三十三章 カルミラ王妃の目覚め
棺に近づく足音に、その中で目覚めたマリアンヌは恐怖に震えていた。
目覚めたらひんやりとした薄暗い場所である。
誰だってこのような場所で目覚めれば不安にもなるだろう。
声を出したくても思うように口が動かない。
体全体が痺れているような感じがするのは、仮死状態になっていた副作用の可能性があるなどと、彼女にわかるはずもないのだから、不自由さがあることに恐怖も追加されてしまう。
そんな彼女の心境などお構いなしに足音は近づくのだ。
これはもう、絶体絶命を覚悟するしかない。
高貴な存在として育てられてきたマリアンヌにとって、辱められることは自身にとっても先祖にとっても恥。
辱められても生き抜けという人もいるが、彼女はそのように教育はされていない。
辱められる前に自害せよ……これが高貴な存在として生まれ教育れてきた女のあり方だった。
刃先に致死量に近い毒が塗られた小刀を持ち歩いていたが、それはカーラ帝国に連れ戻された時に奪われてしまっている。
さて、どうしたらよいでしょう……と悩む。
悩む間にも足音は近づき、そしてとても近いところで止まった。
ぬっと何かが伸びてきて体に触れられる。
それが人の手であることに気づいたのは、薄暗さに慣れた目に映ったのが手のひらであったから。
しかし、その手が味方とは限らない。
思いっきり噛みついてしまおうかしら……そう思った時だった。
「マリアンヌ、余の声を覚えているか? 覚えているのであれば恐れることはない。余はそなたの味方だ。それと、ここにはタリアもいる。彼女のことを覚えているか? そなたを案じそなたとともにいることを望み、カーラ帝国の囚われ人となったタリアだ」
体の痺れはまだ抜けないが、言葉は理解できることがわかり、少しだけ恐怖が薄れていく。
しかし理解できることを伝えたくても思うように舌が動いてくれない。
タリアという名の女性のことはよく覚えていた。
あの日、彼女は祖国よりも自分を選び運命をともにすると言ってくれた。
だから、どんなことをしてでも彼女の命だけは守らなくてはと思ったのだ。
その彼女が生きてここにいる、それはこの状況の中でとても素敵な情報だった。
また、そう語る声にも聞き覚えがある。
嫁いでもなお身を案じこっそり連絡をとりあっていた……もし、その彼なら、これでわかるかもしれない。
マリアンヌは震える手で拳をつくり、横たわっている底を叩く。
トントントトトトン。
「……っう! なんてことだ。あの美しい声を失ってしまったのか……」
嘆く男に対し、マリアンヌは置かれている状態を伝える。
叩いた音を読みとることができるのであれば、それはもうルモンド本人で間違いない。
※※※
しばらくふたりの会話が続き、それを離れたところから聞いていたタリアには、彼女の状態が副作用から起こされていることだと感じた。
しかし今はふたりだけの会話を楽しませてあげようと、帝王に待つようにと言われた場所で辛抱強く待ち続けることにした。
そんなタリアももとに、帝王がマリアンヌを抱きかかえ戻ってきたのは、数分後のこと。
実際はそれほどの時間ではなかったのだから、時間の感覚がないこの場所にいると、非常に長く感じたのだった。
「マリアンヌ様。時間が経てば元に戻ります。すみません。あの部屋からお出しするには死んでいただくしかなく……」
「ああ、よいよい。彼女は賢明な女性だ。みなをいわずとも理解はしている。であろ?」
帝王が聞くとマリアンヌははにかむように笑ったような表情をして頷いた。
そして震える手でタリアの手を取る。
ふたりは二十年近く近くにいながらも会うことはできなかった。
再会を確認し、タリアの方から抱きしめてから、
「喜びはまたのちほどで。今は時間がありません」
と、感情を殺した。
それから帝王の方を見て問う。
「ここから港にでるにはどうしたらよいのでしょう?」
「ふむ、簡単なことだな。この水路をたどればよい。ここに運ばれた棺は船の乗せ王の墓地へと運ばれるようになっている。貴族たちの墓も別の場所にあり、帝王の側近や親類筋は国葬となるゆえ、ほぼここから船で外にでる」
国葬の規模に差があるらしいが、出棺は同じらしい。
「では、参りましょう。わたくしがマリアンヌ様を抱いたまま泳ぎますので、帝王は自力でとなりますが、体力はいかがでしょう?」
「問題ない。牢から出た時よりは体力はあるぞ。余のことは気にせず、そなたたちは前だけを見よ」
帝王の言葉を受け、タリアがマリアンヌを抱えて水に入ろうとした時だった。
「……タ、タリア。わたくし、およ、ぎ、ます。もう、へいき、です」
ぎこちない言葉が発せられた。
「マ、マリアンヌ様!」
「ま、まだ、うま、く、はな、せ、ない、けど、およ、ぐ」
「しかし……」
「タリア、じぶんの、ことだけ、かんがえ、て。ここ、でる、の、でしょう?」
「タリア、彼女の意思を尊重した方が賢明ではないか? 余が先導する。そなたは最後、真ん中にマリアンヌでよいな?」
「はい、仰せのままに」
