第13話
ナハトはスイに言った。
「俺は宿に戻る。わかるだろ? リーバ通り四丁目の……」
「うん。大丈夫。じゃあね」
とスイは答えて走りだした。
ナハトはスイの後ろ姿を見送ってアクビをもらした。
まあ、大丈夫だろう、とナハトは思った。
聖王国フィラーンには超優秀な聖王騎士団というものが存在していた。かつて魔王ファランクスを打ち破った由緒ある騎士団だ。しかもその実力にはいささかの陰りもない。それどころかアスラム・G・グリムナードが騎士団長になってから過去に類を見ないほど精強になったという。
聖王騎士団を率いているアスラム王子は、聖王グリムナードの再来とも呼ばれ、聖王国フィラーン建国以来最高の王になるだろうと未来を嘱望されている。冷静で、判断力と決断力に優れた指導者らしい。犯罪の取り締まりも厳しくなったため、今、聖王都で犯罪を犯すヤツはそうそういない。
ナハトは会ったことはなかったが、信頼のおける仲間からの情報によると、アスラム王子がいるかぎり何度聖魔大戦を繰り返しても聖王側が勝つだろうとまで言っていた。
(アスラム王子か……)
アスラム王子にはかなり興味がる。無論、魔物たちの敵として。
そして何より、もし今回の一件に聖王都フィラーンの誰かが絡んでいるとしたら、アスラム王子はその容疑者候補の筆頭だった。動機も力も十分にある。
スイははじめ街を歩くことを堪能するつもりだったが、すぐにアクビが出始めた。夜間にばかり移動した道中のせいで、完全に昼夜逆転の生活になっていた。昼間に眠い。日差しがまぶしい。
自然と人の少ない静かな場所に足が向いた。
美しい森をみつけて、うれしくなって踏み込んだ。
スイは教育を受けていないために文字が読めないし書けない。聖王都ともなれば学校はいくつもあるが、小さな村にはまず存在しない。もちろんスイほど利発な人間なら習いさえすればすぐに読み書きできるようになるだろう。そんな文字の読めないスイでもいくつかの文章は読めた。スイにとって記号や標識のようなものだ。
たとえば、さきほど半分寝惚けたスイが、気づかずに踏み越えた小さな白い柵の近くにあった立て札の言葉。
立入禁止。
これならスイにも読めた。
ここは聖王騎士団直轄地「聖王の森」です。関係者以外の立ち入りを禁止します。
こちらはおそらく読めなかっただろう。
スイは聖王騎士団直轄地にふらふらと踏み入っていった。強い正義感をもつ反面、厳しい処罰をすることで有名な聖王騎士団の直轄地へと。
はちみつ色の木漏れ日を見てなつかしく思った。まだ故郷を離れて三日しか経っていないが、それでも十五年住んだ村だ。パルス村の中で良い思い出はなかったが、パルスの森にはたくさんの思い出があった。地面に落ちた雛鳥を助けるためにとんでもなく高い木の枝にまで上ったり、どんぐりをひろったりした思い出がたくさんある。
木の根で良い感じに盛り上がった地面をみつけると、そこに頭をのせて横になった。
(……ほんと、きれい。それに空気がおいしく感じる――)
実はこの森の手入れは聖王騎士団の予算で雇われた庭師がときおり行っていた。それに恐れ多くも聖王騎士団の直轄地である以上、いたずら好きの子供たちでさえも親からきつく言われているので入り込んだりしない。そのためゴミひとつ落ちていない。
すぐに寝息を立てだした。
さすがに木漏れ日が当たるとはいえ、四月、スイはちょっと寒くなって身じろぎした。
近くに温かいものを感じる。
(なんだ、ナハトも来てたのか……)
と安心して、にこりと寝たまま微笑んでぎゅっと抱きしめた。それからしっぽを借りようと手を伸ばしたが、なぜかそのしっぽは薄くてぺらぺらしてまるで布のようになっていた。手触りも違う。
(ま、いっか……)
そう思ってその薄くてぺらぺらのしっぽをぎゅっと掴んでお腹に引き寄せて眠った。
しばらくして声で目覚めた。
誰かが誰かを呼んでいる。
少なくとも呼ばれているのはあたしじゃないな、とスイは思った。眠気はとれてスッキリしていた。
片手でしっぽをつかんだまま、うーん、と伸びをした。
「やれやれ……」スイの横で声がした。それだけならべつに驚くにあたいしないが、その声の主はナハトではなかった。「うるさいのが来ちゃったな」
声の主はスイを見つめて穏やかに言った。
「お嬢さん、そろそろ僕の服の裾を放してもらえるかな?」
スイは相手の顔をまじまじと見た。
絵本の王子様がそのまま現実化したような、非現実的な美貌を持つ美青年がいた。金髪に、青い瞳。やわらかな微笑を浮かべている。
「ごめんね」
そう言われて、スイは初めて、その王子様のような人の白い燕尾服みたいな服のお尻の部分を握っているのに気づいてあわてて手を放した。
その王子様風の美青年は肩にかかった木の葉を払った。
特徴的な白い燕尾服のような服装。
スイは知らないが、百九十二年前から変わらない聖王騎士団の制服だ。そしてその胸元に光る階級章をつけられるのは聖王騎士団広しといえどただ一人だけ。
聖王都フィラーンの人間でこの人物に不敬を働いたのなら、土下座して何度も謝っただろう。
「俺は宿に戻る。わかるだろ? リーバ通り四丁目の……」
