生還
だが誰かが「水、ですね」と確認してくれる。
頷かなくては……と思っても体はなにひとつ動きそうにない。
指先ひとつ、瞼でもいい、動け! と念じたが通じたかどうかはわからない。
が、すぐに乾いた唇が潤っていくのがわかる。
かすかに唇を開き、その隙間から流れてくる水を飲み込んだ。
喉を通り食道を通っていくのがわかる。
ああ、生きている……そう実感した瞬間、ふたつの瞼が同時に見開いた。
「ジェラルド軍曹! 少女の意識が戻りました!」
若い男性の声が響く。
続いてシャールの瞳に見知った顔が写った。
「ジェラルド……さん?」
「シャールさん、わかりますか?」
「……はい。ここは?」
「軍の医療テントです」
「私は……」
「汽車と軍の設営テントとの間で倒れていたんですよ。隣にはライザ少尉が。少し離れたところにハンク曹長が。まるで、あなたたちと手を取り合おうとしているかのように倒れていました。なにがあったか、覚えていますか?」
「霧が……」
「霧、ですか? たしかに昨晩はものすごい霧でしたが、今は晴れてとてもきれいな日の出です」
「夜が明けたのですか?」
「そうです。霧が晴れたことによって、あなた方を発見することができました。ただ、蔦の処理をしていたはずの少佐の姿が見あたりません」
「……少佐の姿?」
霧で隠されていたような記憶が次第に鮮明になっていく。
なにかを思い出さなくては……だけどなにを?
シャールは混乱している記憶をどうにかしてとめようとした。
「ライザさんとハンクさんは、無事ですか?」
「無事です。あなたが無事なのですから、あのふたりのことは心配しなくても大丈夫です」
「ふたりと話せますか?」
「……それは構いませんが……」
ひと通りの検査が終わり次第、会えるとジェラルドは言った。
その言葉通り、ふたりとすぐに再会することができた。
「三人の会話に、私も同席させていただいてもよろしいでしょうか?」
拒絶できない雰囲気があるが、もとより、ジェラルドにも参加してもらうつもりだった三人は同時に頷いた。
「シャールが無事でよかったわ」とライザ。
「検査ってなにがあったんですか?」
「それがね、なんかよくわからないんだけど、中毒症状が出ていたとか言われて」
「私は?」
「微量だけど……少し問診されたでしょう?」
「……はい」
「それで問題はないって判断されたのよ。ほら、私とハンクの体を隅々まで調べた後だったから、投与役の効果もあってか、あなたは大丈夫ってこと」
自分が最後だったことを改めて知ったシャール。
そしてここがリアルであることを実感し、脱出は大成功だったのだと知った。
だが、果たして本当に大成功だったのだろうか。
三人はそれぞれが思ったこと感じたこと、共有していたことなどをジェラルドに報告をした。
「信じがたいことですな。三人とも夢を見ていたのではないでしょうか? 中毒症状がありましたので、その副作用ともいえます。現実ではありえません」
たしかに、それがまともな反応だろう。
だが、彼らが体験したことは本当のことだ。
現に、クロードの行方がわからないままになっている。
「その中毒のことだが」とハンクが切り出すと、ライザもその情報が知りたいと身を乗り出す。
ふたりがかりで迫られたジェラルド軍曹は咳払いをひとつだけして、間を取る。
「詳細はまだ不明ではありますが、人体になにか危険をもたらす作用はなさそうです。とはいえ、意識の回復に時間がかかりましたので、催眠作用や幻覚作用などはあるのかと。ですから」
といったん話をとぎり、三人の顔を見渡したのち、
「三人が偶然、同じ夢を見ていたというのが結論ではないでしょうか」
と、三人の報告をまとめにかかった。
「でも……!」
その結論に待ったをかけたのはシャールだった。
「でも、少佐はまだ見つかっていないんですよね? ほかの方々はどうだったんですか? 少佐とともに蔦の処理をしていた方々です」
「ああ、それは……なんといいますか、あなた方と同じように中毒症状があり意識を失った状態で発見されています。車内中で。しかし、外の作業に携わっていた少佐と数人の隊員の姿は不明です」
「車外で作業していたのは少佐だけではなかったのですか?」
言い方はそれぞれ違ってはいたが、三人はそのようなニュアンスの言葉を口にした。
そこに食いついてきた三人に対し、軍曹はそこになぜ食らいついてくるのかがわからない。
平静を保ちつつ、「どうしてそこに拘るのです?」と聞き返した。
三人を代表してライザが答える。
「少佐はみんな死んだというようなことを言っていました。彼の中では部下とともに戦場で戦っている感じでしたが、私たちの目には少佐しか見えませんでした。ほかにも少佐の側にいたというのであれば、少佐が仲間は死んでいった……と思ったのも頷けます。とすれば、その人たちはどこにいったのでしょう? ただ、私とハンク、そしてシャールは共にいましたが別々のものを見て体験しています。ですから」
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