三十五章 同志
クラウディアは自分の気配をなるべく消しながら、相手の気配に意識を集中する。
そして耳だけは後方から来るはずの足音を聞き分けようとした。
しばらくすると、不規則な足音が近づいてくる。
足をケガしたのか、それとも体のどこかに異変が起きたのか。
今すぐにでも助けに行きたい、しかしクラウディアはこの場所を動かず待つという提案に乗ってしまっている。
さて、どうしたらいいのだろう……
考え始めると、
「おや、やっともうひとつの気配がやってくるな。足音というよりは足を引きずっているようだ。もうひとりはケガをしていたのか?」
とクラウディアに投げかけてきた。
クラウディアが何者かと対峙しているとは知らないダジュールは、光が差し込む出口の手前に人影が佇んでいることに気づく。
「……おい、クラウディア。先に行けって言ったのに、なんでそこで待ってる?」
と、名を口にしてしまう。
「おやおや、相手は警戒心の欠片もないのだな。だが、いい情報をもらった。クラウディアとダジュール、おまえたちの名はそれであっているな?」
声が響き、ダジュールは自分の失態をすぐ悔いた。
「……っち、おまえは誰だ!」
「はいはい、そう凄まなくても、あなたがたがダジュールとクラウディアであると認めればいいんだよ」
「ばっ! 簡単に認められるか!」
「まあ、そうだな。ではこちらから信用していただけるだけの情報を出そう。それでいいか、リリシア嬢」
「……っ!」
クラウディアとダジュールは言葉につまる。
クラウディアがリリシアであることを知っている、もしくはそうかもしれないという程度の情報を持っていると打ち明けているのだ。
となれば、敵か味方かのどちらかで、カーラ帝国にいるのであれば敵である可能性が強い。
しかし来た道を戻るという選択肢はない。
なぜならもう計画は動いてしまっている。
ここで自分たちが引き返してしまっては、あとから追いつくと言っていたタリアの脱出の邪魔をすることになる。
クラウディアは思う。
この窮地をどうにかできるのは自分だけ。
ダジュールを無事にレイバラルに戻せるのは自分だけだと。
「わたしはクラウディアと申します」
その後にも少し話したいことがあったが、ダジュールに口を塞がれ言えなくなる。
「ばかか、自己紹介なんか」
とはいいながらも、ダジュールが「クラウディア」と呼んでしまっているのだ、今更である。
それでも否定してほしかったと思うダジュールだった。
ふたりがそんなやりとりをしているのを相手はしっかりと聞いてしまっている。
「もういい。あなたがクラウディアでありリリシアであることはわかった。それだけで十分だ。俺はある方の命を受け、ふたりをここで待っていた。これから海で待つあの方のところへふたりをお連れする。信じてほしいとしか言えないが」
今まであまり気配を感じなかった声の主が、いつの間にかふたりの前に立っていた。
そのまま光がある外へと連れ出され、やっと互いの顔を確認する。
「ほう、似ているな。といっても、俺はまだガキだったから記憶が曖昧だが、母が大事にしていた肖像画の写しのふたりに似ている」
男はクラウディアを見下ろしてそう呟いた。
男はダジュールでさえ見上げるくらいの高身長で、肌は日に焼け、茶色の頭髪と一体化しているようにも見える。
歳は三十代くらいだろうか、海上を生業とした仕事をしている人たちの特長と酷似していた。
「おっと、すまないな。どうも王族と関わるような生活をしていないせいか、態度や言葉が失礼なんだな、これが」
「いいえ、そうではなく。あなたがわたしを見るまなざしがどこか養父に似ていて」
ただ見上げ、ポカンとしていたクラウディアは、男の態度が失礼すぎてあきれていたのではないことを説明した。
「あ~、まあ、たぶんだが、これからあう連中も似たような目で見るかもしれないな。それだけ、あなたの存在は希望ってことだ」
「……ということは、あなたがたは……」
ダジュールが言葉を挟みかけたが、男に軽く睨まれ言葉を飲み込む。
この国でその言葉は禁忌なのだろう。
いや、保身のためにあえて口にしないで生きていたのかもしれない。
「話は後だ。とにかくこの面倒な国を出て、それから領海をでる」
小舟でとりあえずこの国を脱するのだという。
領海ギリギリに本船が待っているのだと男は説明した。
重そうにしていた荷物ふたつを軽々と担ぎ、それでも移動する早さも衰えない。
警戒している軍人の隙をつきつつ移動、停泊している小型の船に近づくと、
「遅い。ほら、さっさと乗った」
と船上から小声で手招きする者が数人いた。
彼らも迎えにきた男同様、高身長で日に焼けた肌をし、クラウディアを見ると男が向けた眼差しに似た視線を向け、中には軽く涙する者もいた。
「すまないが、この積み荷の中に入ってくれ」
男たちは積んだ荷物の中からあまり荷が入っていない箱をあけ、そこにひとりずつ入るようにいう。
「一応、荷を運び出すってことで許可がおりている。乗船人数も決められているから、その……」
「わかりました。すべてはあなたがたの指示に従います」
クラウディアは納得したようだが、ダジュールはやや渋る。
積まれている荷に問題があるようだったが、ダジュールもまたクラウディアだけは無事にカーラ帝国から出さなくてはならないと思っているため、なるべく息をしないよう、布で口と鼻を塞ぎ、荷と一体化したのだった。