「うん。大丈夫。じゃあね」
とスイは答えて走りだした。
ナハトはスイの後ろ姿を見送ってアクビをもらした。
まあ、大丈夫だろう、とナハトは思った。
聖王国フィラーンには超優秀な聖王騎士団というものが存在していた。かつて魔王ファランクスを打ち破った由緒ある騎士団だ。しかもその実力にはいささかの陰りもない。それどころかアスラム・G・グリムナードが騎士団長になってから過去に類を見ないほど精強になったという。
聖王騎士団を率いているアスラム王子は、聖王グリムナードの再来とも呼ばれ、聖王国フィラーン建国以来最高の王になるだろうと未来を嘱望されている。冷静で、判断力と決断力に優れた指導者らしい。犯罪の取り締まりも厳しくなったため、今、聖王都で犯罪を犯すヤツはそうそういない。
ナハトは会ったことはなかったが、信頼のおける仲間からの情報によると、アスラム王子がいるかぎり何度聖魔大戦を繰り返しても聖王側が勝つだろうとまで言っていた。
(アスラム王子か……)
アスラム王子にはかなり興味がる。無論、魔物たちの敵として。
そして何より、もし今回の一件に聖王都フィラーンの誰かが絡んでいるとしたら、アスラム王子はその容疑者候補の筆頭だった。動機も力も十分にある。
スイははじめ街を歩くことを堪能するつもりだったが、すぐにアクビが出始めた。夜間にばかり移動した道中のせいで、完全に昼夜逆転の生活になっていた。昼間に眠い。日差しがまぶしい。
自然と人の少ない静かな場所に足が向いた。
美しい森をみつけて、うれしくなって踏み込んだ。
スイは教育を受けていないために文字が読めないし書けない。聖王都ともなれば学校はいくつもあるが、小さな村にはまず存在しない。もちろんスイほど利発な人間なら習いさえすればすぐに読み書きできるようになるだろう。そんな文字の読めないスイでもいくつかの文章は読めた。スイにとって記号や標識のようなものだ。
たとえば、さきほど半分寝惚けたスイが、気づかずに踏み越えた小さな白い柵の近くにあった立て札の言葉。
立入禁止。
これならスイにも読めた。
ここは聖王騎士団直轄地「聖王の森」です。関係者以外の立ち入りを禁止します。
こちらはおそらく読めなかっただろう。
スイは聖王騎士団直轄地にふらふらと踏み入っていった。強い正義感をもつ反面、厳しい処罰をすることで有名な聖王騎士団の直轄地へと。
はちみつ色の木漏れ日を見てなつかしく思った。まだ故郷を離れて三日しか経っていないが、それでも十五年住んだ村だ。パルス村の中で良い思い出はなかったが、パルスの森にはたくさんの思い出があった。地面に落ちた雛鳥を助けるためにとんでもなく高い木の枝にまで上ったり、どんぐりをひろったりした思い出がたくさんある。
木の根で良い感じに盛り上がった地面をみつけると、そこに頭をのせて横になった。
(……ほんと、きれい。それに空気がおいしく感じる――)
実はこの森の手入れは聖王騎士団の予算で雇われた庭師がときおり行っていた。それに恐れ多くも聖王騎士団の直轄地である以上、いたずら好きの子供たちでさえも親からきつく言われているので入り込んだりしない。そのためゴミひとつ落ちていない。
すぐに寝息を立てだした。
さすがに木漏れ日が当たるとはいえ、四月、スイはちょっと寒くなって身じろぎした。
近くに温かいものを感じる。
(なんだ、ナハトも来てたのか……)
と安心して、にこりと寝たまま微笑んでぎゅっと抱きしめた。それからしっぽを借りようと手を伸ばしたが、なぜかそのしっぽは薄くてぺらぺらしてまるで布のようになっていた。手触りも違う。
(ま、いっか……)
そう思ってその薄くてぺらぺらのしっぽをぎゅっと掴んでお腹に引き寄せて眠った。
しばらくして声で目覚めた。
誰かが誰かを呼んでいる。
少なくとも呼ばれているのはあたしじゃないな、とスイは思った。眠気はとれてスッキリしていた。
片手でしっぽをつかんだまま、うーん、と伸びをした。
「やれやれ……」スイの横で声がした。それだけならべつに驚くにあたいしないが、その声の主はナハトではなかった。「うるさいのが来ちゃったな」
声の主はスイを見つめて穏やかに言った。
「お嬢さん、そろそろ僕の服の裾を放してもらえるかな?」
スイは相手の顔をまじまじと見た。
絵本の王子様がそのまま現実化したような、非現実的な美貌を持つ美青年がいた。金髪に、青い瞳。やわらかな微笑を浮かべている。
「ごめんね」
そう言われて、スイは初めて、その王子様のような人の白い燕尾服みたいな服のお尻の部分を握っているのに気づいてあわてて手を放した。
その王子様風の美青年は肩にかかった木の葉を払った。
特徴的な白い燕尾服のような服装。
スイは知らないが、百九十二年前から変わらない聖王騎士団の制服だ。そしてその胸元に光る階級章をつけられるのは聖王騎士団広しといえどただ一人だけ。
聖王都フィラーンの人間でこの人物に不敬を働いたのなら、土下座して何度も謝っただろう。
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