多岐亡羊
それにしても。にっこり微笑む、うら若い女性とふたりっきりというのは、なんというか、間が持たない。これが良い具合に同年代か、けっこうな年上のおばちゃんとかだったら、どんなに気楽だっただろうか。オレ、お得意の性別を越えた人間愛スキルで場の空気を和ませ、華やかなトークに潤いを感じさせるハズだ。……たぶん。
「……あぁ、でも。キレイすぎて、辛い」
またもうっかり、口に出してしまっていたが気がつかない。迂闊な自分の言葉に、ダラダラ出てくる汗に気をとらわれるばかりだ。失礼極まりない呟きでさえ、コロコロ鈴がなるようにしとやかに微笑んでくれるのが、せめてもの救いかもしれない。
「それにしても」
この場はやっぱり佐藤のことについて言及しておかなければならない。
「この度は、担当の佐藤が遅刻してしまい、申し訳ありません。あの、それから先日の……」
「あ、あの」
くすりとまた、笑顔がこぼれ鈴のような優しい声が、気にしないでくださいとなだめてくれた。
「慌ててらしたんでしょう。佐藤さんからは緒方さんのこと、とても優秀なベテランさんだと聞いておりますから、安心しています。それで、この間……」
「それでしたら、すぐに返事ができると思います。先日、佐藤と話しておりまして」
佐藤とふたりでつめていた内容をあらかじめ説明し、なんとか書類のサインをもらうことに成功した。
「……アイツ」
仕事にてを抜くやつじゃないことは知っている。なのに、俺にたいしてなのか丸投げなんて許せない。
「急に、資料と説明だけメールでよこしやがって」
なんとかすんだと言ってもあり得ないし、相手に失礼だ。
せっかく、ひと仕事終えたあとなのに、イライラが止まらない。契約が決まった日はいつだって充実感でいっぱいになる。それなのに、俺の充実感を返せ!
「佐藤。この、……なめんなよ」
いつもは、やっぱりパワハラ対策というか、圧を感じさせないおちゃらけた雰囲気で怒りをごまかしながらの説教だか、今回は違う。明らかに仕事なめ腐った対応に心底、腹が立つ。何より、後輩として佐藤を信頼していた分、変に裏切られた気がしてならない。
イライラを変え込んだまま、階段を降りると呑気にあくびをかます佐藤を見かけてしまった。ヤバいと焦ってみたものの気持ちが収まらない。
「お前、ちょっとこっちこい」
イライラ気分もそのままに行動すると、せっかくの胸キュンな壁ドンも、この迫力だとギュンって感じで違う。なにより今どき、胸ぐらつかむなんて、暑苦しい昭和の青春ドラマぐらいだと思っていた。
「っつ。もうちょっと。優しくできないものですかね? 」
悪びれもせず、しれっと答える感じがまた、ムカつく。
「…お前っっ」
こみ上げてくる怒りに、はたとなんでだろうと疑問もわいてくる。仕事を真面目にしなかったこいつが悪い。それに、こんなのいつもの俺じゃないし。いつもなら、しれっと自分の手柄にカウントして、ボーナスに色を付けてもらえばいいのだ。顧客も俺の対応で喜んでいたじゃないか。何てことない、俺さえ問題なければ会社も顧客もWinWinの関係だ。
「……だな。」
それなのに、怒りに任せて乱暴をしたことにどうしても、詫びる気にはなれなかった。個人的には、佐藤を殴り付けなかっただけでも、誉めてもらいたいものだ。握りしめた拳はいく宛などはなからなかったみたいに、振り上げられることもなく、ワナワナ揺れている。
だからだろうか。いつものように、すぐに言い返して来る佐藤が言った言葉は、全く届かなかった。頭のなかでなんか、言ったなレベルで、脳が侵入を拒否しているようだ。
「お前……。仕事…、なめんな」
それでも、懸命に振り絞って捨て台詞吐く日が来ようとは、自分でもビックリする。
「僕、次の仕事があるんで失礼しますね」
ありったけの仕事に対する熱いものをぶつけているハズなのにそれでも、興味なさげに佐藤の声は、どこか投げやりで冷たく機械的だ。いつもなら、言われた分だけ、ずけずけお返しとばかりに言い返してくるのに何もない。そればかりか、困ったように微笑む佐藤の顔を忌々しげに睨み付ける。俺、何様なんだろう。
「…おう」
佐藤の態度を見ていると、自分の熱量との落差に、気まずくなり、目が泳いでしまう。
なんだろう。なんだろう。なんだろう。
落ち着かない。可愛いらしい最愛の雛鳥の巣立ちが受け入れないとでも言うのだろうか?そもそも優秀な佐藤に、オレのような教育がまだいるとは思えない。それなのに、つい楽しくていつまでもいつまでも指導だと称して、手伝……。ちょっかいかけていたのが、迷惑だったのかもしれない。そういうことなら何となく、佐藤のこの態度もわかる気がする。あー、いや。まぁ……。もう、そういうことなのかも知れない。それならまぁ、仕方がない。
