19話 ワックスフラワーの短剣
夜の冒険者ギルドは宴会場同然だった。
顔や身体にいくつもの傷を負った筋肉質の冒険者たちがエールいっぱいの樽木ジョッキを掲げて訳のわからない怒号を上げている。
カルネヴァルとフェッドは衛兵テッラシーナの後ろに隠れ、震えながらその様子を見てた。
「なんですかこの人たち……。ただの酒飲みじゃないですか!」とカルネヴァルはテッラシーナにささやく。
「ベッグの冒険者たちは気性が荒いとは聞いていたけれど、まさかここまでとは私も思わなかったな」とテッラシーナ。
「やっぱりこんな人たちじゃグロムを探してくれないよ! ここにいるやつらはただでかいトカゲを狩って楽しむだけの享楽者なんだよ!」とフェッド。
「とはいえ彼らの腕は確かだと評判にもなっている。依頼してみる価値は少なからずあるだろう」
すると顔を赤らめた程度の冒険者が制服姿の衛兵に気づき、声を上げた。
「げっ、衛兵! どうしてこんなところに! 俺らはお前らが来るようなことなんかしていないぞ!」
そのスキンヘッドの冒険者は口をパクパクさせつつも、ジョッキをもったまま臨戦態勢をとった。
彼の声を聞いた、近くの冒険者たちも目の色を変えて立ち上がる。なかには武器を持っている者もいた。
「落ち着け! 私は調査しに来たのではない。依頼をしに来たのだ」
殺気立っている冒険者と対照して、テッラシーナは冷静で、威厳を保っていた。
そこに立っている者のなかで最も目つきの悪い大男が歩み寄ってくる。
「何、依頼だァ? ついに治安組織である衛兵府は自らの問題にも対処できなくなっちまったか! ガッハッハ!」
「厳密には、依頼するのは私ではない」
テッラシーナは後ろで縮こまっている二人を目で示す。
フェッドは卒倒した。
「ほぉ、意気地なしの坊ちゃんと、か弱いお嬢ちゃんか。依頼内容は離婚調停かい? ガッハッハ!」
太った大男が大声で笑うと、後ろの冒険者たちも爆笑した。
するとカルネヴァルはむっとして、顎を引いて歩み出た。
「私の恋人を捜してほしいのです。ここからスマル村への道で行方不明になりました。名前はグロム・ディニコラ。私と同じ18歳の青年です」
カルネヴァルがそう言うと、後ろの冒険者たちは圧倒されて静まりかえった。
「なるほど、お嬢ちゃんは彼氏もちってわけか。ところでお嬢ちゃん、冒険者に頼むならできるだけ安く済ませたいと思わないか?」
大男がカルネヴァルに顔を近づけて問いかける。
それを見てテッラシーナは眉間にしわを寄せた。男は彼女の身体を買おうとしている。フェッド少年の言う通り、ここに依頼するのは間違っていた!
ところが、テッラシーナの警戒は無用だった。
「いいえ、彼を見つけ出すためなら、躊躇なく全財産をなげうちます。たとえ、両親の持ち金をかっさらっても!」
カルネヴァルが透明感のある強い声で宣言する。
これに対して大男は不満げな顔をしたか、すぐに欲深い表情に戻った。
「ほう、それじゃああんたの全財産のうち半分をもらおうじゃないか。そうしたらあんたのボーイフレンドを探してやる」
テッラシーナはカルネヴァルの経済力を把握していなかったが、その高貴な精神から、明らかに富裕層に属する人間だとわかった。そしてその全財産の半分とは、おおよそ冒険者がもらうべき報酬の最大値をはるかに超えていると知っていた。
どこまでもあくどい冒険者め。自分が公職に就いていなければ加減なく頬骨を砕いていたところだ!
