ACT080 『空より来たりて』
イアゴ・ハーカナ少佐とフランソン大尉は、宇宙からの降下用ポッドに愛機であるジェスタで乗り込んでいる。
イアゴ・ハーカナ少佐は、こういった降下作戦の時には、いつもあの日の出来事を思い出してしまう―――箝口令が敷かれているし、軍からの命令に背くつもりはないが……彼の心は、あの日を忘れることが出来ないのだ。
……第二次ネオ・ジオン抗争の最終局面。アクシズの落下。連邦軍の『英雄』、ブライト・ノアらによるアクシズ爆破作戦は完全には成功することなく、アクシズの半分が地球への降下軌道に乗ってしまっていた。
モビルスーツを駆り、ネオ・ジオンの軍勢と戦いながらも、彼はその絶望的な光景に心を狂わせていた。
……どうして、スペースノイドは……ネオ・ジオンのヤツらは、シャア・アズナブルはこんなことが出来るのか?
……かつてのダカール演説は何だったのか?
地球を守るために人類は宇宙へと上がるべきだ。地球を貪るべきではない―――イアゴにはシャア・アズナブルがそう語っているように聞こえ、あの演説に心が動かされたこともある。
それなのに。
そのための方法論が、アクシズを落下させて、地球を無理やりにヒトが住めない環境にしようということだった?
……そんなのは極端すぎるし、厳しすぎる。それではまるで、自らの手で地球を破壊してしまうことになるのではないのか?
……ダカールでは、地球を守ろうと語った男が。地球の荒廃に、苦悩していたはずの男が。
……おそらく。そうでもしないと人類も地球も救うことなど出来やしない。その絶望を帯びた結論へと至ってしまったのだろう。シャア・アズナブルという男は。
そこまでの感情を抱けるということに対しても、イアゴ・ハーカナ少佐の理解を越えてしまっている。
何なのだろう、あの男の絶望の大きさは?……シャア・アズナブルはその人生で何を感じ取ったのいうのだろうか?
圧倒的な戦闘能力を見せつけた、ニュータイプとしての能力で、何かオレたちには感じ取ることさえ難しい、強大な絶望を見てしまったのだろうか?
あるいは、シャア・アズナブルがジオン・ズム・ダイクンの実子であったからか?父親の思想を継いで、それを実践するために生きて来たのだろうか?
……スペースノイドたちの偉大な指導者の子として、ジオン・ズム・ダイクンの理想を実現せねばという強迫観念じみた使命感に支配されていたのだろうか……?
……だとしても。
地球目掛けて降下していく巨大な惑星のカタマリは、世界を滅ぼしてまで変革させようとする、あの圧倒的な質量は―――イアゴ・ハーカナ少佐を始め、地球連邦軍のパイロットたちの全てを恐怖させていた。
オレたちは、シャア・アズナブルの絶望の大きさに、呑み込まれていたんだ。
とんでもない怒りに駆られた。敵として戦いながらも、どこかオレは期待していたことに、そのとき気がついた。
シャア・アズナブル、敵の総大将であるその男に、どこか信じたいという気持ちがあったということに。
シャア・アズナブルは地球を本当に破壊しようとしたりはしないはずだ。そんなことを勝手に期待して、裏切られた気持ちになってしまっていた。オレは、荒れた。ネオ・ジオンのヤツらに、怒り狂いながら攻撃を続ける。
敵を何人も殺したし、味方が何人も殺された。
皆が殺し合った。
敵も味方も大勢そこにいて、オレたちは怒りや焦燥感や憎しみってものに包まれていた。そうだ、絶望に呑まれて、殺し合いをしていく。
地球へ向かい、燃えながら落ちていくアクシズ。どれだけの破壊になるのか。人類も地球も、本当に終わってしまうのではないかという不安でいっぱいだった。
冷たいはずの宇宙が、あのときは熱くて、地獄の業火があふれ出しているような気がした。罰せられている気持ちにもなる。ヒトが分かり合うことを放棄した結果が、その暴力的な歴史の蓄積の末路が……この運命を選んだのだと。
誰もが、罪深い。
人類というものに対して、オレは本当に絶望していた。死の恐怖を戦場で感じることは多くあったが。あの時の感情は、説明することが難しい。
悲しくて、辛くて、ゲロ吐きそうで、寒くて、熱くて、痛々しくて、みじめで、泣けてきて……怒りにも満ちていて、狂っていて、絶望しちまっていた。
……それでも、オレは知っている。
世界は、あの日、終わることは無かったんだということを。
絶望に染まりながらも、戦う理由も頭から消え去っちまいながらも、落ちていくアクシズを涙があふれた瞳で見つめながらも―――オレたちは戦いを止めなかった。その後に及んでも、戦うことしか出来なかった。
それが運命なんだとも感じた。殺し合いながら、皆、何も得ることなく死んでいくことが……世界の終わりには相応しい行為なんだと、皆、あきらめちまっていたのによ。
それでも。
あの白いモビルスーツだけは、あきらめていなかった。
世界を終わらせないようにと、たった一機で、人類の罪深い業と戦おうとしていた。アムロ・レイと、彼が創り出したνガンダムは……アクシズ目掛けて堕ちていく。まるで、天使か何かを見たような気持ちになっていたよ。
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