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三途の川を渡る電車

ジャンル: その他 作者: そばかす
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第18話

「だからなんなんだよ!? 結局そっちのピュアなんて名乗ってる姉ちゃんが、自分可愛さに、大事な――とっても大事な情報を秘匿したせいで、兄ちゃんは、片腕を失っちまったんだろ!? それに、事ある事に頼りなく見える兄ちゃんに突っかかっていたのも、自分だけ足が動かなくなる恐怖心の八つ当たりをしてたってことだろ!?」
 そうか……。ピュアがぼくに八つ当たりをしている理由は、ちゃんとしたものだったんだ。
 ぼくの脳裏に、家族の――祖母の姿が浮かぶ。
 ただ暇つぶしのクロスワードパズルを解くために、ぼくを――――。いや。なにを考えてるんだ、ぼくは? 祖母はいい人じゃないか。いつもぼくのためだと繰り返して、本当はいいたくないという言葉を投げかけてくれている。怒鳴り散らすのも、大騒ぎするのも、すべてはぼくのためなんじゃないか。うん。そうだ。
 けど。
 なんでだろう? シンヤの言葉がやたらと胸に響いた。
「ごめん」
 ピュアはまた小さく謝った。

 怪物に襲われた激動の時間と、攻撃された箇所の感覚がなくなり動かなくなるという恐怖、そしてピュアの謝罪。
 すべてが終わったとき、ぼくらは倦怠感に包まれていた。
 六人とも座席に座り、思い思いに物思いに耽っている。クロスも、最年少のシンヤの隣に戻っていた。
「…………」
 こうして黙ってただ座っていると、改めて車窓の外に見える光景が異様に思える。
 夕暮れ。
 そして。
 川。
 みんななにもいわないが、なにを考えているかわかる。
 きっとこの夕暮れの電車の中でひたすら渡っている〝川〟のことだ。
 ぽつりと。
 黒人と日本人のハーフらしきギャングが、やや分厚い唇を開いてつぶやいた。

「まるでサンズリバーだな」

 と。
 なんのことかぼくにも、他のメンバーにもわからなかったらしく、また無言で、タタタンタタタンと小気味よく演奏する音楽のような音が車内に満ちた。
「サンズリバーってなんやねん」
 クロスは質問した。ちょっとだけ元気よく。
 彼女はこの重い空気を払拭するために、ここでギャングがぼけた発言をしたら、すかさず突っ込むつもりらしい。そんな空気を感じた。
 けど。
「サンズリバーだよ、サンズリバー。なんとなくこういう川だろうなって思ってて」
「……なんやて!? 心当たりあるんかい!?」
 クロスは思わず黒いひらひらスカートをひるがえすようにして勢いよく立ち上がった。
 ピュアやストリートも思わず同じ列の座席に座る浅黒い顔の男を見つめた。
「べつに見たことはねえよ。けど、サンズリバーってこんな感じかなってさ」
「……サンズリバー? それってなんやねん?」
 もう車内にいる全員はこの会話に集中していた。
「リバーってことは川だよね?」
 シンヤが分厚い眼鏡をくいっと持ち上げてからいう。
「多摩川なんかのことを、タマガワリバーと呼んだりする」
「屋上屋を架すやね。川と川でかぶってるやん」
「じゃあタマリバーでもいいよ。――それよりギャングさん。あんた、知ってるの『サンズ』っていう川を」

「あっ!!」

 お年寄りのストリートも、最年少のシンヤも、五人全員が声を上げていた。老若男女全員。
 『サンズリバー』。
 サンズと呼ばれる川。
 そう、確かにぼくら日本人なら誰もが知っている。
 五人がつぶやく声が思わず重なった。

「三途の川……」

 ぼくら六人は鈴なりになって、同じ側の車窓から〝三途の川〟と思われる川を眺めていた。
 ぼくらは最初にこの〝川〟を見たとき、海だとは思わず「川に違いない」と直感したように、
この川が「三途の川」だと思った瞬間、間違いないという確信を受けた。
「……三途の川か……」
 何度目かになるつぶやきを、ピュアが漏らす。
「サンズリバーってのは面白い表現やね。スゴイタカイビルみたいに」
 またなにやら冗談をいったらしいが、いった本人であるクロス以外にはよくわからなかった。
「それよりも、ぢゃ。……この列車が三途の川を渡っているとして」
 ストリートがいいよどむ。当然だろう。だってこれが三途の川なら、
「このまま列車に揺られて、ごとごと、ごとごと、行ってもいいかっちゅう話やな……」
 さすがのクロスもテンションが落ちている。
「普通に考えるなら、ぼくら全員死ぬね」
 シンヤの声も低い。
「正確にいうなら、ぼくらはすでに死んでいるのではないでしょうか?」
 ぼくの指摘は、全員からの苛立った視線によって報われた。
 指摘すべきことは正確に指摘すべきだと思ったのに。そう感じたが、同時に、いいよどんだストリートこそが正しいように思えた。
 この巨大な対岸も見えない川が、三途の川であるなら、この川を渡る意味は、誰もがわかっているはずだ。
「あたしらが、すでに死んじゃってるのか、現在進行形で死にかけているのかは、まあこの際置いておきましょう」
 ピュアがそういう。
 それはぼくの指摘をやんわりと拒絶するためのもの。
 だけど、以前のように口汚くぼくを罵るようなことはなかった。
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