ACT062 『赤い髪の生け贄』
―――ルオ・ウーミンはたしかに狂ってはいた。娘であるステファニー・ルオは彼の狂気のほんの一部しか知らないままだが、それでも十二分に嫌悪を催すほどに。
ニュータイプを求める行為でさえも、完璧には理解が出来ない。超人に憧れる?不死に憧れる?……どうかしている。ステファニー・ルオは実に常識的な人物であった。
だから、この行為もルオ・ウーミンはステファニーには秘密にしていた。
知られれば嫌われる―――ことを恐れたわけではない。
古き伝統に則り、この一連の聖なる儀式は、あくまでも威厳を信心をもって執り行う必要があるからだ。
ステファニーには、こうしてニューホンコンのルオ商会本社の一角で、この十年間行われて来た儀式を、知る権利がないのである。
……今、その部屋にいたのはミシェル・ルオと……『生け贄』となる少女だけであった。
少女は赤い髪をして、シルクの寝間着をつけている。その胸のふくらみは小さく、手足は細い。幼さを宿した体格を、欲情の宿る瞳で見つめながら、ミシェルは満足の吐息を放つ。
「……ああ。理想の体型よ。努力したのね、アミ」
アミと呼ばれた少女は、ビクリと体を震わせた。足音で誰かが近づいて来たことは理解していたのだろうが、その声で、自分の主であるミシェルだと気がついたのだ。
これから、ミシェルにどんなことをされるのかを理解しているアミは、恐怖に体を震わせる……。
その様子を楽しみながら、ミシェルは小柄なアミに近づいていく。アミの目の前に長身のミシェルが立った。
ミシェルは膝を少し折り曲げながら、アミの顔に頭を近づけていく。といっても、アミの顔には包帯が巻かれているため、その表情を見ることは出来ないのであるが。
それでも。ミシェルは信じている。アミの顔の骨格が、かつてのジュナ・バシュタに酷似していることも―――それを『微調整』してくれる、贔屓の整形外科医の腕前も。
あの医者は、ニューホンコンで活躍する芸能人の顔を作ってきた人物だ。最高の『彫刻家』の一人だものね。信じているわ。
「お顔の手術は、痛かったかしら?」
「……い、いえ。痛くはありませんでした、最愛なるミシェルさま……」
「そう。嬉しい言葉だわ。お顔は繊細だものね。痛がる子も多いのよ……術後は腫れるみたいだし……自分でも、しばらく見れていないのは、不安でしょ?」
「……は、はい……すこしだけ」
「素直な子は好きよ。だから、私好みになったお顔を、見せてくれるわね?」
「は、はい……包帯を、最愛なるミシェルさまの手で、お取りになってください」
「ウフフ。わかったわ」
ああ。誕生日プレゼントを開く子供の気持ちね!!……ミシェルは興奮をしながら、アミという名の幼気な少女から、その包帯を取り除いていく。
ゆっくりと包帯は剥ぎ取られていき、やがて、その下からはミシェルの理想としていた顔があらわになる。
「まあ!!アミ!!手術は成功よ!!顔の形も……そして、瞳の色も、私の一番、好きな色をしているわ!!」
「は、はい。ありがとうございます、さ、最愛のミシェルさま……っ」
アミは、そう言いつつも涙を浮かべていた。恐いのだ。自分の生まれ持っての顔が、ミシェルの願望のままに手術で変えられてしまったことが。
ルオ商会に大きな借金をしつつ倒産してしまった、モビルスーツ用構成の部品会社の一人娘。それが、アミであった。ルオ商会は借金を減らす代わりに、アミを寄越すようにと持ちかけた。
アミはルオ商会に売られた娘である。そして、ジュナに似ているアミを、ミシェルは『生け贄』として選んだのだ。
アミは……ミシェルに逆らえないまま、自分の顔に整形手術を施されて、よりジュナに似るようにと変えられたのだ。
自分の顔がどのようにされたのかを知らないアミは、不安でたまらない。その怯える様子を見ていると、ミシェルはたまらなくサディズムを充たしてしまうのだ。
「……もう、私のアミってば。そんなに泣かないの。前も可愛かったけれど、今はもっと可愛くなっているのよ?」
そう言いながら、ミシェルはコンパクトを開き、アミに自分の新しい顔を見せる。アミは、おそるおそるミシェルのコンパクトをのぞき込み、己の新たな顔を知るのだ。
「これが……私……?」
想像していたよりは、変わってはいなかった。瞳の色は、青からエメラルド色にされていて、頬の形や、鼻の高さは変わっているけど……自分らしさは減っているが、醜い顔にされたわけではない。
だが……自分の顔が変わってしまったことには、乙女としてショックもあるし、戸惑いもあった。
「……わ、私じゃ、ないみたいです……」
「そうね。でも。このおかげで、あなたのお父さんもお母さんも助かるのよ。大きな借金が、なくなって……やがては、昔みたいに三人で暮らすことも出来るようになるわ。みんな、アミががんばってくれたおかげでね」
「……は、はい……っ」
前時代的な発想ではあるけれどね。まあ、悪くない取引じゃあるでしょ?……アミも、別に死ぬわけじゃない。
「いい?……『生け贄』と言っても、私の操る宝刀で、体の『ほんの一部』を切られるだけなわけだから、安心しなさい」
「い、痛そうです……」
「まあね。でも。男に乱暴にされるより、きっと痛くないわ。私は、その血を啜るだけ。処女の血にはね、霊力を高める効能があるんですって。お父さまから言いつけなの。アミは、私にその血と霊力をくれるのよ。一緒に、がんばりましょうね!」
ミシェルは満面の笑みを浮かべながら、アミを励ますのだ。アミは、震えっぱなしであるが、それでも頭をうなずかせて、己の女主人に答えるのであった。
「は、はい。がんばります、最愛なるミシェルさま……っ」
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