なんだか、気分だけでも充分、本当に裏切られたようなきがして空しくなる。もういい。勝手にしやがれってなもんだ。
「続く」
「……あぁ、でも。キレイすぎて、辛い」
またもうっかり、口に出してしまっていたが気がつかない。迂闊な自分の言葉に、ダラダラ出てくる汗に気をとらわれるばかりだ。失礼極まりない呟きでさえ、コロコロ鈴がなるようにしとやかに微笑んでくれるのが、せめてもの救いかもしれない。
「それにしても」
この場はやっぱり佐藤のことについて言及しておかなければならない。
「この度は、担当の佐藤が遅刻してしまい、申し訳ありません。あの、それから先日の……」
「あ、あの」
くすりとまた、笑顔がこぼれ鈴のような優しい声が、気にしないでくださいとなだめてくれた。
「慌ててらしたんでしょう。佐藤さんからは緒方さんのこと、とても優秀なベテランさんだと聞いておりますから、安心しています。それで、この間……」
「それでしたら、すぐに返事ができると思います。先日、佐藤と話しておりまして」
佐藤とふたりでつめていた内容をあらかじめ説明し、なんとか書類のサインをもらうことに成功した。
「……アイツ」
仕事にてを抜くやつじゃないことは知っている。なのに、俺にたいしてなのか丸投げなんて許せない。
「急に、資料と説明だけメールでよこしやがって」
なんとかすんだと言ってもあり得ないし、相手に失礼だ。
せっかく、ひと仕事終えたあとなのに、イライラが止まらない。契約が決まった日はいつだって充実感でいっぱいになる。それなのに、俺の充実感を返せ!
「佐藤。この、……なめんなよ」
いつもは、やっぱりパワハラ対策というか、圧を感じさせないおちゃらけた雰囲気で怒りをごまかしながらの説教だか、今回は違う。明らかに仕事なめ腐った対応に心底、腹が立つ。何より、後輩として佐藤を信頼していた分、変に裏切られた気がしてならない。
イライラを変え込んだまま、階段を降りると呑気にあくびをかます佐藤を見かけてしまった。ヤバいと焦ってみたものの気持ちが収まらない。
「お前、ちょっとこっちこい」
イライラ気分もそのままに行動すると、せっかくの胸キュンな壁ドンも、この迫力だとギュンって感じで違う。なにより今どき、胸ぐらつかむなんて、暑苦しい昭和の青春ドラマぐらいだと思っていた。
「っつ。もうちょっと。優しくできないものですかね? 」
悪びれもせず、しれっと答える感じがまた、ムカつく。
「…お前っっ」
こみ上げてくる怒りに、はたとなんでだろうと疑問もわいてくる。仕事を真面目にしなかったこいつが悪い。それに、こんなのいつもの俺じゃないし。いつもなら、しれっと自分の手柄にカウントして、ボーナスに色を付けてもらえばいいのだ。顧客も俺の対応で喜んでいたじゃないか。何てことない、俺さえ問題なければ会社も顧客もWinWinの関係だ。
「……だな。」
それなのに、怒りに任せて乱暴をしたことにどうしても、詫びる気にはなれなかった。個人的には、佐藤を殴り付けなかっただけでも、誉めてもらいたいものだ。握りしめた拳はいく宛などはなからなかったみたいに、振り上げられることもなく、ワナワナ揺れている。
だからだろうか。いつものように、すぐに言い返して来る佐藤が言った言葉は、全く届かなかった。頭のなかでなんか、言ったなレベルで、脳が侵入を拒否しているようだ。
「お前……。仕事…、なめんな」
それでも、懸命に振り絞って捨て台詞吐く日が来ようとは、自分でもビックリする。
「僕、次の仕事があるんで失礼しますね」
ありったけの仕事に対する熱いものをぶつけているハズなのにそれでも、興味なさげに佐藤の声は、どこか投げやりで冷たく機械的だ。いつもなら、言われた分だけ、ずけずけお返しとばかりに言い返してくるのに何もない。そればかりか、困ったように微笑む佐藤の顔を忌々しげに睨み付ける。俺、何様なんだろう。
「…おう」
佐藤の態度を見ていると、自分の熱量との落差に、気まずくなり、目が泳いでしまう。
なんだろう。なんだろう。なんだろう。
落ち着かない。可愛いらしい最愛の雛鳥の巣立ちが受け入れないとでも言うのだろうか?そもそも優秀な佐藤に、オレのような教育がまだいるとは思えない。それなのに、つい楽しくていつまでもいつまでも指導だと称して、手伝……。ちょっかいかけていたのが、迷惑だったのかもしれない。そういうことなら何となく、佐藤のこの態度もわかる気がする。あー、いや。まぁ……。もう、そういうことなのかも知れない。それならまぁ、仕方がない。
なんだか、気分だけでも充分、本当に裏切られたようなきがして空しくなる。もういい。勝手にしやがれってなもんだ。
「続く」
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