2話 ロベリアの夜明け
1963年10月12日、僕は無意味に歯を食いしばりながら、霧に侵された複雑で狭い路地を急ぎ足で進んでいた。
やっぱり持ち歩いておくべきだった……!
帰ったらすぐに薬を飲んで寝よう……。
何にも向けられない僕の拳はいつもより早く往復する。
このように僕がひどくせかせかとしているのは、治まりかけていた神経症の症状が再び現れてきたからだ。
こうなると薬を服用しなければどうすることもできない。しかし、症状を抑えるための抗不安薬は自宅にしかない。少し前までは持ち歩いていたが、最近は良くなってきていたため家に置いてくるようにしたのだ。
しかし、それは間違った選択だった。
イライラの発端は図書館での勉強中に不良のファーリーとホーフェルトが邪魔をしてきたことだろう。
本を読む気も勉強する気もないのならばわざわざ図書館に来るな! いったい何がしたくてそんなことをするのだろうか。
別のことを考えても、何かに集中しようとしても、すぐにあいつらの顔が浮かび上がってきてしまう。イライラはよりひどくなる一方だ。
そういえばあいつら、ダビルと一緒じゃなかったな。いつも金魚の糞みたいにくっついているのに。
そんなことはどうでもいい! この角を曲がれば――。
僕は思わず足を止めた。ある人物が行く手を阻んでいたからだ。
「よぉ、優等生君。随分と急いでいるみたいだな」
そこにいたのはケリー・ダビル。不良集団のリーダーだ。父のローメ・ダビルは都市ベッグのマフィアグループの一つ、ダビル・ファミリーのボスだという。
金に染まった短髪の男は僕の自宅へと至る狭い道に仁王立ちしていた。
「悪いがあんたに構っている暇はない。通らせてもらう」
僕は一刻も早く帰りたかったため、ダビルをのけて脇を通ろうとする。
しかし、案の定目つきの悪い男は僕の肩に腕を組ませて立ち止めを食らわせてきた。
「まあそう言うなよ寡欲な幸せ者さん。俺はあんたに深~く関係するビッグニュースを伝えに来たんだぜ?」
そう言うと、ポケットから何やら紙切れらしきものを取り出した。
動き方からして、薄いが硬い材質のものだ。
だがこいつのことだ。どうせろくな情報じゃない。
「どうだっていい。そうだ、取り巻きはどうした? まさか、縁でも切られたか?」
ダビルは僕の言葉を聞いて一瞬表情を失うも、すぐに鼻で笑って僕を転ばそうとした。
僕は地面に手をついて転ぶのを回避する。
「これからお前に伝えようとしている情報は非常に重要なことだ。重要なことはできる限り少ない人数で話すべきだろう? だから俺はあいつらを連れてこなかった。つまり、俺の優しさってわけ」
腰をかがめている僕の顔の前に、さっきの紙切れのようなものを差し出し、ハハハと嘲笑する。
「じゃあ早く教えろよ。僕にも関わる重要なニュースを」
僕は体勢を整え、パンパンと手についた土汚れを払う。
「ああ、いいぜ」
するとダビルは顔を僕の耳元まで近づけ、僕に伝言した。
しかし、その内容は嘘としか思えないような非常に馬鹿らしいものだった。
「ふっ、そんなつまらない嘘を伝えるためだけにこんなところでずっと僕を待っていたのか?」
僕は思わず鼻から笑いを漏らしてしまう。
「それじゃあ聞くが、お前は今日カルネヴァルに会ったか?」
ダビルの表情には若干の怒りが見られるが、かすかに笑みも残っている。
「いいや。だが彼女は昨日咳をしていた。きっと季節の変わり目もあって風邪でもひいたんだろう」
そうだ、ありえない。今日彼女が都市学校に来なかったのは偶然だ。
「そう信じたいだけじゃないのか? 人間は信じたいことを立証するために都合のいい物事を選択して認知する。お前はそんな心の弱い人間なのか?」
さすがにイラついてきた。変に煽られもするし。もう話を切って帰ろう。
「いい加減にしろよ。しつこいんだよ。あんたは嘘をつく脳すらも足りなかったみたいだな。思わず笑ってしまったが、あまりにもくだらない。とっとと帰れ」
僕はそう言って三流の嘘つきに背を向けた。
「待て待て! どうしても信じないっていうんだな。だが、これを見れば信じるしかなくなる」
ダビルは再び僕の肩に腕を組ませ、紙切れのようなものをチラつかせる。
「裏に『ドッキリ大成功』とでも書いてあるのか? 絶望に陥った僕を見たかったようだが残念だったな。僕はあいにくイラついているもんでね」
僕は執念深い不良の腕を払いのけようとした。しかし、腕にはがっちりと力が込められていて動かない。
「あまり馬鹿にするなよ? 俺もお前ももう子どもじゃないんだぜ? それとも見るのが怖いのか? 信じたくないから見ない。そんなんでいいのか?」
どうやら彼はどうしても僕に紙切れのようなものを見せたいらしい。
「わかったよ。見ればいいんだろ? 見たらすぐ帰るからな」
僕は眉間に皺が寄っているのを感じつつも言った。
「さあ、すぐに帰れるかな?」
ダビルは急に満足そうな笑みを浮かべると、ゆっくりと紙切れのようなものを裏返した。
僕は、目を見張った。
「……はぁ?」
彼に見せられたものは信じられないものだった。信じられないが、彼の言った通り、信じざるをえないものだった。
「だから言っただろ?『カルネヴァルが嬉々として俺たちと寝た』って」
やっぱり持ち歩いておくべきだった……!
