彼女が融け込む日常
朝。背中の傷の痛みを無視しながら、いつも通りに朝食を用意した。今日は三人前だ…と作ってから気付いた。
「すっかり忘れてた」
調理風景を興味深げに見ていた彼女が、小首を傾げて問う。
「シロウ?」
不味い。非常に不味い事態だ。――冬木の虎が現れる!
藤村 大河。幼少の頃から保護者として、親しみやすい姉貴分として過ごしてくれた人物である。
魔術の特異性に切嗣が気付き、可能な限り人との付き合いを薄れさせた後でも、消えなかった大切な人だ。
今日に限って言えば非常に不味い。セイバーを霊体化させるべきか? いや。既に彼女は朝食を楽しみにしている。今か今かと期待した表情。凜々しさも消えて、無邪気な子供のように待っているんだ。
それだけで衛宮 士郎が命を賭けるに値する。
「セイバー。これからその…俺の家族が来るんだけど」
「霊体化していますか?」
察し良く返してくれたが少し残念そうだ。この表情を見たら尚更、霊体化なんてさせられない。そもそも隠す意味がないじゃないか。
「いや。セイバーのことを隠したくない。しっかりと紹介したいんだ」
真っ直ぐな言葉。正体を隠す彼女へと、何の曇りもなく告げられた想いだ。
或いは他の人間は愚かと思うかもしれない。怪しんでもおかしくはないのだがね。彼女の直感は、士郎の言葉に何の裏も感じ取っていない。
「……」
「セイバー?」
「ああ、いえ。何でもありません。ふふ」
朝の剣呑な雰囲気も消えて、上機嫌に微笑んでいた。思わず見惚れてしまったが、話を合わせないといけない。
「それでその。俺の養父が色々と事情のある人だったんだ」
説明すると長くなるので省略し、切嗣を頼ってきた外国の人であると。彼女に話してもらう。
「分かりました。それにしても…」
真剣に口裏を合わせる姿や、そもそも出入禁止にしない辺り。
そうして、朝食を用意してから気付く位に、この家に訪れるのが当たり前になっている相手らしい。つまり。
「余程、今から来る人を愛しているのですね」
「愛って! へ、へんなこと言うなよな」
顔を赤く染めて照れる彼へと、意地悪な微笑みを浮かべて言葉を続ける。
「ふふ、恥ずかしがる必要もありませんよ。家族の仲が良いのは好ましいです」
からかうような言葉だったが、妙に重みを伴っていた。
それから訪れた大河を相手に一悶着があって、朝食の場を用意しつつも。真面目な話し合いが始まった。
「…それで、切嗣さんを頼って来たのね」
さすがに口裏を合わせた甲斐があったのか。何の疑問も抱かず、彼女は理解してくれたらしい。元々切嗣も事情がある人間だ。不思議ではない。
「ようこそセイバーちゃん。私も歓迎するわ」
にこにこと笑いながらからかいの言葉が続く。
「でも士郎~? こんなに可愛い子と一緒に過ごして、学業が疎かになるんじゃないの?」
動揺して答えられない彼の代わりに、堂々とセイバーが口を開いた。
「安心してください藤村さん。たった一日だけの付き合いですが、シロウの心は感じられました」
凜とした語りは横やりを許さず。真っ赤な顔になっている士郎にも気付かず。彼女の語りは続く。
「彼は誠意のある人です。幸せになるべき人、そうして優しくあろうと頑張れる人です」
素直な言葉である。飾りも嘘くささも感じられない。セイバーの本音なのだろう。暖かな心を感じられた。
最後に優しい笑みを浮かべて、心よりの信頼を乗せた言葉でしめる。
「信じていますから、間違いは起こりません」
「…士郎、絶対に離しちゃ駄目よ」
「だからそんなんじゃないって」
そう言いつつも、若干声が震えていた。真っ直ぐな信頼に身が引き締まる思いだった。
「だったらそんなんにしてみる!」
「シロウ、藤村さん。何を話しているのですか?」
事情を把握していないのは本人ばかりか。セイバーが士郎に救われているのと同じ位、彼女も彼を。
互いにまだ自覚は芽生えず。嬉しそうな大河だけが、二人の育まれつつある信頼関係を察しているようだ。
「ん~セイバーちゃんに私の下の名前を呼んでほしいことかな」
誤魔化されているのは分かっていたが、素直に乗るようであった。
「ならば大河と呼ばせてもらいます」
「よろしくね」
真面目な話し合いは終りだ。さあ、お腹が空いている。いつもの日常が始まっていく。今日は一人増えているから、もっと楽しくなるだろう。
「よっし。士郎、お腹空いた~!」
「はいはい。まったく藤ねえは変わらないな」
文句を言いつつも嬉しそうに支度を進める。
そんな士郎の微笑みを優しい眼で見つめて、セイバーも座った。
「いただきますね」
「ん。何か苦手なのがあったら教えてくれ」
優しい言葉だ。お人好しで善良な人間なんだ。
日常を大切に思いながらも、初対面に近いセイバーを庇って死に向かってしまう。根底は分からない。恐怖を感じないわけじゃない。
歪な精神性を強く感じた。短い付き合いだけど、セイバーは彼を気に入っている。
困ったマスターだ。深い共感を覚えていた。だからこそと深く彼女が決意を固めていった。
「すっかり忘れてた」
調理風景を興味深げに見ていた彼女が、小首を傾げて問う。
「シロウ?」
不味い。非常に不味い事態だ。――冬木の虎が現れる!