目覚めたらひんやりとした薄暗い場所である。
誰だってこのような場所で目覚めれば不安にもなるだろう。
声を出したくても思うように口が動かない。
体全体が痺れているような感じがするのは、仮死状態になっていた副作用の可能性があるなどと、彼女にわかるはずもないのだから、不自由さがあることに恐怖も追加されてしまう。
そんな彼女の心境などお構いなしに足音は近づくのだ。
これはもう、絶体絶命を覚悟するしかない。
高貴な存在として育てられてきたマリアンヌにとって、辱められることは自身にとっても先祖にとっても恥。
辱められても生き抜けという人もいるが、彼女はそのように教育はされていない。
辱められる前に自害せよ……これが高貴な存在として生まれ教育れてきた女のあり方だった。
刃先に致死量に近い毒が塗られた小刀を持ち歩いていたが、それはカーラ帝国に連れ戻された時に奪われてしまっている。
さて、どうしたらよいでしょう……と悩む。
悩む間にも足音は近づき、そしてとても近いところで止まった。
ぬっと何かが伸びてきて体に触れられる。
それが人の手であることに気づいたのは、薄暗さに慣れた目に映ったのが手のひらであったから。
しかし、その手が味方とは限らない。
思いっきり噛みついてしまおうかしら……そう思った時だった。
「マリアンヌ、余の声を覚えているか? 覚えているのであれば恐れることはない。余はそなたの味方だ。それと、ここにはタリアもいる。彼女のことを覚えているか? そなたを案じそなたとともにいることを望み、カーラ帝国の囚われ人となったタリアだ」
体の痺れはまだ抜けないが、言葉は理解できることがわかり、少しだけ恐怖が薄れていく。
しかし理解できることを伝えたくても思うように舌が動いてくれない。
タリアという名の女性のことはよく覚えていた。
あの日、彼女は祖国よりも自分を選び運命をともにすると言ってくれた。
だから、どんなことをしてでも彼女の命だけは守らなくてはと思ったのだ。
その彼女が生きてここにいる、それはこの状況の中でとても素敵な情報だった。
また、そう語る声にも聞き覚えがある。
嫁いでもなお身を案じこっそり連絡をとりあっていた……もし、その彼なら、これでわかるかもしれない。
マリアンヌは震える手で拳をつくり、横たわっている底を叩く。
トントントトトトン。
「……っう! なんてことだ。あの美しい声を失ってしまったのか……」
嘆く男に対し、マリアンヌは置かれている状態を伝える。
叩いた音を読みとることができるのであれば、それはもうルモンド本人で間違いない。
※※※
しばらくふたりの会話が続き、それを離れたところから聞いていたタリアには、彼女の状態が副作用から起こされていることだと感じた。
しかし今はふたりだけの会話を楽しませてあげようと、帝王に待つようにと言われた場所で辛抱強く待ち続けることにした。
そんなタリアももとに、帝王がマリアンヌを抱きかかえ戻ってきたのは、数分後のこと。
実際はそれほどの時間ではなかったのだから、時間の感覚がないこの場所にいると、非常に長く感じたのだった。
「マリアンヌ様。時間が経てば元に戻ります。すみません。あの部屋からお出しするには死んでいただくしかなく……」
「ああ、よいよい。彼女は賢明な女性だ。みなをいわずとも理解はしている。であろ?」
帝王が聞くとマリアンヌははにかむように笑ったような表情をして頷いた。
そして震える手でタリアの手を取る。
ふたりは二十年近く近くにいながらも会うことはできなかった。
再会を確認し、タリアの方から抱きしめてから、
「喜びはまたのちほどで。今は時間がありません」
と、感情を殺した。
それから帝王の方を見て問う。
「ここから港にでるにはどうしたらよいのでしょう?」
「ふむ、簡単なことだな。この水路をたどればよい。ここに運ばれた棺は船の乗せ王の墓地へと運ばれるようになっている。貴族たちの墓も別の場所にあり、帝王の側近や親類筋は国葬となるゆえ、ほぼここから船で外にでる」
国葬の規模に差があるらしいが、出棺は同じらしい。
「では、参りましょう。わたくしがマリアンヌ様を抱いたまま泳ぎますので、帝王は自力でとなりますが、体力はいかがでしょう?」
「問題ない。牢から出た時よりは体力はあるぞ。余のことは気にせず、そなたたちは前だけを見よ」
帝王の言葉を受け、タリアがマリアンヌを抱えて水に入ろうとした時だった。
「……タ、タリア。わたくし、およ、ぎ、ます。もう、へいき、です」
ぎこちない言葉が発せられた。
「マ、マリアンヌ様!」
「ま、まだ、うま、く、はな、せ、ない、けど、およ、ぐ」
「しかし……」
「タリア、じぶんの、ことだけ、かんがえ、て。ここ、でる、の、でしょう?」
「タリア、彼女の意思を尊重した方が賢明ではないか? 余が先導する。そなたは最後、真ん中にマリアンヌでよいな?」
「はい、仰せのままに」
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