ACT108 『ストレガ・ユニット/メメントモリ』
ガギギギギキキキイイイイッ!!
ジェスタの装甲が変形していく。
「モビルスーツの重量を浴びせられただけでかよ!?」
そう叫びながらスワンソン大尉は気がついていた。あのならず者の大尉に、ビーム・ライフルの早撃ちを喰らっていたのである。
「あのときのダメージかッ!!……くそ!!今日は、ついてない……ついてなさ過ぎる。どうして、オレよりも強いヤツと、二連続で戦うことになるんだよッ!!」
スワンソン大尉は情けないほど深いシワを、その冷や汗だらけの顔に刻ませていた。ゆっくりと湾曲していくコクピット。圧力に耐えかねて、モニターがどんどん壊れて、その空間には闇が広がっていく……死を感じる。
今まで、何度となく死を感じることはあった。高出力のビームが自機をかすめた時には、それを明確に感じた。
もしも、操縦一つが悪い方向に作用していたら?それだけで、死んでしまう。戦場では死など身近なものであった。
多くの死に方を見て来たし、相手にもそれを与えて来た。だからこそ、死を考えて来た。身近であるはずの死を。自分は、どうやって死ぬのだろうか?……その考えは、スワンソン大尉に影のようにつきまとっていた。
パイロットの持病かもしれない。平時はともかく、殺し合いの場に在るモビルスーツ・パイロットは、いつだって死を思うのだ。カウンセラーにも先輩パイロットたちにも、職業病だと言われたし、それを必要以上に深刻に受け止めることもなかった。
いつかヒトは死ぬのだ。
その定めからは、どうやっても逃れることは出来ない。自分よりも強いパイロットたちと連戦をこなした。死んでしまうのが、むしろ当然というものかもしれない。そんな考えが頭をよぎるが、だからといって、納得することもなかった。
「お、お前は!!お前は、オレより強い敵だけどよッ!!でも。でも……まだ。まだ、オレは、死にたくないんだああああああッッッ!!!」
手足をもがれた無力なジェスタのスラスターを噴射させる、逃げようとしたが……噴射は一瞬で終わっていた。
「なぜッ!?」
スラスターそのものが、機体のダメージに耐えかねて破損してしまっている。
ジェスタのバックパックは高性能なスラスターを搭載してはいるのだが……四つの小型スラスターにより、高出力と、高度な旋回能力を併せ持っていることが利点だ。しかし、その高性能さが仇ともなる。
複雑な装備は、ダメージに対して弱い。精緻だからこそ、脆さがあった。それはハイスペックであることが宿命的に抱えることとなる、避けがたいデメリットでもあるのだ。
「……お前まで、オレを、裏切るのかよ……いや、オレが……お前を、上手に扱えきれなかったからだよなぁ……ッ」
死に抵抗する術を失ったスワンソン大尉は、操縦ユニットから手を離していた。右手で口を覆う。あまりにも情けなかったからだ。
口惜しそうに噛みしめてている歯を、見せつけることが。誰にも見られてはいないが、それでも彼には見栄がある……。
彼の瞳が、歪んで落ちてくる、光を失ったモニターを見ていた。ゆっくりと、フレームが歪んでいく。彼を鋼の巨人たちの戦いから守るための鎧は、もうすっかりと限界であった。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
……神さまだとか、愛する女のことを考えるべきかもしれなかったが、スワンソン大尉は、ただひたすらに死への怯えに取り憑かれ、その怯えを震える歯のあいだから放ちたくはないから、必死に手で口元を覆い隠していた。
『……死ねよ。死ねよ。死ねよ……ッ。お前、邪魔なんだ。お前がいると、私は……私は不利になるッ!!分かるんだよ、教えてくれるんだ、『ストレガ』がッ!!子供たちと、あの女がッ!!』
接触回線は機能している。友軍機同士だから、ここまで壊れても通じるのか。心は、通じ合えてはいないけれど……。
……ああ。この女も、なんでかは分からないが、怖がっていやがるのか……?そうか、それは、怖いよなぁ……ここは、戦場で、いつ自分の命が無くなっちまうか、分からないんだもんなぁ……ッ。
「…………すまない」
スワンソン大尉は瞳をゆっくりと閉じながら、誰かのために謝罪した。自分を踏み殺そうとしている『ネームレス2』ではないだろう。今まで、自分が戦場で殺して来た者たちにかもしれない。
合理的な人物であるスワンソン大尉は、戦場の殺しを、軍隊の任務という大義に責任転嫁をして来れたのであるが……このときは、何故かそれが出来なくなっていた。
殺した敵に、深く感情移入してしまうことは、パイロットにとって、耐えがたいほどの苦しみとなるというのに……。
その謝罪は、意味を持てたのだろうか?……彼が、伝えたかった者に届いたのだろうか?それを教えてくれる神さまからの知らせもないままに、ジェスタは彼に死を届けるために歪み―――ジュナ・バシュタは咆吼するッ!!
『そいつから、どきやがれええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!』
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