテラン・パイロットさまは」
「有名人だからな。新聞を購読する伝統を継いでいる世代なんだよ、オレはな」
「勉強熱心だなー、さすが特殊部隊の隊長サンだぜ」
「うちらの大尉なんて、定期購読してる雑誌なんて、競馬新聞ぐらいのもんだ」
「……馬に詳しくなるのも、素敵なことじゃないか」
心にもない言葉を吐きながら、ジュナは『ネームレス2』のパイロットの隣りにしゃがみ込む。翡翠色の双眸を細めながら、彼女のなかに『残っていないか』探す……。
「……何をしているんだ?」
「……ニュータイプもどきの仕事だ。私の昔なじみたちが、コイツの精神に巣食っていないか、調べていた。オーガスタ研究所の、子供たちが……」
「そんなことが出来るのか?」
「出来る……ような気がするから、してみただけね」
「……姉さんも、ニュータイプっすかー?」
「そこそこ強かったぜ。オレたちより、ちょい上ぐらいに」
「……そんな程度だから、ニュータイプもどきだか、強化人間もどき止まりなのよね」
肩をすくめながらジュナは立ち上がった。
「……彼女の中に、その……いたのか?……オーガスタ研究所の子供たちが?」
「もう、いないわ」
「もう……ということは」
「入っていたような気がするから、そのせいで、この女は参っているんでしょうね」
「……死んだ子供の……精神と、接続するか」
「一部だろうけどね」
「で、でもよ?……そ、それってさー」
「……幽霊ってことかよ?」
「……そんなものかもしれないわ。ニュータイプには、そういう力もあるみたいなのよ」
サイコフレームに触れすぎたのかもしれない。自分でも、そんな能力があると思い込みたがっているのか?……いや、どこか自覚し始めている。ニュータイプには、生とか死とかの境界も越える知覚があるのだ……。
……ミシェルの考えに、私も毒されている?……でも、たしかに……私はオーガスタの子供たちを最初から認識していた。
手術室に向かって、けっきょく戻って来なかった連中。違う病棟に行ったと大人たちに伝えられたけど、半分ぐらいは嘘だって分かった。
半分は、その手術で殺されたんだ。頭を開かれて、脳をグチャグチャにされた。
ニュータイプの根拠を知るために……リタみたいに、脳の一部を取り除かれても、壊されても、生きていた子たちもいる……どれぐらい長く生きられたのか、分からないけど。
……きっと、健康な状態なんかじゃない。脳を壊されて、楽しい日々なんて遅れるはずがないだろ……?
自分が、自分じゃなくされる。殺されたんだ。殺されていたんだよな。リタ……お前は、あの日、脳の一部を取り除かれて、今までのリタじゃ、なくなっていた。
上を向く。
オーストラリアの星空を見つめるのだ。11月……南半球の『夏』の星座たちは、幼い頃からちっとも変わることはなかった。
変わらぬ星の光を、翡翠色の双眸で見つめながら、ジュナは考えていた。不吉な予想を。
……『フェネクス』を暴走させたのは、事故じゃなくて……お前の意志だったのか、リタ?……30人近く殺したのは、壊されてしまったお前の意志で……それは、お前の『復讐』だったのか?
……暴走直前で死んでいたとしても、全身がサイコフレームのモビルスーツなら、ニュータイプの執念だって宿すかもしれない。魂を、保存する。お前の『怒り』を保存して、『フェネクス』は復讐の鬼と化したのか?
……だとしても、私は……お前を許せるよ。だって、この世界は、お前に対して、あまりにも酷いことばかりをして来たんだから…………お前には、この世界に復讐する権利があるよ。
お前から、やさしさを奪って、怪物みたいなモビルスーツと繋いだのは、この狂いに狂った世界なんだから―――。
「―――シェザール7……泣いているのか?」
「……いいや、泣いていないさ。私は……そんなことしている場合じゃないんだから」
星空を―――宇宙を睨みつけながら、ジュナ・バシュタは決意する。改造されて変異してしまった左眼が疼き、それに構うこともなく星を追いかけながら誓うのだ。
「……『不死鳥狩り』のために、宇宙へと上がるぞ。私は……今のリタ・ベルナルに逢いに行く。そして……出来ることをしてやるんだ」
「……『不死鳥狩り』……か」
「……とんでもない任務だ。巻き込まれたことを、不運に思うことになる」
「……災いと業の深い任務というのなら、オレが行くべきだ。ニュータイプと深く関わる任務だというのなら……オレが相応しい。オレは、ニュータイプに、借りがある。命を助けられたんだ」
「……そうかい。それなら、きっと……『不死鳥狩り』のためにこそ、使うべき命なのだろう。『不死鳥』に乗っているパイロットは……リタ・ベルナルは……紛れもない、本物のニュータイプだったんだからな」
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。