ここを一度引き上げて、翌日改めて正式に手続きをさせよう。
彼はその旨を彼女に伝えようとした。しかし、その前に別の冒険者が彼女に話しかけた。
「人捜しにそんな大金を払う必要などない。高くて金貨2枚といったところだな」
その冒険者は長い緑髪の若い女性で、端の席で足を組んでいた。筋肉質ではなく、戦闘向きな出で立ちではないが、姿勢の良さや落ち着きようから、アサシンのような気風を醸し出していた。
「ちっ、ガキが口出ししてきやがって」大男は顔をさらに赤らめて、女性にズカズカと歩み寄る。「生意気な口をきいてんじゃ――ぐぁっ!」
男が突然女性から後ずさる。周囲の視線は彼の片足から出る血に向けられていた。
女性がすっと立ち上がると、手には血の付着した短剣を持っていた。そして彼女は男の服から一部の布を破り取り、それで短剣を拭きながらカルネヴァルに近づいてきた。
「私が請け負おう。そのグロム・ディニコラというのは、どういう男だい?」
「チクショウ……、俺の大切な商売道具に傷をつけやがって! ただじゃ済まさ――がぁっ!」
大男が女性の背後から襲いかかろうとするも、彼女はノールックで彼の腕の付け根を刺す。そして彼はバランスを崩して後ろに倒れる。
「一カ所だけならば収入が半分になるのに留められたものの、自ら四分の一に減らしに来るとはな」女性が軽蔑的な目で男を見下ろす。それからカルネヴァルに向き直る。「私の名前はエルノラ・スピルカー。学生兼冒険者よ。よろしくね」
顔や身体にいくつもの傷を負った筋肉質の冒険者たちがエールいっぱいの樽木ジョッキを掲げて訳のわからない怒号を上げている。
カルネヴァルとフェッドは衛兵テッラシーナの後ろに隠れ、震えながらその様子を見てた。
「なんですかこの人たち……。ただの酒飲みじゃないですか!」とカルネヴァルはテッラシーナにささやく。
「ベッグの冒険者たちは気性が荒いとは聞いていたけれど、まさかここまでとは私も思わなかったな」とテッラシーナ。
「やっぱりこんな人たちじゃグロムを探してくれないよ! ここにいるやつらはただでかいトカゲを狩って楽しむだけの享楽者なんだよ!」とフェッド。
「とはいえ彼らの腕は確かだと評判にもなっている。依頼してみる価値は少なからずあるだろう」
すると顔を赤らめた程度の冒険者が制服姿の衛兵に気づき、声を上げた。
「げっ、衛兵! どうしてこんなところに! 俺らはお前らが来るようなことなんかしていないぞ!」
そのスキンヘッドの冒険者は口をパクパクさせつつも、ジョッキをもったまま臨戦態勢をとった。
彼の声を聞いた、近くの冒険者たちも目の色を変えて立ち上がる。なかには武器を持っている者もいた。
「落ち着け! 私は調査しに来たのではない。依頼をしに来たのだ」
殺気立っている冒険者と対照して、テッラシーナは冷静で、威厳を保っていた。
そこに立っている者のなかで最も目つきの悪い大男が歩み寄ってくる。
「何、依頼だァ? ついに治安組織である衛兵府は自らの問題にも対処できなくなっちまったか! ガッハッハ!」
「厳密には、依頼するのは私ではない」
テッラシーナは後ろで縮こまっている二人を目で示す。
フェッドは卒倒した。
「ほぉ、意気地なしの坊ちゃんと、か弱いお嬢ちゃんか。依頼内容は離婚調停かい? ガッハッハ!」
太った大男が大声で笑うと、後ろの冒険者たちも爆笑した。
するとカルネヴァルはむっとして、顎を引いて歩み出た。
「私の恋人を捜してほしいのです。ここからスマル村への道で行方不明になりました。名前はグロム・ディニコラ。私と同じ18歳の青年です」
カルネヴァルがそう言うと、後ろの冒険者たちは圧倒されて静まりかえった。
「なるほど、お嬢ちゃんは彼氏もちってわけか。ところでお嬢ちゃん、冒険者に頼むならできるだけ安く済ませたいと思わないか?」
大男がカルネヴァルに顔を近づけて問いかける。
それを見てテッラシーナは眉間にしわを寄せた。男は彼女の身体を買おうとしている。フェッド少年の言う通り、ここに依頼するのは間違っていた!
ところが、テッラシーナの警戒は無用だった。
「いいえ、彼を見つけ出すためなら、躊躇なく全財産をなげうちます。たとえ、両親の持ち金をかっさらっても!」
カルネヴァルが透明感のある強い声で宣言する。
これに対して大男は不満げな顔をしたか、すぐに欲深い表情に戻った。
「ほう、それじゃああんたの全財産のうち半分をもらおうじゃないか。そうしたらあんたのボーイフレンドを探してやる」
テッラシーナはカルネヴァルの経済力を把握していなかったが、その高貴な精神から、明らかに富裕層に属する人間だとわかった。そしてその全財産の半分とは、おおよそ冒険者がもらうべき報酬の最大値をはるかに超えていると知っていた。
どこまでもあくどい冒険者め。自分が公職に就いていなければ加減なく頬骨を砕いていたところだ!
ここを一度引き上げて、翌日改めて正式に手続きをさせよう。
彼はその旨を彼女に伝えようとした。しかし、その前に別の冒険者が彼女に話しかけた。
「人捜しにそんな大金を払う必要などない。高くて金貨2枚といったところだな」
その冒険者は長い緑髪の若い女性で、端の席で足を組んでいた。筋肉質ではなく、戦闘向きな出で立ちではないが、姿勢の良さや落ち着きようから、アサシンのような気風を醸し出していた。
「ちっ、ガキが口出ししてきやがって」大男は顔をさらに赤らめて、女性にズカズカと歩み寄る。「生意気な口をきいてんじゃ――ぐぁっ!」
男が突然女性から後ずさる。周囲の視線は彼の片足から出る血に向けられていた。
女性がすっと立ち上がると、手には血の付着した短剣を持っていた。そして彼女は男の服から一部の布を破り取り、それで短剣を拭きながらカルネヴァルに近づいてきた。
「私が請け負おう。そのグロム・ディニコラというのは、どういう男だい?」
「チクショウ……、俺の大切な商売道具に傷をつけやがって! ただじゃ済まさ――がぁっ!」
大男が女性の背後から襲いかかろうとするも、彼女はノールックで彼の腕の付け根を刺す。そして彼はバランスを崩して後ろに倒れる。
「一カ所だけならば収入が半分になるのに留められたものの、自ら四分の一に減らしに来るとはな」女性が軽蔑的な目で男を見下ろす。それからカルネヴァルに向き直る。「私の名前はエルノラ・スピルカー。学生兼冒険者よ。よろしくね」
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