第九十五話
『これって、まさか?』
『例の金属の成れの果てだ。純金の十字架として、世の中を出回ったのか。運命がこの形を取るように仕向けたのかの、どちらかだ』
『……あと、何個あるんだ?』
『さてな。分からん。しかし、あるだけを回収すればいい。一定の量を回収することが出来れば、呪術は弱まるはずだし、呪術を構成するに足る量を下回れば―――』
『わかった。呪術そのものが消えてなくなっちまうってコトだな』
『そうだ。時間はかかるかもしれないが、オレはここで待っていれば良かったんだよ。この状態のオレにとっては、かなりの長期戦略が許されるわけだからな』
ボロボロになっているセンザンコウの剥製を見れば、長い時間が経過していることは分かる。しかし、百年以上も昔からの仕事なのかと思うと、ゴウトの苦労を思わずにはいられなくなった。
『大変だったな』
『ん。そうでもない、普段は眠り続けていられるからな。猫の形を持つ者になら、それがどれだけ楽しいことかは分かるんじゃないか?』
『ああ。お前、猫だもんな、本当は』
『……本当は、ヒトなんだぜ?』
『猫になっちまったヤツは、皆、そう言うんだろうな』
『おい、モルガナよ。お前の場合と、オレのはちょっと違うんだぞ。まあ、どうでもいいけどな』
『どうでもいいのかよ』
『そうだ。すべきことは一つだろ?』
『……そうだな。我が輩の目的も、ゴウトの目的も同じということか』
『異変が起きている。間違いない、『聖女の遺骸』の力を宿す十字架が戻って来た。その度に、この学園では災いが起きているのさ。被害者のなかには、呪いの一部に魂が組み込まれてしまっている』
『でも、今回は違うぞ。災いは、まだ起きていない』
『……そうだな。今回は、お前たちがいる。孤独な戦いをしなくても済みそうだ』
『誰も被害者を出さない。出す前に、我が輩たち『心の怪盗団』が盗んでみせるさ、その邪悪で危険な『お宝』をな』
『ドロボウが仲間になるとはな。公僕の一員としては、どういう判断をするべきかとも迷うが、お前の記憶によれば、善良な集団なようだ』
『ヒーローじゃあるぜ。腐った世の中を叩き直す、世直しのヒーローさ』
『義賊か。ならば葛葉の一員が関わったとしても、問題はあるまい』
『……ゴウト。教えてくれるな。どうすれば、我が輩たちは、その『十字架』を見つけられるんだ?それを見つけられたら、吉永比奈子たちは、呪いの一部じゃなくなるのか?』
『……後半の問題は簡単だ。呪いに囚われて、その一部となった者の魂は、『十字架』を回収し、解呪を続ければ解放されることになる』
『……そうか。そっちは、安心した。我が輩は、吉永比奈子にしてやれることがあるわけだからな。でも……うん、考えればそうだ。予測が出来れば、お前がどうにかしているよな?』
『ああ。なかなか、予測するのが困難だ。とくに、呪いが顕在化するより先はな』
『……城ヶ崎シャーロットという女の子が、昨夜、吉永比奈子に襲われていた。我が輩たちが助け鳴れば、たぶん、殺されていた』
『……いつもは、そうやって出来た死体から、呪いの臭いを辿るんだがな』
『城ヶ崎は生きている。生きていると、呪いは探れないのか?』
『呪いにはいくつか種類があってな。この呪いは、本来、見つけにくい……だが、お前たちには特殊な結界があるようだな。呪いの生んだ空間に、己を運ぶ特殊な結界が』
『ああ、『異世界ナビ』だ』
『……その、『異世界ナビ』とやらで『呪いの世界』に入れば、殺された被害者の痕跡を辿らなくても、『十字架』の場所を探れるかもしれんな。あるいは、呪いそのものを倒すことも出来るのかもしれない』
『……出来るのか?我が輩たちは、機能、それなりに暴れてみたが、それでも呪いはフツーに動いているように気がする』
『お前たちが倒したのは、呪いの中心ではない。そこから漏れ出た呪いだ。いわば、影だからな……しかし、本体を見つけ、その場所にいる存在を倒せれば、呪いを破壊出来るかもしれない』
『どすればいい?知恵を貸してくれ、ゴウト』
『十字架を一つ貸す。この十字架には、オレが術をかける。そうすれば、『呪いの世界』に行けば、方位磁針のように目的地を示すかもしれない。だが、世界の位相が正しくなければ、反応しないだろう』
『世界の位相?』
『似て否なるズレがある。おそらく、お前たちが昨夜、誘われた世界には、呪いの本体はいない』
『……なるほど。入るべきパレスが違うってことか……』
『他の怪談にまつわる『呪いの世界』に入ることが出来れば、理想的だろう。怪談は呪いの結果に生まれた存在だ。どれかに、原因がいる』
『……怪談話……七不思議を探さなくちゃならないのか。というか、七不思議に遭遇しないといけないのか?』
『お前たちの術をオレは把握しきってはいないからな。なんとも断言しがたい』
『……そうか。なあ、他の七不思議について情報を教えてくれるか?』
『……教えてやりたいのは山々だが』
『まさか、知らないのか?』
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