ツヅミとナマケロ
「ナマケロ、ご飯だよ」
私はそう言って、ポロックを三つ、ナマケロの前に置く。
いつも特に反応はないから、好みの味はわからない。
モモンから作った、甘いやつ。形は不格好だけど、味には問題ない、はず。
ナマケロがうちにやってきてから早一か月。今日もナマケロは、何もせず、ソファーで寝転がっている。
「ちゃんと食べないとよくならないよ」
私はなるべく優しく語り掛ける。ナマケロはこちらをじっと見つめたまま、動かない。
本当は知ってる。ナマケロの傷はとっくに治っているってこと。
一か月前、誰に襲われたのか、ここカナズミシティの外れに傷だらけで横たわっていたのを発見した。トウカの森からは少し離れているから、普段は動かないけど、結構頑張って来たんだと思う。
ナマケロの体には、無数の火傷。そして切り傷。さらには何度もボールをぶつけられたのであろう、打撲痕。
捕まりたくなくて必死に抵抗したんだね。その時のことを思い出して、そっとナマケロの頭をなでる。
その時の私は、どうしたらいいのかわからず、ただ叫んだ。喚いた。
すると近くにいた大人の人が、助けてくれた。
何人かの力を借りてポケモンセンターまで運ぶと、速やかに処置をされ、一命を取り留めたのだった。
安堵した大人たちはそれぞれ帰ってゆき、私も連絡を受けて飛んできた母に帰るよう促された。ナマケロはどうするのか、そう尋ねたら、野生に返すのだという。まだ傷は治りきっていないのに。
野生のポケモンの面倒をいつまでも見ることはできないと断られた私は、母の反対を押し切って、部屋で面倒を見ることにした。
「いろいろ言われたよね。まだ10歳なのに、面倒見れるわけないでしょーってさ」
ナマケロは答えない。
「見れるもん。10歳って言ったらもう旅にも出れる年。大人だもん」
頭を撫でながら話す。
人間にあんなに痛めつけられたのに、私を受け入れてくれるのは嬉しかった。最初は、こうもいかなかったけどね。
「ママったらさ、ポケモンなんて相手するなって言うんだよ。私がポケモン好きなの知ってるくせにさ」
ナマケロを引き取るときだって大変だった。
詳しくは話してくれないけど、昔なにかあったみたい。
「ちゃんと勉強しろー、宿題やれーってさ。スクールの勉強なんて、何の役に立つのさ。私はポケモンの勉強をしたいのに」
ナマケロは黙って聞いてくれる。
ナマケロに愚痴を聞いてもらうのが、毎朝の日課になっていた。
けど、それも今日まで。
「ちゃんと勉強したらさ、君の好きな味とか分かったのかな。下手くそなポロックじゃなくてさ、ちゃんと美味しいやつ作れたのかな」
ナマケロは、ポロックを食べようとしない。麻酔薬入りのポロックを。
今日はナマケロを森に返す日だ。
傷が治ったからには、きちんと野生に返さなければならない。
「ママはね、私に学校の先生になってほしいみたい。それか銀行員」
ナマケロは動かない。
この子ったら、一日にほとんど動かないの。でも私が頭を撫でる時だけは、ちょっとだけ、嬉しそうにする。たぶんね。
「私はポケモンブリーダーになりたい」
たくさんの傷を負ってまで、ボールをなんどもぶつけられる羽目になってまで、抵抗し続けたナマケロだ。森で暮らした方が幸せなのだろう。
もっと一緒にいたいっていうのは、私のわがまま。
でも、ナマケロはポロックを食べない。
「ポケモンブリーダーになってね、いろんなポケモンを育てたり、助けたりしたい。君や、ポケモンたちと、分かりあえるようになりたい。無理かな」
ナマケロの顔が、首を横に振るように、少し震えた気がした。
気のせいかも。
「君はこれから森に帰るよ。そうして、仲間たちと過ごすんだ。一か月もここにいたけど、森での生き方忘れてない? 大丈夫?」
ずっとここでぼーっとしてたから。
って、野生でも基本動かないんだっけ、ナマケロって。
なかなか戻ってこない私に、部屋の外の母が苛立っているようだ。呼びかける声が聞こえる。
ナマケロを眠らせたら、母に伝える手はずになっている。
ひどいよね。眠らせなくたって、暴れたりしないのに。
いや、ひどいのは私か。現に騙して眠らせようとしている。
私の勝手で家まで連れ帰って、一か月も一緒にいた。傷を治すため、なんて言ってさ。
君は嫌だったかな。早く森に帰りたかったかも。
いつも動かないから、真意は分からない。
分かっているのは、ナマケロとの関係は今日で終わりってこと。
私は明日からは愚痴も言わずにスクールに行って、ナマケロは森で怠ける。
いつもの日常が戻ってくるだけだ。
ポケモンとずっと一緒にいるって、どういう感じなのかな。
トレーナーと呼ばれる人たちは、何匹かのポケモンとともに、ホウエンを旅する。すごい人たちは、他の地方まで旅することもあるらしい。
いいな。たぶん、私にはできない。
ママの言う通り、普通に過ごして、普通に働くことになる。
けど、ナマケロと過ごしたこの一か月は、絶対に忘れないと思う。
そして、もし、本当にもし、いつかポケモンブリーダーになれたら。
その時は、ナマケロを迎えに行こうかな。
「やっぱ食べなくていいよ。ちゃんと大人しくしとくんだよー」
そう言って、ナマケロを抱きかかえる。
耳の後ろの、三日月型の傷跡が痛々しい。何個か、きれいに消えない傷があった。
「さあ、旅立ちだ」
私はそう言って、ポロックを三つ、ナマケロの前に置く。
