ACT049 『νガンダムの脅威』
―――ジュナ・バシュタは本能に従い、全力で逃げることを選んでいた。幸いなことに、このシミュレーターは現実的であることを考慮して作られている。νガンダムというアムロ・レイの専属機体に対して、ネオ・ジオンのモビルスーツたちは破壊するために集まって行く。
νガンダムはすぐさま、ネオ・ジオンの戦力と戦うことになった。
『……今の遠距離砲撃ですか……?……まさか軌道計算と、目算だけで……?』
「……ニュータイプのモビルスーツ・パイロットってのが、どんなレベルなのかを思い知らされた気持ちね」
『……アムロ・レイは、実際にあのレベルの長距離射程を当てられた。あくまでも、演習でのデータみたいですけど』
「ニュータイプの感覚と……パイロットとしての技量。そして、機体性能を把握するエンジニア的な知識……他のニュータイプよりも、パイロットとしてのセンスが高いってことなんでしょうね……」
汗が止まらない。これがシミュレーターであり、現実ではないというのに……高度に再現されたアムロ・レイの強さを差し向けられたら、こんなことになるのだ。
「アイツ。こっちの動きを、遠くから見ていたのね。そして……どう動くか予測して、先回りして……ビーム・ライフルの射程ギリギリの距離で……当てられると考えたのよ。私たちと同じ」
『……速く動いているから、避けにくいということですね』
「どう動くのかを予測する才能があれば……その軌道に先回りして、角度が適正になるタイミングを狙えばいい……むしろ、その場合なら超遠距離射撃の方が、当たるわね……もしかするとさ」
『もしかすると?』
「アムロ・レイの撃墜数って、公式の記録よりも多いかもしれない」
『え?』
「つまり……さっきみたいな射撃はさ、フツーは威嚇止まりなわけじゃない?……万に一つだって当たるはずはないけど、ビビらせるために放つのよ。ライフルの威力を見せれば、警戒される。フツーは、嫌がらせというけ牽制にしか使えないはずだけど」
『アムロ・レイは、それを何度も当てていたと……?』
「……外れていないと思うわ。分かるのよ。さっきのさ、確信が込められていた」
『……たしかに、避けなきゃ、当たっていましたが……』
「アレは確かにデータに過ぎないけれど、実際に史上最速クラスの速度を出しているモビルスーツに対して、命中させかけたのは事実……自分たちで用意したシミュレーターを信じなさいな。アムロ・レイとは……絶対に戦っちゃいけないのよ」
『……そこまで、ですか』
「そこまでの相手よ。絶対に戦うべきじゃない。死の象徴。とくに……νガンダム。サイコフレームなんていう、怪しくて危険なモノを使われたモビルスーツに乗っているときのヤツにはね……」
エンジニアには理解が出来ないかもしれない。一瞬の攻防で、それほどまでの判断をしていいのかなんて、バカなことを考えていそう。でも、パイロットというのは、そういう人種なのだ。お互いの技量や、機体性能の差を把握するためには、一瞬で十分なのである。
「……でも。これから、ちょっと反転してアイツに殺されに行ってみるわ」
『……νガンダムと戦うんですね、少尉……?』
「そうよ。『ナラティブ』の同類みたいなものよ。パイロットとしての技量は、リタよりもアムロ・レイの方がはるかに上でしょうけどね。でも……機体は、νガンダムを発展させたような存在なわけだもの」
……機体の能力は『フェネクス』よりも、νガンダムの方が、まだ低い性能のあるはずなのだ。
アムロ・レイのνガンダムと、リタの『フェネクス』が戦ったら?……きっと、νガンダムの方が勝つんでしょうけれどね。
「モビルスーツ戦の勝敗を決めるのは、機体のスペックよりもパイロットの腕前。パイロットなら、みんなそう信じているわ」
『そう、みたいですよね……エンジニアとしては、納得しがたい部分もあるんですが』
「でしょうね。でも、戦闘ってのは、モビルスーツを壊し合うだけが仕事じゃない。格闘技の試合じゃないんだからね。『作戦目的』を達成することが出来た者の勝利よ……そういう意味なら、機体性能の差は……大きいわ。νガンダムに……勝ってみたくなった」
『どうするんですか?』
「作戦を設定するのよ。私とナラティブを、ネオ・ジオン側の戦力としてシミュレーターに登録し直してくれる?……そして、作戦目的を設定するの」
『ジオンの兵士になるってんですか?』
「ええ。一対一で戦うわけじゃない。これは戦争なんだもの。私とナラティブは、ネオ・ジオンの一員として……アクシズを『守る』。地球に向かって落ちて行くはずのアクシズに対して、破壊工作をする予定のロンド・ベルの旗艦……ラー・カイラムを撃沈してやるのよ」
『……それは、興味深いですね。ちょっと、地球連邦側の人物としては背徳的な任務になっちゃいますがね……』
「これは訓練の一環に過ぎないわ。そもそも、連邦側のモビルスーツたちと戦ってこそ、『フェネクス』との戦いに経験値として活用できるってもんでしょうが……」
……地球を守ったことになっている『偽りの英雄』、ブライト・ノアの首を獲る。そういうのも……面白いコトじゃない?……私は……もしかしたら……。
シミュレーターが映し出す、その星を翡翠色の双眸が睨みつけていた。地球。自分の生まれ育った惑星―――悲惨な思い出ばかりがつきまとう、悲しい場所。
……消えてなくなっていれば、良かったのかもしれない。そんな願望を持っているのかもしれない。私は……自分の人生を呪っているのね、きっと……。
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