藤村 大河。幼少の頃から保護者として、親しみやすい姉貴分として過ごしてくれた人物である。
魔術の特異性に切嗣が気付き、可能な限り人との付き合いを薄れさせた後でも、消えなかった大切な人だ。
今日に限って言えば非常に不味い。セイバーを霊体化させるべきか? いや。既に彼女は朝食を楽しみにしている。今か今かと期待した表情。凜々しさも消えて、無邪気な子供のように待っているんだ。
それだけで衛宮 士郎が命を賭けるに値する。
「セイバー。これからその…俺の家族が来るんだけど」
「霊体化していますか?」
察し良く返してくれたが少し残念そうだ。この表情を見たら尚更、霊体化なんてさせられない。そもそも隠す意味がないじゃないか。
「いや。セイバーのことを隠したくない。しっかりと紹介したいんだ」
真っ直ぐな言葉。正体を隠す彼女へと、何の曇りもなく告げられた想いだ。
或いは他の人間は愚かと思うかもしれない。怪しんでもおかしくはないのだがね。彼女の直感は、士郎の言葉に何の裏も感じ取っていない。
「……」
「セイバー?」
「ああ、いえ。何でもありません。ふふ」
朝の剣呑な雰囲気も消えて、上機嫌に微笑んでいた。思わず見惚れてしまったが、話を合わせないといけない。
「それでその。俺の養父が色々と事情のある人だったんだ」
説明すると長くなるので省略し、切嗣を頼ってきた外国の人であると。彼女に話してもらう。
「分かりました。それにしても…」
真剣に口裏を合わせる姿や、そもそも出入禁止にしない辺り。
そうして、朝食を用意してから気付く位に、この家に訪れるのが当たり前になっている相手らしい。つまり。
「余程、今から来る人を愛しているのですね」
「愛って! へ、へんなこと言うなよな」
顔を赤く染めて照れる彼へと、意地悪な微笑みを浮かべて言葉を続ける。
「ふふ、恥ずかしがる必要もありませんよ。家族の仲が良いのは好ましいです」
からかうような言葉だったが、妙に重みを伴っていた。
それから訪れた大河を相手に一悶着があって、朝食の場を用意しつつも。真面目な話し合いが始まった。
「…それで、切嗣さんを頼って来たのね」
さすがに口裏を合わせた甲斐があったのか。何の疑問も抱かず、彼女は理解してくれたらしい。元々切嗣も事情がある人間だ。不思議ではない。
「ようこそセイバーちゃん。私も歓迎するわ」
にこにこと笑いながらからかいの言葉が続く。
「でも士郎~? こんなに可愛い子と一緒に過ごして、学業が疎かになるんじゃないの?」
動揺して答えられない彼の代わりに、堂々とセイバーが口を開いた。
「安心してください藤村さん。たった一日だけの付き合いですが、シロウの心は感じられました」
凜とした語りは横やりを許さず。真っ赤な顔になっている士郎にも気付かず。彼女の語りは続く。
「彼は誠意のある人です。幸せになるべき人、そうして優しくあろうと頑張れる人です」
素直な言葉である。飾りも嘘くささも感じられない。セイバーの本音なのだろう。暖かな心を感じられた。
最後に優しい笑みを浮かべて、心よりの信頼を乗せた言葉でしめる。
「信じていますから、間違いは起こりません」
「…士郎、絶対に離しちゃ駄目よ」
「だからそんなんじゃないって」
そう言いつつも、若干声が震えていた。真っ直ぐな信頼に身が引き締まる思いだった。
「だったらそんなんにしてみる!」
「シロウ、藤村さん。何を話しているのですか?」
事情を把握していないのは本人ばかりか。セイバーが士郎に救われているのと同じ位、彼女も彼を。
互いにまだ自覚は芽生えず。嬉しそうな大河だけが、二人の育まれつつある信頼関係を察しているようだ。
「ん~セイバーちゃんに私の下の名前を呼んでほしいことかな」
誤魔化されているのは分かっていたが、素直に乗るようであった。
「ならば大河と呼ばせてもらいます」
「よろしくね」
真面目な話し合いは終りだ。さあ、お腹が空いている。いつもの日常が始まっていく。今日は一人増えているから、もっと楽しくなるだろう。
「よっし。士郎、お腹空いた~!」
「はいはい。まったく藤ねえは変わらないな」
文句を言いつつも嬉しそうに支度を進める。
そんな士郎の微笑みを優しい眼で見つめて、セイバーも座った。
「いただきますね」
「ん。何か苦手なのがあったら教えてくれ」
優しい言葉だ。お人好しで善良な人間なんだ。
日常を大切に思いながらも、初対面に近いセイバーを庇って死に向かってしまう。根底は分からない。恐怖を感じないわけじゃない。
歪な精神性を強く感じた。短い付き合いだけど、セイバーは彼を気に入っている。
困ったマスターだ。深い共感を覚えていた。だからこそと深く彼女が決意を固めていった。
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