ACT058 『シェザールの憂鬱』
「おかしなことに巻き込まれるか。特殊部隊をしていれば、こんなことに出くわす時もあるとは考えていたが……実際に巻き込まれると、腹も立つ」
「その分、報酬が魅力的だ。『危険手当』ということかもしれませんが、イージーでお得な任務もついている。地上に降りて、脱走兵たちのモビルスーツを破壊し、無力化する。それが、何故か宇宙で行う予定の『不死鳥狩り』の一環というのは、理解しがたいですね」
「……だとしても、断れないからな。特殊部隊は、上からの命令に背けば、即逮捕か、あるいは軍を追われることになる」
「我々なら、傭兵稼業も悪くないとは思いますがね……」
「根っからの連邦軍のモビルスーツ乗りとして生きて来た。パイロットとして使い物にならなくなるその日までは……オレは、この軍隊にいたいんだよ、フランソワ」
「オレも、連邦軍は嫌いじゃないっすよ。モビルスーツ・パイロットは天職だと考えていますから……」
そうだった。シェザール隊の連中は、何だかんだで連邦軍を気に入っている。
マズいメシに、安い給料。危険な任務もついてくるが……アナハイム製の高性能モビルスーツを乗りつぶすような勢いで使っていいということは、モビルスーツ・パイロットとしては最高の環境だ。
それを提供してくれる組織だから、地球連邦軍に忠誠を捧げてきたやったのだ。
しかし、アナハイムの裏切りが公になり、マーサ・ビスト・カーバインまで逮捕された今、イアゴ・ハーカナ少佐は、自分たちの生き方に疑問を感じている。
そして。こんな不安定な時期に、謎すぎる任務。しかも、ルオ商会まで絡んでくる?
部下を守らなければならない隊長としては、この理解しがたい状況に警戒心が生まれていた。
「……命令書を、コピーし、保管する。それでいいか?」
「……ええ。まずは、それが大事なことです。オレたちが、ルオ商会の私兵として、この任務に参加したと断じられないように……正規の軍令があったということを、保管しておきたいですね」
「どこに保管すべきだ?」
「公式のシステム内にも、保存しておくべきでしょう。もしも、我々の行動が軍規に反していたとされ、軍法会議にかけられた時……兵士の個人用通信網のなかに、その命令書のコピーの一つを乗せておけばいい」
「……命令書のコピーをか?」
「検閲ソフト相手じゃ、バレませんよ。まあ、少しだけ加工が必要ですが……とにかく、軍法会議にかけられた時、公式のシステム内に、我々の身の潔白を証明することが出来るデータが存在することは大きい」
「……それもまた、法を犯す行為ではあるがな」
「……ええ。ですが、あの通信システムは強固で、しかも十数万人の兵士たちと共有しています。削除不能のシステムに、我々が、あくまでも地球連邦軍の命令に従ったという証拠を残しておけば……より大きなスキャンダルに発展することを恐れて、フェアな裁定をしてくれるハズですよ」
「……外部に、弁護人を置いておくべきか?」
「ドール少将は?……彼とは、グリプス戦役と第一次ネオ・ジオン抗争を共に戦い抜いた仲ですし、彼は義に厚い人物です……我々のために、動いてくれるような気がしますが……?」
「……そうだな。あとで、連絡を入れておくよ」
「そうして下さい。この『不死鳥狩り』って任務は、おかしなことが多すぎる。何て、わざわざ地球に降りて、そこでイージーな任務を、助っ人をつけて行うのか……」
「……指揮権さえもらえるのなら、その助っ人とやらには好きにはさせないんだがな。どうして、地上で任務をこなす必要があるのか……何か、厄介な任務なのだろか」
「……その任務に絡むと、ルオ商会に従うほかなくなったり?」
「考えれなくもないだろう」
「……ええ。アナハイムの不正がバレて、アナハイム系の議員や高級軍人たちが次々と失脚している状況じゃ……どこに罠が潜んでいるのか、分かりません」
「はあ…………なあ、フランソワよ。オレは、この状況に追い詰められ過ぎて、ナーバスになりすぎてはいないだろうか?」
「……仕方ありませんよ。オレが隊長の立場なら、もっと悩んでいると思います。副長で良かったとは、よく思うんですが……今も、そんな気持ちになっているんですよ」
「少しは責任が軽くなるか?」
「……ええ。貴方よりは、気楽でいられますよ」
「……オレは、定年まで連邦軍のパイロットでいたかっただけなんだがな……他の腕っこきが、第二次ネオ・ジオン抗争で死んじまったから、仕方なくシェザールの一号機を受け継いで、特殊部隊なんざやっているんだよ……もちろん、気に入っちゃいるんだが……」
「今は……状況が状況ですから。皆、保身に走っておくべきですよ」
「……命令違反は久しぶりだよ。機密情報を、コピーして保存するなんてことはな」
「でも、その行為が、我々を救うことになるかもしれません。必要悪ということで、今回は割り切って下さい」
必要悪。便利な言葉ではあるな、そうイアゴ・ハーカナ少佐は考えてしまう。
だが、たしかに有効な手ではあるのだ。他の手を思いつける程、時間的な余裕もありはしない。
四時間半後には、オーストラリアに向けて降下することになる。わざわざ、モビルスーツと同伴してだ。地球用装備に交換するだけでも、かなりの時間を要した。
それなのに、作戦情報を信じれば、敵戦力は大したことのない連中と来ている……。
『不死鳥狩り』は、高い機密性を保っている任務だ。それなのに、どうして、オレたちはわざわざ、無意味に行動する……?
「……考えても、ムダか」
「ええ。すべきことをして、降下に備えましょう。我々に出来るのは、それぐらいです。地上での任務は……ハードになるのかもしれない」
「わかっている。しっかりと仮眠は取っておくよ。あちこちに、細工をした後でな」
「そうして下さい。では、また四時間後に」
「ああ。頼んだぞ、フランソワ」
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