そして耳だけは後方から来るはずの足音を聞き分けようとした。
しばらくすると、不規則な足音が近づいてくる。
足をケガしたのか、それとも体のどこかに異変が起きたのか。
今すぐにでも助けに行きたい、しかしクラウディアはこの場所を動かず待つという提案に乗ってしまっている。
さて、どうしたらいいのだろう……
考え始めると、
「おや、やっともうひとつの気配がやってくるな。足音というよりは足を引きずっているようだ。もうひとりはケガをしていたのか?」
とクラウディアに投げかけてきた。
クラウディアが何者かと対峙しているとは知らないダジュールは、光が差し込む出口の手前に人影が佇んでいることに気づく。
「……おい、クラウディア。先に行けって言ったのに、なんでそこで待ってる?」
と、名を口にしてしまう。
「おやおや、相手は警戒心の欠片もないのだな。だが、いい情報をもらった。クラウディアとダジュール、おまえたちの名はそれであっているな?」
声が響き、ダジュールは自分の失態をすぐ悔いた。
「……っち、おまえは誰だ!」
「はいはい、そう凄まなくても、あなたがたがダジュールとクラウディアであると認めればいいんだよ」
「ばっ! 簡単に認められるか!」
「まあ、そうだな。ではこちらから信用していただけるだけの情報を出そう。それでいいか、リリシア嬢」
「……っ!」
クラウディアとダジュールは言葉につまる。
クラウディアがリリシアであることを知っている、もしくはそうかもしれないという程度の情報を持っていると打ち明けているのだ。
となれば、敵か味方かのどちらかで、カーラ帝国にいるのであれば敵である可能性が強い。
しかし来た道を戻るという選択肢はない。
なぜならもう計画は動いてしまっている。
ここで自分たちが引き返してしまっては、あとから追いつくと言っていたタリアの脱出の邪魔をすることになる。
クラウディアは思う。
この窮地をどうにかできるのは自分だけ。
ダジュールを無事にレイバラルに戻せるのは自分だけだと。
「わたしはクラウディアと申します」
その後にも少し話したいことがあったが、ダジュールに口を塞がれ言えなくなる。
「ばかか、自己紹介なんか」
とはいいながらも、ダジュールが「クラウディア」と呼んでしまっているのだ、今更である。
それでも否定してほしかったと思うダジュールだった。
ふたりがそんなやりとりをしているのを相手はしっかりと聞いてしまっている。
「もういい。あなたがクラウディアでありリリシアであることはわかった。それだけで十分だ。俺はある方の命を受け、ふたりをここで待っていた。これから海で待つあの方のところへふたりをお連れする。信じてほしいとしか言えないが」
今まであまり気配を感じなかった声の主が、いつの間にかふたりの前に立っていた。
そのまま光がある外へと連れ出され、やっと互いの顔を確認する。
「ほう、似ているな。といっても、俺はまだガキだったから記憶が曖昧だが、母が大事にしていた肖像画の写しのふたりに似ている」
男はクラウディアを見下ろしてそう呟いた。
男はダジュールでさえ見上げるくらいの高身長で、肌は日に焼け、茶色の頭髪と一体化しているようにも見える。
歳は三十代くらいだろうか、海上を生業とした仕事をしている人たちの特長と酷似していた。
「おっと、すまないな。どうも王族と関わるような生活をしていないせいか、態度や言葉が失礼なんだな、これが」
「いいえ、そうではなく。あなたがわたしを見るまなざしがどこか養父に似ていて」
ただ見上げ、ポカンとしていたクラウディアは、男の態度が失礼すぎてあきれていたのではないことを説明した。
「あ~、まあ、たぶんだが、これからあう連中も似たような目で見るかもしれないな。それだけ、あなたの存在は希望ってことだ」
「……ということは、あなたがたは……」
ダジュールが言葉を挟みかけたが、男に軽く睨まれ言葉を飲み込む。
この国でその言葉は禁忌なのだろう。
いや、保身のためにあえて口にしないで生きていたのかもしれない。
「話は後だ。とにかくこの面倒な国を出て、それから領海をでる」
小舟でとりあえずこの国を脱するのだという。
領海ギリギリに本船が待っているのだと男は説明した。
重そうにしていた荷物ふたつを軽々と担ぎ、それでも移動する早さも衰えない。
警戒している軍人の隙をつきつつ移動、停泊している小型の船に近づくと、
「遅い。ほら、さっさと乗った」
と船上から小声で手招きする者が数人いた。
彼らも迎えにきた男同様、高身長で日に焼けた肌をし、クラウディアを見ると男が向けた眼差しに似た視線を向け、中には軽く涙する者もいた。
「すまないが、この積み荷の中に入ってくれ」
男たちは積んだ荷物の中からあまり荷が入っていない箱をあけ、そこにひとりずつ入るようにいう。
「一応、荷を運び出すってことで許可がおりている。乗船人数も決められているから、その……」
「わかりました。すべてはあなたがたの指示に従います」
クラウディアは納得したようだが、ダジュールはやや渋る。
積まれている荷に問題があるようだったが、ダジュールもまたクラウディアだけは無事にカーラ帝国から出さなくてはならないと思っているため、なるべく息をしないよう、布で口と鼻を塞ぎ、荷と一体化したのだった。
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