第八十八話 葛葉ライドウその四
「――――――十文字斬りッ!!」
魔力を帯びた光を放つ、強力な斬撃の交差が、悪魔の巨体に降り注いでいた!!光が闇を駆逐するように奔り、その十字を描いた斬撃の交差は、悪魔の横腹を深々と斬り裂いていた!!
『ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!』
焼けるような痛み……斬り裂かれたその身を揺さぶる激痛に、悪魔はこらえきれなくなり涙混じりの叫びを放っていた。演技ではない。そして、だからこそ理解することが出来るのだ。この悪魔の『本体』は……おそらく戦いに慣れていない。
一撃で行動不能になるほどの深さではないことは、モルガナには理解できる。そうだというのに、悪魔は痛みのせいで、無意味なほどに怯んでいる……この悪魔を操っているだけで、自分は戦いの場の最前列に出たことは少ないのだろう。
少なくとも、怪盗団よりも……もちろん、『十四代目葛葉ライドウ』よりも、はるかに戦いの経験値が少ないのだ。それは、大きな差となって、戦いに反映されることになる。
痛烈な攻撃に怯んだ悪魔から、『葛葉ライドウ』は身軽なステップワークで距離を取っていた。反撃を恐れてのことであるし、カウンターを仕掛けるための動きでもあった。後退しながらも、『葛葉ライドウ』は拳銃を抜いていた。
悪魔が近づけば、あの拳銃で迎撃するつもりだったのだろうが―――今は、もっと良い条件でその射撃を行うことが可能なシチュエーションとなっている。脇腹を大きく斬り裂かれてしまった悪魔は、その動きを止めてしまっているのだから……。
『葛葉ライドウ』は、斬り裂かれた深手を、大きな手で庇おうとしている悪魔に対して容赦のない追撃を仕掛けるのであった。拳銃を速射する。それらは、斬り裂かれた悪魔の巨肉のあいだに命中していた。
『……アイツ、スゲー腕だ。ジョーカー並みかもな』
こちらにも怪盗としてのプライドがある。ジョーカーより上だとは、認めない。それに信じてもいるのだ。ジョーカーが、この場にいれば、きっと『葛葉ライドウ』に負けない射撃のスキルを見せてくれるということを―――とにかく、『葛葉ライドウ』の放った三つの弾丸は、悪魔の傷口に命中し、その体の奥深くまで弾丸は到達していた。
『ぎゃがはあああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!』
悲痛な叫びと共に、大量の血を悪魔は吐き出していた……脇腹の奥にある肺が弾丸に切り裂かれ、心臓にさえもかすったのかもしれない。ゾッとするほどの、殺人的なテクニックが、一連のコンビネーションには含まれているという事実を、モルガナは感じ取る。
『……それが、『十四代目葛葉ライドウ』……そういうレベルじゃないと、その地位に至ることはないってことだろうな……っ』
脅威的な事実ではある……ここが、どれぐらい昔のことなのかは分からないか。かつての日本には、これほど強力な『ペルソナ使い』がいたのか……いや、今でも、密かに中数代目がいるのかもしれないな……。
『……我が輩たちが知らないコトって、まだまだこの世の中にありそうだぞ、ジョーカー……っ』
ジョーカーや自分たちが、関わろうとしているのは、そういう世界の一端であるのは確かだろう。『ペルソナ』の力を……いや、それに似た力を、現実世界でも使う……そういう発想をしたことはなかったが、もしかして我が輩たちも使えるかもしれない。
……いや。そうだ。
使えるのだろう。
少なくとも、あのクリスマスの日には、自分たちは現世で『ペルソナ』の力を使えていたのだ。使おうと思えば、使える。本能というか、常識がその力を使うことを恐れていたのだろう。あまりにも危険な力だ。『ペルソナ』の力は、悪用すれば、間違いなくヒトを殺すことだって出来るのだから……。
……そうだ。
『悪用するヤツらがいるから、『葛葉ライドウ』は必要なんだな……あの悪魔や、悪魔を使うヤツがいる……そういうヤツらがいるからこそ、それに対抗するための力がいるんだ』
……ならば、天使サマは……そういう存在なのだろうか?……大昔ならば、『葛葉ライドウ』が倒すべき相手だったのだろうか?……そういう悪が、吉永比奈子の悲しい霊を捕らえて、利用しているのだろうか。
だとすれば…………許してやることは、出来ないよな、ジョーカー。
『ぐはああああああ!!い、痛い!!痛いっ!!わ、私の肺腑が……っ!!お、己、ゆ、許さん。許さんぞ、『葛葉ライドウ』おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』
血反吐とともに悪意を吐きながら、悪魔は炎のような怒りに躍動する巨大な目玉を『葛葉ライドウ』に向けていた。
『葛葉ライドウ』は、その視線に対して動じることはない。ただ極限にまで酷使された身体を休めるために、静かな呼吸を使いながら―――それでも、ジョーカーが悪に見せる反逆の正義に似た光を、瞳の深い場所にたたえながら語るのだ……。
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