帰ったらすぐに薬を飲んで寝よう……。
何にも向けられない僕の拳はいつもより早く往復する。
このように僕がひどくせかせかとしているのは、治まりかけていた神経症の症状が再び現れてきたからだ。
こうなると薬を服用しなければどうすることもできない。しかし、症状を抑えるための抗不安薬は自宅にしかない。少し前までは持ち歩いていたが、最近は良くなってきていたため家に置いてくるようにしたのだ。
しかし、それは間違った選択だった。
イライラの発端は図書館での勉強中に不良のファーリーとホーフェルトが邪魔をしてきたことだろう。
本を読む気も勉強する気もないのならばわざわざ図書館に来るな! いったい何がしたくてそんなことをするのだろうか。
別のことを考えても、何かに集中しようとしても、すぐにあいつらの顔が浮かび上がってきてしまう。イライラはよりひどくなる一方だ。
そういえばあいつら、ダビルと一緒じゃなかったな。いつも金魚の糞みたいにくっついているのに。
そんなことはどうでもいい! この角を曲がれば――。
僕は思わず足を止めた。ある人物が行く手を阻んでいたからだ。
「よぉ、優等生君。随分と急いでいるみたいだな」
そこにいたのはケリー・ダビル。不良集団のリーダーだ。父のローメ・ダビルは都市ベッグのマフィアグループの一つ、ダビル・ファミリーのボスだという。
金に染まった短髪の男は僕の自宅へと至る狭い道に仁王立ちしていた。
「悪いがあんたに構っている暇はない。通らせてもらう」
僕は一刻も早く帰りたかったため、ダビルをのけて脇を通ろうとする。
しかし、案の定目つきの悪い男は僕の肩に腕を組ませて立ち止めを食らわせてきた。
「まあそう言うなよ寡欲な幸せ者さん。俺はあんたに深~く関係するビッグニュースを伝えに来たんだぜ?」
そう言うと、ポケットから何やら紙切れらしきものを取り出した。
動き方からして、薄いが硬い材質のものだ。
だがこいつのことだ。どうせろくな情報じゃない。
「どうだっていい。そうだ、取り巻きはどうした? まさか、縁でも切られたか?」
ダビルは僕の言葉を聞いて一瞬表情を失うも、すぐに鼻で笑って僕を転ばそうとした。
僕は地面に手をついて転ぶのを回避する。
「これからお前に伝えようとしている情報は非常に重要なことだ。重要なことはできる限り少ない人数で話すべきだろう? だから俺はあいつらを連れてこなかった。つまり、俺の優しさってわけ」
腰をかがめている僕の顔の前に、さっきの紙切れのようなものを差し出し、ハハハと嘲笑する。
「じゃあ早く教えろよ。僕にも関わる重要なニュースを」
僕は体勢を整え、パンパンと手についた土汚れを払う。
「ああ、いいぜ」
するとダビルは顔を僕の耳元まで近づけ、僕に伝言した。
しかし、その内容は嘘としか思えないような非常に馬鹿らしいものだった。
「ふっ、そんなつまらない嘘を伝えるためだけにこんなところでずっと僕を待っていたのか?」
僕は思わず鼻から笑いを漏らしてしまう。
「それじゃあ聞くが、お前は今日カルネヴァルに会ったか?」
ダビルの表情には若干の怒りが見られるが、かすかに笑みも残っている。
「いいや。だが彼女は昨日咳をしていた。きっと季節の変わり目もあって風邪でもひいたんだろう」
そうだ、ありえない。今日彼女が都市学校に来なかったのは偶然だ。
「そう信じたいだけじゃないのか? 人間は信じたいことを立証するために都合のいい物事を選択して認知する。お前はそんな心の弱い人間なのか?」
さすがにイラついてきた。変に煽られもするし。もう話を切って帰ろう。
「いい加減にしろよ。しつこいんだよ。あんたは嘘をつく脳すらも足りなかったみたいだな。思わず笑ってしまったが、あまりにもくだらない。とっとと帰れ」
僕はそう言って三流の嘘つきに背を向けた。
「待て待て! どうしても信じないっていうんだな。だが、これを見れば信じるしかなくなる」
ダビルは再び僕の肩に腕を組ませ、紙切れのようなものをチラつかせる。
「裏に『ドッキリ大成功』とでも書いてあるのか? 絶望に陥った僕を見たかったようだが残念だったな。僕はあいにくイラついているもんでね」
僕は執念深い不良の腕を払いのけようとした。しかし、腕にはがっちりと力が込められていて動かない。
「あまり馬鹿にするなよ? 俺もお前ももう子どもじゃないんだぜ? それとも見るのが怖いのか? 信じたくないから見ない。そんなんでいいのか?」
どうやら彼はどうしても僕に紙切れのようなものを見せたいらしい。
「わかったよ。見ればいいんだろ? 見たらすぐ帰るからな」
僕は眉間に皺が寄っているのを感じつつも言った。
「さあ、すぐに帰れるかな?」
ダビルは急に満足そうな笑みを浮かべると、ゆっくりと紙切れのようなものを裏返した。
僕は、目を見張った。
「……はぁ?」
彼に見せられたものは信じられないものだった。信じられないが、彼の言った通り、信じざるをえないものだった。
「だから言っただろ?『カルネヴァルが嬉々として俺たちと寝た』って」
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