いつも特に反応はないから、好みの味はわからない。
モモンから作った、甘いやつ。形は不格好だけど、味には問題ない、はず。
ナマケロがうちにやってきてから早一か月。今日もナマケロは、何もせず、ソファーで寝転がっている。
「ちゃんと食べないとよくならないよ」
私はなるべく優しく語り掛ける。ナマケロはこちらをじっと見つめたまま、動かない。
本当は知ってる。ナマケロの傷はとっくに治っているってこと。
一か月前、誰に襲われたのか、ここカナズミシティの外れに傷だらけで横たわっていたのを発見した。トウカの森からは少し離れているから、普段は動かないけど、結構頑張って来たんだと思う。
ナマケロの体には、無数の火傷。そして切り傷。さらには何度もボールをぶつけられたのであろう、打撲痕。
捕まりたくなくて必死に抵抗したんだね。その時のことを思い出して、そっとナマケロの頭をなでる。
その時の私は、どうしたらいいのかわからず、ただ叫んだ。喚いた。
すると近くにいた大人の人が、助けてくれた。
何人かの力を借りてポケモンセンターまで運ぶと、速やかに処置をされ、一命を取り留めたのだった。
安堵した大人たちはそれぞれ帰ってゆき、私も連絡を受けて飛んできた母に帰るよう促された。ナマケロはどうするのか、そう尋ねたら、野生に返すのだという。まだ傷は治りきっていないのに。
野生のポケモンの面倒をいつまでも見ることはできないと断られた私は、母の反対を押し切って、部屋で面倒を見ることにした。
「いろいろ言われたよね。まだ10歳なのに、面倒見れるわけないでしょーってさ」
ナマケロは答えない。
「見れるもん。10歳って言ったらもう旅にも出れる年。大人だもん」
頭を撫でながら話す。
人間にあんなに痛めつけられたのに、私を受け入れてくれるのは嬉しかった。最初は、こうもいかなかったけどね。
「ママったらさ、ポケモンなんて相手するなって言うんだよ。私がポケモン好きなの知ってるくせにさ」
ナマケロを引き取るときだって大変だった。
詳しくは話してくれないけど、昔なにかあったみたい。
「ちゃんと勉強しろー、宿題やれーってさ。スクールの勉強なんて、何の役に立つのさ。私はポケモンの勉強をしたいのに」
ナマケロは黙って聞いてくれる。
ナマケロに愚痴を聞いてもらうのが、毎朝の日課になっていた。
けど、それも今日まで。
「ちゃんと勉強したらさ、君の好きな味とか分かったのかな。下手くそなポロックじゃなくてさ、ちゃんと美味しいやつ作れたのかな」
ナマケロは、ポロックを食べようとしない。麻酔薬入りのポロックを。
今日はナマケロを森に返す日だ。
傷が治ったからには、きちんと野生に返さなければならない。
「ママはね、私に学校の先生になってほしいみたい。それか銀行員」
ナマケロは動かない。
この子ったら、一日にほとんど動かないの。でも私が頭を撫でる時だけは、ちょっとだけ、嬉しそうにする。たぶんね。
「私はポケモンブリーダーになりたい」
たくさんの傷を負ってまで、ボールをなんどもぶつけられる羽目になってまで、抵抗し続けたナマケロだ。森で暮らした方が幸せなのだろう。
もっと一緒にいたいっていうのは、私のわがまま。
でも、ナマケロはポロックを食べない。
「ポケモンブリーダーになってね、いろんなポケモンを育てたり、助けたりしたい。君や、ポケモンたちと、分かりあえるようになりたい。無理かな」
ナマケロの顔が、首を横に振るように、少し震えた気がした。
気のせいかも。
「君はこれから森に帰るよ。そうして、仲間たちと過ごすんだ。一か月もここにいたけど、森での生き方忘れてない? 大丈夫?」
ずっとここでぼーっとしてたから。
って、野生でも基本動かないんだっけ、ナマケロって。
なかなか戻ってこない私に、部屋の外の母が苛立っているようだ。呼びかける声が聞こえる。
ナマケロを眠らせたら、母に伝える手はずになっている。
ひどいよね。眠らせなくたって、暴れたりしないのに。
いや、ひどいのは私か。現に騙して眠らせようとしている。
私の勝手で家まで連れ帰って、一か月も一緒にいた。傷を治すため、なんて言ってさ。
君は嫌だったかな。早く森に帰りたかったかも。
いつも動かないから、真意は分からない。
分かっているのは、ナマケロとの関係は今日で終わりってこと。
私は明日からは愚痴も言わずにスクールに行って、ナマケロは森で怠ける。
いつもの日常が戻ってくるだけだ。
ポケモンとずっと一緒にいるって、どういう感じなのかな。
トレーナーと呼ばれる人たちは、何匹かのポケモンとともに、ホウエンを旅する。すごい人たちは、他の地方まで旅することもあるらしい。
いいな。たぶん、私にはできない。
ママの言う通り、普通に過ごして、普通に働くことになる。
けど、ナマケロと過ごしたこの一か月は、絶対に忘れないと思う。
そして、もし、本当にもし、いつかポケモンブリーダーになれたら。
その時は、ナマケロを迎えに行こうかな。
「やっぱ食べなくていいよ。ちゃんと大人しくしとくんだよー」
そう言って、ナマケロを抱きかかえる。
耳の後ろの、三日月型の傷跡が痛々しい。何個か、きれいに消えない傷があった。
「さあ、旅立ちだ」
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